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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第六十五話 さわしかのつの おつる
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麋角解その四 別れの宴

 与太郎と瀬津姫の話し合いを兼ねた、南蛮菓子と酒を賞味する会の翌々日の昼下がり、恵姫、黒姫、お福、雁四郎の四人は御典医の屋敷へ向けて城下を歩いていました。


「明日、瀬津と破矢は記伊へ帰るんだけどさ、その前に間渡矢の皆に礼をしたいって言うのさ。珍しい菓子や酒を口にできたのが余程嬉しかったようだね」


 今朝、いきなり城へやって来た才姫の言葉です。更には夕食に瀬津姫が手料理を振る舞うので、お福や黒姫と共に御典医の屋敷へ来て、良ければ夜通し騒いで泊まっていって欲しいとまで言われてしまいました。二人の送別会を盛大に行おうという腹積りのようです。

 才姫の料理の腕は毘沙姫と同じくからきし駄目ですが、妹の瀬津姫は黒姫に負けないほどの料理の腕を持っていました。それは瀬津姫が幼い頃から料亭に奉公していたからです。元々料理が好きだった瀬津姫はその才能を見込まれて、みっちりと料理の技と心得を叩きこまれたのでした。


「瀬津の手料理とは嬉しいではないか。黒よ、少し瀬津に教えてもらったらどうじゃ。菓子ばかり作っておっても詰まらぬであろう」

「そして瀬津ちゃんに教えてもらった料理をあたしに作らせて、めぐちゃんが食べる気なんでしょ。あたしよりもお福ちゃんに作ってもらいなよ。そしたら毎日食べられるでしょ」


 黒姫の言葉を聞いてはにかむお福。たとえ瀬津姫に教えてもらったところで、銭の無い比寿家では材料を揃える事もままならないので料理を作るのはまず無理です。それでもお福に料理を習わせるのは悪くないなと恵姫は思いました。


「うむ、お福、今日は瀬津を手伝ってやれ。これだけの人数となると一人で作るのは大変じゃろうからのう」


 はにかみながら頷くお福。どうやらお福自身も瀬津姫の作る料理に興味があるようです。


 御典医の屋敷は城下の西、乾神社に向かう道の途中にありました。門をくぐり玄関に入ると才姫が迎えに出てきました。


「やあ、よく来たね。おや、雁も一緒かい。おかしいね、呼んだ覚えはないんだが……」

「護衛でございますよ。ご家老の言い付けで共に参ったのです。お邪魔とあらば拙者の夕食は抜きで構わぬが」

「冗談だよ。食わしてやるから安心しな」


 才姫には分かっていました。厳左は瀬津姫への用心の為に雁四郎を護衛に付けたのです。先日の小居間で見せた瀬津姫の激昂。ほんの一瞬だったとはいえ、やはりまだ信頼するに足らぬと厳左は判断したのです。

 座敷に上がって茶を飲んでいるともう夕闇が迫ってきました。冬至が過ぎて日が長くなり始めたと言っても、まだまだ日暮れは早くやって来ます。と同時に御馳走も座敷にやって来ました。


「待たせたね、腹が空いただろ」


 先頭に瀬津姫。その後ろに膳を持った破矢姫、お福、数名の女中が続きます。


「お、おお、これが瀬津の手料理だと言うのか」


 感嘆の声を上げる恵姫。座敷に並べられた膳の料理は想像以上でした。庄屋の屋敷で出される物と比べても決して引けを取らない、むしろ勝っていると言ってもいいほどの御馳走だったのです。


「さあ、恵。瀬津たちに言葉を掛けてやっておくれ」


 才姫に言われて立ち上がる恵姫。口元のよだれを拭きつつ、瀬津姫、破矢姫に向かいます。


「瀬津、破矢、よく間渡矢に来てくれたな。これまで記伊と伊瀬は同じ姫衆でありながら敢えて交わろうとせず、互いに距離を置き合う仲であった。しかし今宵はこうして共に膳を並べておる。これからも仲良く付き合っていこうではないか。そしてこれからも御馳走を食い合おうではないか。明日の旅立ちの為に今宵は存分に食っておくのじゃぞ!」


 座敷に響き渡る拍手。瀬津姫と破矢姫も笑顔で答えています。

 それからは二日前と同様、賑やかな宴の場となりました。前回は与太郎と話をして早々に立ち去った瀬津姫も、今日ばかりはしっかりと食べ、飲み、お喋りを楽しんでいます。破矢姫の方は大きな体の割に小食で酒も余り強くないようでした。同じ地に愛された姫でも毘沙姫とは随分違うようです。


「そう言えば、御典医の姿が見えぬではないか。どうされたのじゃ」

「気を使って別の間で食事を取っているんだよ。一緒に居たらあたしたちが気兼ねしちまうだろ」


 さすが「医は仁術」を極めた御典医。人の心の機微がよく分かっているようです。

 こうして師走二日の夜は暮れていきました。賑やかに騒いでいた面々も一人、また一人と静かになっていきます。最初に眠ったのはお福でした。昼まで城で女中仕事をした後、御典医の屋敷では瀬津姫の手伝いをしていたのです。疲れが溜まっていたのでしょう。


「ふわ~、めぐちゃん、あたしも寝るよ」


 次は黒姫です。早寝早起きの黒姫にとって夜更かしは大の苦手なのです。お福と一緒に寝室となっている客間へ下がります。


「お福も黒もだらしないのう。おや、破矢、そなたもか」


 見れば破矢姫も膳の前に座ったまま居眠りをしています。仕方ないので雁四郎が大きな体を横抱かえにして客間へ運んでいきました。


「わははは、今宵は騒ぐぞ、才」

「ああ、夜通し飲もうじゃないのさ」


 こういう時の恵姫と才姫は疲れを知りません。付き合い切れなくなった瀬津姫が座敷を出て客間へ下がり、雁四郎が夜着をまとって座ったまま居眠りを始めても、二人はまだまだ騒ぎ続けます。


「下田での馬鹿騒ぎを思い出すのう。雁四郎、景気付けにあの時の素振りをやってみせよ」

「雁は寝ちまったよ。今日は昼番だって言っていたからね」


 しかしどれほど騒ごうと二人だけの宴などそう長く続くものではありません。やがて恵姫と才姫も雁四郎と同じく夜着に包まって、座敷で眠り始めました。


 月の無い星明りだけの夜。静まり返った御典医の屋敷。このまま何事もなく夜は終わり、朝になれば瀬津姫と破矢姫の旅立ちを皆で見送る、誰もがそう思いながら眠っている暗闇の中で二つの影が動き出しました。


「ようやく眠ってくれたようだね。恵も姉さんもお祭り好きは相変わらずだね」

「瀬津、無駄話はやめて急ごう」


 音を立てぬよう気を配りながら瀬津姫と破矢姫は荷をまとめ、旅立ちの身支度を始めます。破矢姫は大きな背負子を取り出すとお福の寝床に近寄りました。


「大丈夫。ぐっすり眠っているよ」


 夜着に包まったままお福を抱き上げ、背負子に縄で縛り付けます。お福は目を覚ましません。まるで気絶でもさせられたかのように眠り続けています。


「さすがは御典医の薬だ。よく効いてる。あの雀を呼ばれたら厄介だからね。行くよ」


 破矢姫はお福を縛り付けた背負子を背負い、瀬津姫はまとめた旅荷を持って客間を出ました。物音一つない廊下。暗闇に覆われた屋敷の中を明かりも灯さず進む二人。この時のために屋敷の内部を頭の中に叩き込んでおいたおかげで、今では目を閉じていても玄関にたどり着く事ができるのです。

 足袋の上に結わい付け草鞋を履きながら、瀬津姫は屋敷の廊下を振り返りました。才姫が眠っている座敷の襖は暗闇の中に沈んで見る事はできません。それでも瀬津姫は見えぬ座敷に向かって頭を下げました。


「ごめんよ姉さん。こんな形で姉さんの信頼を裏切っちまったあたしを許しておくれ」

「瀬津、行くぞ」


 破矢姫が玄関のつっかい棒を外し、戸に手を掛けたその時でした。背後から仄かな明かりと鋭い声が二人の背中に浴びせられたのです。


「挨拶も無しに出ていくのかい、つれないじゃないか」


 振り向けば才姫が手燭を持って立っています。瀬津姫はゆっくり向き直ると悪びれる様子もなく答えました。


「気付いていたのかい、姉さん」

「ああ。薬箪笥は毎日残量を調べているからね。与太郎が来た日に眠り薬が少なくなっていたから変だとは思っていたけど、まさかこんな事をやらかしてくれるとはね」


 仄かな蝋燭の明かりの中で睨み合う才姫と瀬津姫。一触即発の様相を呈してきた屋敷の中、何も知らずに破矢姫の背中で眠り続けるお福ではありました。


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