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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第六十四話 なつかれくさ しょうず
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乃東生その五 八百萬髪

 与太郎に自分の髪を要らないと言われても才姫は嫌な顔もせず、むしろ笑顔で与太郎に答えます。


「そんなに怯えなくてもいいだろ、与太。あたしの髪の力なんて大した事ないよ。せいぜい寿命が縮むくらいのもんさね」

「寿命が縮むっ! それって凄く大した事だと思うんですけど」


 更に怯える与太郎。その気になれば才姫自身が髪を抜き、気に入らない人物の手首にでも巻いておけば、その人物を手軽に葬り去れるはずです。もっとも人の命を救う医術の姫でもある才姫が、そんな事をするとはとても思えませんが。


「人や獣に使った事はないから推測にすぎないけどね。でも物になら試した事はある。例えばこの湯呑に髪を巻き付けると、数日のうちに割れたり欠けたりするのさ。花瓶に巻いておけば挿してある花は早く枯れる。寿命が縮むってのはそういう事さ」


 なるほどと納得する与太郎。しかしそんな効果では才姫の髪は何の役にも立ちそうにありません。


「それじゃあ、才様の髪を欲しがる人なんて居なかったでしょ。物が早く駄目になるんじゃ持っていても仕方ないもん」

「そうでもないさ。水の入った甕にあたしの髪を巻いておけば、中の水は腐りにくくなるんだよ」

「えっ、どうして。物を駄目にするのが才様の髪なんでしょ。変じゃない」


 髪を巻いた花瓶の花が早く枯れるなら、髪を巻いた水甕の水も早く腐るはず、与太郎でなくてもそう考えるのが普通です。疑問だらけの与太郎を才姫にしては珍しく得意そうな表情で眺めながら答えます。


「髪の効果には優先順位があるのさ。物よりも先に命に働くんだよ。花瓶の花はまだ生きているからね。最初にそれを枯らそうとする。枯れて花の命がなくなれば、次は花瓶に作用して割れたり壊れたりする。一方、水甕の水に命はない。だけど水の中には無数の虫が居て、そいつらが水を腐らそうとする。するとあたしの髪は水じゃなく虫の方に働くんだ。腐らそうとする虫が居なくなるから水は腐りにくくなる。そんなカラクリさね」


 感心する与太郎。髪の効果は才姫の医術の業と全く同じです。


「凄いや。じゃあ、才様の髪は皆が欲しがるでしょう。水だけでなく他の食べ物も腐りにくくなるんだもの」

「そうでもないさ。確かに甕の中の物は腐りにくくなるけど、ある程度虫が減れば、効果は甕に及んで割れたりヒビが入ったりしちまうからね。まあ、一長一短って奴さね」


 何事も全てが都合よくは行かないものです。それでも姫の力の効果は大したものです。与太郎は座敷の四人だけでは満足できず、更に才姫に尋ねます。


「そしたら毘沙様の髪はどうなの。地に愛されているのならどんな効果があるのかなあ」

「それは本人に聞いた方がいいんじゃないのかい。あたしたちは伝え聞いているだけで、本当はどうなのか分からないんだからね」


 もっともな返答でした。それでも諦められない与太郎は食い下がります。


「伝え聞いている事だけでいいから教えて欲しいなあ」

「毘沙ちゃんが髪を与えたのは、これまで一人だけっていう話だよ」


 才姫に代わって黒姫が答えました。すかさず黒姫の傍に身を寄せる与太郎。興味津々の眼で黒姫を見詰めます。


「そ、その一人って誰なんですか」

「厳左じゃ。毘沙は己の剣の修行の為に、厳左に髪を与えたのじゃ」


 今度は恵姫です。どうやらこの件に関しては誰もが知っている話のようです。

 二人が答えた事で才姫も観念したのでしょう。毘沙姫の髪について話し始めました。


「毘沙の髪には重さの頸木くびきから解き放たれる働きがあるらしいよ。姫の力に目覚めた毘沙は更に剣技を極めるために、修行相手に成りうる者を探していた。そんな時に出会ったのが厳左さ。それだけでも十分相手になる腕前の持ち主。しかし更に高みを目指すために毘沙は己の髪を厳左の剣に巻き付けさせたのさ」

「うむ、その時の厳左の強さは人間離れしておったと聞いておるわい。『鬼の厳左』と呼ばれ始めたのはその頃からじゃ。毘沙の髪を巻き付けた剣は厳左の肉体にも作用し、毘沙に匹敵する速さと力強さを引き出したと聞いておる。そのおかげで毘沙自身も更に己の剣技を高める事ができたのじゃ。まあ、今の厳左がその時の剣を使えば、剣の力に肉体が耐え切れず命を落とすであろうな。厳左も年を取ったからのう」

「ねえ、そしたら剣以外の物に巻き付けたらどうなるの」

「分からないのさ。毘沙が髪を抜いたのはこの一度きりだし、その時の髪も多分朽ちて残っていないだろうからね。きっと毘沙本人も自身の髪にどんな力があるのか分かっていないんじゃないのかい」


 どうやらこれ以上は詳しい話を聞けそうにありません。今度毘沙姫に会ったら是非髪を一本分けて欲しいと思う与太郎です。


「毘沙様の事は分かったよ。じゃあ次は布様についても教えて。布様って尼僧だから生えてきた髪を剃っているんでしょ。その髪、どうしているのかなあ」

「剃ってはおらぬ。髪は生えぬのじゃ。むしゃむしゃ」


 恵姫は髪の話にだんだん飽きてきたようです。お福が食べていた柿をもらって齧っています。


「生えないの? 髪が生えない病気か何か?」

「そうではない。姫の力に目覚めた瞬間、その者の髪は固定されるのじゃ、むしゃ」

「固定? 意味が分からないよ、めぐ様、もっと詳しく教えてよ」


 与太郎が尋ねても恵姫はもう何も言いません。仕方なさそうに才姫が話を引き継ぎます。


「布に限らず、姫になった時から髪は伸びなくなるのさ。抜けもしない、伸びもしない、そのままの長さが永遠に続く。だけど髪自体は毎日新しくなる。皮膚と同じように内側から新しい組織が生まれ、表面の古い組織は剝げ落ちる。布は元々尼僧で頭を剃っていた。姫の力を得た時、ちょうど剃り上げた直後だったから、今もそのままなんだよ」

「でも髪の組織は新しく生まれているんでしょう。布様の新しい髪はどうなっているのかなあ」

「これも推測だけどさ、どうやら頭の内側に髪の組織が伸びて、脳に吸収されているらしいんだ。風を操るだけでなく卓越した知恵に恵まれているのは、そのせいじゃないかとあたしは思ってるのさ」

「そうだよね~、布ちゃんってあたしたちとはちょっと違っているもんね。斎主様から拝領する神器って、印籠とか小槌とか眼鏡とか剣でしょ。でも布ちゃんはそんな物、持ってないんだよ」


 黒姫の言葉を聞いて、これまで会った時の布姫を思い出す与太郎。風を操る業を見た事がないので何とも言えませんが、確かに神器らしき物を見た事はないし、それについての話も聞いていません。


「じゃあ、布様はどうやって風を操っているんだろう」

「恐らく布の肺腑、それ自体が神器なんだろさ。斎主様ならば人の五臓六腑を神器に仕立てるくらい雑作もない事だろうからね」


 姫という特殊な存在を抱えたこの時空は、やはり自分の時空とは違う、与太郎は改めてそう感じました。自分に対して大きな驚きと興味を与えてくれたこれまでの話。それが恵姫たちにとっては至極当たり前の常識に過ぎないのです。


「姫の髪か。旧約聖書の怪力サムソンを思い出すなあ」


 恵姫は長い髪をこちらに向けて火鉢に当たっています。どうやら柿を焙って焼いているようです。普通の食べ方では飽きてしまったのでしょう。

 与太郎はそっと恵姫の背後に近付くと、その髪を一本持って思い切り引っ張りました。


「痛てて、何をする、この無礼者めが!」


 言うが早いか、焦げ目がついている柿が飛んできました。てっきり殴られると思っていた与太郎、予想外の物が飛んできたので避け切れず、右頬で柿を受け止めてしまいました。


「あちちっ!」


 頬を押さえてうずくまる与太郎の頭を右足で踏みつける恵姫。その目には怒りの炎が燃えています。


「よくもわらわの髪を引っ張ったな。お返しにお主の髪を全てむしり取ってやる」

「ご、ごめんなさい。髪の秘密を聞いて一本欲しくなったんだよ。でも変だな。どうして抜けなかったんだろう」

「抜けなくて当然なんだよ、与太。姫の髪を抜けるのは姫の力を持った者だけ。どんなに鋭利な刃物でも姫の力を持たない者には切る事すらできない。おまえに抜けるはずがないんだよ」

「何だあ、最初に教えて欲しかったよ、才様」

「恵も許してやりな。髪の秘密を聞けば誰だって欲しくなる。これまでもそうだったろう」


 才姫に言われて足を除ける恵姫。自由になった与太郎は頬と頭を撫でながら座り直しました。


「与太郎に髪を引っ張られるのはこれで二度目じゃ。どうにも腹の虫が収まらぬわい」

「なら今度来る時に何か持って来てもらえばいいじゃないか。与太、次は恵の喜びそうな物を持ってきな。それで許してもらえるなら安い物だろう」

「ああ、うん、分かったよ。めぐ様、何が望み?」


 途端に悪人面になる恵姫。とんでもない冬至の日になってしまったものだと、すっかりしおれ顔になる与太郎ではありました。


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