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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第六十四話 なつかれくさ しょうず
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乃東生その二 一陽来復

 黒姫の怒涛のような質問攻めに晒されていた恵姫。手に持ったままだった湯呑を置くと、すぐさま与太郎の元へと走りました。


「おお、よく来たのう、与太郎よ。伊瀬で別れて今日で八日目。こちらには思い出作りにちょくちょく来ると言っておったくせに、八日も姿を見せぬとは水臭いではないか。何を遠慮しておるのじゃ。ほれ、火鉢に当たって鯛焼きでも食え」

「えっ、何、僕、歓迎されてるの?」


 これまでとは全く違う恵姫の態度に戸惑う与太郎。いつもならまるで虫けらを見るかの如く、「また来たのか」とか「これでも食らえ」とか「早く貢物をよこせ」とか言われているのです。さすがの与太郎も少々警戒気味に恵姫を見ています。


「あ~あ、与太ちゃんが来て話が立ち消えになっちゃった。めぐちゃんの恥ずかしがる姿を見る絶好の機会だったのになあ~」


 やはりそれが黒姫の狙いだったようです。何も知らない与太郎が呆然とお福の横に座っていると、近くまで来ていた恵姫が目敏く布袋を見付けました。


「おお、今日も貢物を持ってきたのじゃな。またあの麦粉か」


 そう言って無断で開けようとするので、慌てて与太郎が取り上げます。


「違いますよ。江戸にも伊瀬にも居ないんだったら、麦粉を持ってきても仕方がないでしょ。えっと、黒様が居るって事は、ここは庄屋さんのお屋敷ですか」

「そうじゃ。今日は冬至であろう。柚子を湯に浮かべた薬湯を沸かすというので、お福や才と共に湯を呼ばれにきたのじゃ」

「そうかあ、冬至かあ。五節句も九月で終わっちゃって今年はもう行事がないなあと思っていたら、冬至の柚子湯があったんだね。へへ、僕も入らせてもらおうっと。あっ、夕食も冬至の日の御馳走なんでしょ。やっぱりカボチャとか食べるのかな。楽しみ~」


 相変わらず調子のいい与太郎です。そして与太郎の機嫌が良くなれば恵姫の機嫌は悪くなります。二人はいわば反比例の間柄。


「ふん、何が『楽しみ~』じゃ。柚子の薬湯などわらわたちとて滅多に入れるものではないのじゃぞ。少しは有難く思え。それからカボチャとか申したな。何じゃ、それは」

「えっ、カボチャを知らないの」


 驚いた与太郎は不機嫌な顔のままの恵姫をじっくりと見詰めました。下心があって知らないふりをしているのではなく、本当にカボチャを知らないようです。

 しかしさすがは庄屋の娘の黒姫。米や野菜に関しては人並み以上の知識があります。


「あ~、めぐちゃん、カボチャっていうのは南京瓜の事だよ。あれは夏野菜だから冬にはあんまり食べないよ。与太ちゃんの世では冬至に南京瓜を食べたりするの」

「えっ、うん。カボチャは長く保存できるし、栄養豊富で風邪予防にも効くので、寒いこの時期には丁度いい食べ物みたい。でも元禄の頃は冬至にカボチャの組み合わせは一般的じゃなかったのかなあ」

「余り聞かないねえ。だけど野菜が乏しくなる冬に、夏から取って置いた南京瓜を食うのはそれほど変じゃない。それに他の野菜と違って甘みもある。与太がそう言うんなら、来年からは冬至に南京瓜を食べてみるかねえ」


 才姫の前向きな意見は有難いのですが、来年の冬至の日にはこちらにやって来られないので、与太郎にとっては意味のない話です。


「そうかあ、この時代の冬至カボチャを味わえないのは残念だなあ。でも別の御馳走があるんでしょ」

「小豆粥だよ~。採れたての新小豆と新米で炊き上げたお粥だからね。きっと与太ちゃんも気に入ってくれると思うよ。でもその前に柚子の薬湯に入って体を温めようねえ」

「やったあ。これでまた思い出がひとつ増えるよ」


 今の与太郎にとってこちらに来る事は花見や紅葉狩りのような物見遊山と同じなのです。実はこちらの風景を残しておこうと布袋にカメラを入れた事もあったのですが、さすがに技術の隔たりが大き過ぎて持ち込めなかったのでした。


「今日はこっちに来られて良かったなあ。冬至の日って暗い感じがするからあんまり好きじゃないんだ。日差しも弱々しくて昼間も短いから、一人で部屋に居ると自分の心まで暗く脆くなっちゃいそうで。こっちはいつも賑やかだもんね」

「逆だよ、与太。冬至は別名一陽来復。陰極まりて陽となる。もうこれ以上暗く弱くならないんだから、これからは明るく強くなるしかない。そう考えれば目出度い日だろ。夏枯草かごそうって知ってるかい。冬に芽を出して夏に枯れる草。成長には不可欠な日の光が一番弱いこの時期にわざわざ芽を出すんだ。要は気の持ちようさね。一歩一歩春に近付いていると考えれば足取りも軽くなるってもんさ」


 またしても才姫の前向きな意見。しかしこれはカボチャの時とは違って与太郎の心を明るくしました。


「そうかあ、そうだよね。さすが才様。長く生きているだけの事はあるなあ」

「ちょいと、年寄り扱いはやめとくれ。あたしゃ毘沙や布よりも若いんだよ」


 医術の業を持つ才姫。医とは仁術。相手を思い遣る心がなければ、どんな妙薬も業も相手を癒す事はできません。身体だけでなく精神をも健やかな方向へ導く、これも才姫に与えられた使命なのです。


「おい、与太郎、これは何じゃ」

「あ、また勝手に人の袋を開けて」


 与太郎が冬至の話に夢中になっているうちに、恵姫は布袋の中を漁っていたのでした。手には何かの容器を持っています。


「あれ、それ持って来られたんだ。実はさっきまでドラッグストアへ買い物に行っていたんだよ。で、自分の部屋に入った途端、こっちにやって来ちゃったんだ。ちょっと貸して」


 与太郎は恵姫の手から布袋を取り返すと中身を点検し始めました。


「う~ん、やっぱりほとんどこちらには来てないなあ。ティッシュ、マスク、歯ブラシ、ゴミ袋か。でも不思議だなあ、シャンプーを持って来られるなんて。ほとんど薬みたいな物なのになあ。頼まれて買ってきた高級品だからかな」


 恵姫が手に持っているのはシャンプーの詰め替え用の容器なのでした。勿論恵姫たちはそれが何なのか知りません。髪を洗う薬のようなものだと与太郎が手短に説明すると、有無を言わさず恵姫が蓋を開けました。


「あっ、めぐ様。勝手に開けちゃ困るよ。それ母さんに言われて買ってきたのに」

「喧しい。髪を洗う薬なのであろう。うまい具合にこれから柚子の薬湯に入るのじゃ。これを使って髪を洗ってやるとしよう」


 一応恵姫も年頃の娘なので、髪を美しく艶ややかにできる薬と聞けば、試したくなるのは当たり前です。が、


「うっ、な、何じゃ、この言いようのない不吉な臭いは」


 シャンプーの蓋を開けた途端、恵姫は顔をしかめました。毒々しいほどに甘ったるく、胸焼けするほどに濃密な臭いが容器の口から立ち上ったのです。座敷の中に漂い始めたシャンプーの臭いに、恵姫だけでなく黒姫も才姫もお福も鼻を押さえ始めました。


「ちょっと貸してごらん」


 才姫は恵姫の手から容器を受け取り、その口を覗き込みました。目には淡い銀が宿っています。


「どうにも胡散臭い代物だねえ。与太、あんたの世では本当にこんな物で髪を洗っているのかい」

「うん。多分、今の日本に住むほぼ全員が、髪を洗う時はシャンプーを使っていると思うよ。まあ、髪の無い人は使わないかもしれないけど」


 与太郎の返答を聞いても才姫の険しい表情は変わりません。と、何か思い付いたらしく、顔を上げて黒姫に話し掛けました。


「黒、庭の池に小魚が居るだろう、一匹捕まえられないかね」

「えっと、田吾作に頼めば捕れると思うけど、池の魚なんかどうするの、才ちゃん」

「食うに決まっておるではないか。冬至に池の鯉を食うとは、良き考えじゃぞ、才」


 魚は自分に食われる為に存在していると考えている恵姫、早くもよだれを垂らし始めていますが勿論違います。


「食うんじゃないよ。この薬が本当に使っても大丈夫なのかどうか、試してみたいのさ」


 才姫は険しい表情のまま、まるで魔物を封印するかのように容器の蓋をしっかりと閉めました。一体何をするつもりなのだろう、そう思いながら不安そうな眼差しで才姫を見詰める与太郎ではありました。


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