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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第六十四話 なつかれくさ しょうず
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乃東生その一 黒姫絶好調

 今日は冬至です。お日様が顔を出してくれる時間が一番短くなる日。そしてこの日を境に再びお日様の力が強くなっていく日。一年の区切りとしてこれほど相応しい日はありません。しかし冬至の日が必ず新月になるわけではないので、月の区切りには全く関係のない日でもあります。


「お日様とお月様が仲良くなって、冬至の日は必ず新月になるようにすれば、暦も今よりずっと簡単になったんじゃないかなあ~、もぐもぐ」


 黒姫が手作りの鯛焼きを食べながら呑気に話しています。


「どんなに仲が良くても喧嘩をせぬとは限るまい、もぎゅ。日と月が喧嘩をすればその度に暦を作り直さねばならぬ、むぎゅ。ならば最初から仲が悪いままの方がよいではないか、もぎゅむぎゅ」


 一緒に鯛焼きを食べているのは恵姫です。隣に座っているお福も大人しく鯛焼きを味わっています。


「ちょいと二人とも。そんな菓子で腹を膨らませていたら、せっかくの小豆粥が食えなくなっちまうだろ。ほどほどにしておきな、ぐびっ」


 三人の傍で温め酒を飲んでいるのは才姫です。今日は庄屋の屋敷で柚子を湯に浮かべた薬湯を沸かすというので、恵姫とお福、それに才姫が遊びに来ているのでした。


「才ちゃん、心配要らないよ~。小豆粥は別腹だからね。どんなにお腹が膨れても普通に食べられるんだ。それよりもめぐちゃん、お土産ありがとうね。次郎吉も喜んでいるみたいだし」


 黒姫の横に居る鼠の次郎吉は恵姫の江戸土産、俵鼠の人形に夢中になっています。手の平に乗るような小さな米俵の上に、これまた小さな木彫りの鼠がチョコンと乗っかっている、一目見ただけでは至極あり触れたこの土産物。仮にも黒姫の神器である次郎吉が夢中になるような代物ではないように思われます。

 しかしこの俵鼠、実は大変な工夫が施されていたのです。米俵は本物の藁を編んで作られており、その中には本物の餅米が詰められているのです。しかもその上に乗っかっている木彫りの鼠は干し鰹を削って作られた物。餅米も干し鰹も次郎吉の大好物。夢中になるなと言う方が無理な話なのでした。


「う、美味そうであろう。わらわもこれを見つけた時には、思わずよだれを垂らしてしまったからのう、じゅる」


 そう言いながらよだれを垂らす恵姫。隣に座っているお福が手拭いでそれを拭っています。


「でもめぐちゃん、これ随分高かったんじゃないの。次郎吉には勿体無いような気がするけど、本当にもらっていいの?」

「ふっ、そのような心配は無用じゃ。旅の途中で下田の松茸を売ったり与太郎の麦粉を売ったりして、結構銭を稼いだからのう。次郎吉にはこれから世話になる事もあろう。前払いの褒美じゃ、遠慮せずに食わせてやれ。はっはっは」


 高笑いする恵姫。苦笑するお福と才姫。実はこの俵鼠は銭で手に入れた物ではないのです。伊瀬から間渡矢へ帰る途中で島羽城に一泊した時、本丸御殿の大書院に立ち入った恵姫に運悪く発見され、「これは黒の神器である次郎吉の土産にピッタリじゃ。持って帰るとしよう」と半ば強奪に近い形で持ち去られた物だったのです。


 何故松平家にとってこのような最悪の事態が発生してしまったかと言うと、恵姫一行は伊瀬から間渡矢へ帰るのに磯辺街道を使うものだと、島羽の家臣たちが思い込んでいたからです。

 三日間続いた雨がやみ、ようやく恵姫が伊瀬に向かったので、家臣たちはそれまで恵姫に見つからないように隠していた城の調度品を元通りに置き直しました。それが大間違いでした。まさか伊瀬から間渡矢へ帰るのに再び島羽城に立ち寄るとは、少しも考えていなかったのです。

 数日後、峠の番所から「恵姫来襲!」の報を受けて、慌てて調度品を隠したものの、何しろ急な事ゆえ、この俵鼠を隠し損ねてしまい、その結果、恵姫に持ち去られてしまったのでした。


「次郎吉、有難くいただくんですよ~」

「黒には何の土産もなかったのう。済まぬな」

「そんな事ないよ。凄く素敵なお土産話をしてくれたじゃない。毘沙ちゃんの話の続きが聞けて大満足だよ。やっぱり旅っていいものだねえ」


 既に黒姫には中野村に漂着した時の話を聞かせてあります。まずは何も知らない才姫に毘沙姫の話を語って聞かせ、その後でその続きを二人に話したのです。

 予想通り、黒姫は涙を流して杜若と綾目の結末を喜んでくれました。一緒に聞いていた才姫も不思議な巡り合わせに感慨ひとしおの様子でした。


「あの時あんたら二人の態度が妙にしおらしかった理由がやっと分かったよ。あたしも毘沙の話を聞いてりゃ、あの若夫婦にもう少し洒落た物言いができたんだけどねえ。まあ何にしてもいい話さね」


 そう感じたのは黒姫や才姫だけでなく、恵姫とお福もまた同じでした。今回の旅での一番の収穫は、あるいはこれだったのではないかと感じるほどです。


「あ~ん、あたしもめぐちゃんの旅に付いて行きたかったなあ」

「そんな必要はないさね、黒。現にあんたはここに居ながら、毘沙から話を聞いて、恵から話を聞いて、結局、旅をしたのと同じ経験ができたじゃないか。余計な時と銭を使わなかっただけ儲けもんだよ」

「もう、才ちゃんは分かってないなあ。直接杜若さんや綾目さんに会って、直接話を聞いて、直接言葉を交わした方がよっぽど心に残るでしょ。旅ってそういうものなのよ。雁ちゃんだって直接富士の山を見て心が震えたって言っていたし、やっぱりあたしも行きたかったなあ」


 七人の神器持ちの姫の中で、江戸に行った事がないのは黒姫だけです。庄屋の娘として日々農事に携わっている以上、間渡矢から遠く離れて旅に出るのは、余程の理由がない限り無理な相談なのでした。


「そうじゃな。黒も姫衆のひとりとして、伊瀬と志麻の国以外にも見聞を広げた方がよいじゃろう。今、伊瀬に来ておる禄と寿は立春が過ぎれば江戸の姫屋敷に戻るはずじゃ。その時、同行させてもらえぬか頼んでみればどうじゃ。斎主様の御座船ならば、わらわの間渡矢丸と同じく、沈んだり迷ったりせず確実に江戸を往復できる。ひと月もあれば十分じゃ」


 間渡矢丸は壊れたり道草したり漂着したりしていたのですから、斎主の御座船と比較するのは大変失礼な話と言えます。しかし黒姫はそんな些細な事は気にも留めず、恵姫の提案に大喜びです。


「わあ~、それいい考えだね。一月、二月はまだ田んぼもそれほど手が掛からないし、旅に出るには丁度いいものね。斎主様に文を書いて頼んでみるよ」


 すっかり乗り気の黒姫。そしてこっそりとほくそ笑む恵姫。旅の手筈は全て黒姫に整えさせ、自分はその尻馬に乗って一緒に江戸へ付いて行くつもりなのです。恵姫はお茶を飲みながら胸の内でつぶやきました。


『ふっふっふ、これでまた江戸で好き放題に振る舞えるわい。今度は上屋敷ではなく姫屋敷に滞在するかのう。そちらの方が美味い物が食えそうじゃからな』


「ねえ、そう言えばめぐちゃんって嫁入りが決まったんだよね。乗里さんってどんな人なの?」

「ぶっ!」


 何の脈絡も無くいきなり乗里の名を出され、思わずお茶を噴き出してしまった恵姫。この無軌道な気紛れさは如何にも恵姫の従姉妹らしい性格と言えましょう。


「の、乗里なんぞ知らぬわ。向こうが勝手にわらわに惚れおったので、厳左と寛右の顔を立てて、仕方なく、やむを得ず、比寿家の為に渋々嫁入りを承諾しただけなのじゃ。どんな奴なのかこちらが訊きたいくらいじゃ」

「あれえ、変だなあ。雁ちゃんの話によると、松平家へ挨拶に行っためぐちゃんと親しく話したり、比寿家へ遊びに来てお殿様に挨拶したり、それからめぐちゃんの手に触ったりもしたそうじゃない。ねえねえ、手を握られてどんな気持ちだったの?」

「あ、う、いや、それは……」


 口籠る恵姫。人の気持ちにお構いなしに質問を畳み掛けるのは、如何にも恵姫の従姉妹らしい性格と言えましょう。才姫はにやにやしたまま何も言いません。こちらも恵姫の反応を楽しんでいるのです。


「あれえ、めぐちゃん、どうしたのかなあ。顔が赤いぞ。何を照れているのかなあ」

「こ、これは茶を飲んで暑くなったのじゃ。照れてなどおらぬ」

「ふ~ん。じゃあ話して。めぐちゃんは乗里さんをどう思っているのか」

「ど、どうと言われても……」


 黒姫に迫られて絶体絶命の恵姫。こんな時、人は諺の偉大さを思い出すのです。「苦しい時の与太郎頼み」「地獄で与太郎」「溺れた者は与太郎をも掴む」そう、あの男がやって来たのです。


「きゃっ!」


 お福が小さな声を上げました。皆が一斉にそちらへ視線を向けると、果たせるかな、一人の男がお福に膝枕をしてもらって転がっていました。与太郎です。



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