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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第六十二話 くま あなにこもる
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熊蟄穴その四 与太郎悪乗り

 与太郎も含めた間渡矢の五人は伊瀬の内宮を歩いていました。せっかく伊瀬に来たので昔の神宮を見てみたいと言い張る与太郎と、飯をより美味く味わうために少し歩いて腹を減らしたい恵姫の思惑と、歩きながら現在の状況を与太郎に飲み込んでもらいたい雁四郎の希望が見事に合致したのでした。


 宿坊で旅装束を借りて、いかにもお伊瀬参りの参拝人といった姿の与太郎。内宮を一回りした後しみじみと言いました、


「う~ん、ここだけは今も昔も変わらないねえ。あんまり同じなんで逆に感動しちゃったよ。きっとご鎮座の時からずっとこんな感じなんだろうねえ」


 古来より同じ佇まいを保ってきた神宮の人々の努力に対し、与太郎なりに深い感銘を受けているようです。

 神宮は人の歴史にかかわる建物。自然物である間渡矢城の楠木とは違って、与太郎の時空の神宮とこの時空の神宮は別物のはず。それでも見分けがつかないくらいよく似ているのでしょう。


「あ~、この内宮の姿、与太郎にも見せたかったのう。彼奴はいつ来るのじゃろうなあ~」


 与太郎が来ていない芝居をしぶとく続けている恵姫。雁四郎から事情を聞いた与太郎はくすくす笑いながら恵姫を見ています。


「えい!」


 いきなり与太郎が恵姫の頭を小突きました。それほど強くはありませんが、普段ならば絶対に考えられない振る舞いです。恵姫のまなじりが吊り上がりました。


「な、何をするのじゃ、与太郎。わらわの頭を殴るとは無礼千万であろう」

「あれえ、おかしいなあ。めぐ様には僕の姿が見えないし、声も聞こえないんだよねえ。だったら僕が頭を殴ったなんて分かるはずがないよねえ」


 これを聞いた才姫たち三人はどっと笑いました。与太郎にしては頓智が利いています。


『おのれ与太郎め。調子に乗りおって』


 恵姫は心の中で忌々しく思うものの言い返す事ができません。それを見て調子に乗った与太郎、今度は髪の毛を引っ張りました。


「痛てて、この馬鹿者が。姫にとって髪がどれほど大切なものか知らぬのか。与太郎如きが軽々しくれられるものではないのじゃぞ」

「あれえ、おかしいなあ。ここに居ないはずの与太郎君がめぐ様の髪を引っ張れるはずないのになあ。何か勘違いしているんじゃないのかなあ」


 しらばっくれる与太郎に雁四郎の期待が高まります。そのうち我慢できなくなった恵姫が与太郎の存在を認めれば、すぐにでも与太郎を斎主宮へ連れて行き、間渡矢へ帰れるからです。


『与太郎殿、その調子でござる。あと少しで恵姫様の堪忍袋の緒が切れるはず。頑張ってくだされ』


 心の中で応援する雁四郎。しかし、そうは問屋が卸さないのが恵姫。両膝を内側に絞り、やや前傾姿勢になり、そのまま大きく息を吸うと、気合の入った掛け声と共に右正拳突きが与太郎の鳩尾に打ち込まれました。


「ふんっ!」

「はぐぅぅ……」


 油断していた与太郎の腹へ完璧に決まった恵姫の突き。がっくりと両膝を折り、地に崩れ落ちる与太郎。


「おや、おかしいのう。羽虫が飛んできたので捕えようと手を出したら、何かに当たったようじゃ。与太郎の腹のような気もするが、まさか与太郎がこのような場所に居るはずもなし。ふむ、気のせいじゃな。ふっふっふ」


 と言いながらいつもの悪人面でほくそ笑む恵姫。何という問答無用。何という暴虐非道。静観していた才姫も気の毒に思ったのか、うずくまったままの与太郎の背中をさすります。


「どうやら見事に急所を突かれちまったみたいだねえ。大丈夫かい、与太。ゆっくり深呼吸しな。そうそう吸って吐いて」

「ふうーはあー、才様ありがとう。前にも同じ突きを食らった事があるんだ。これくらい平気だよ。ちょっと調子に乗りすぎちゃったね。てへへ」


 恵姫は明らかにやり過ぎですが、与太郎にも全く非が無いとは言えません。ふらふらと立ち上がる与太郎と知らんぷりの恵姫を交互に眺めて、あきれ顔の才姫です。


「まあ、どっちもどっちだね。二人とも、これ以上痛い目を見たくなかったら、いい加減に下手な猿芝居はやめたらどうなんだい」

「うん、そうするよ。めぐ様に悪ふざけしても僕には何もいい事ないし」

「才は何を言っておるのかのう。わらわは芝居などしておらぬぞ」


 恵姫はあくまでもシラを切り通すつもりのようです。才姫もお福も、そして雁四郎も再びため息をつくのでした。


 内宮の参拝が終わり門前町に戻って来た五人。歩き通しで小腹が空いたものの、まだ昼までには時間があるので軽く団子を食う事になりました。恵姫たち三人は姫札で団子を受け取り、与太郎は雁四郎に出してもらった銭で団子を受け取ります。


「あれ、雁さんは食べないの」

「拙者はそれほど腹が減っておらぬのでな。与太郎殿、遠慮なく食べられよ」


 そう言って茶だけを飲む雁四郎。勘の鈍い与太郎でもすぐに事情は飲み込めます。


「そうか、雁さん、お金をあんまり持ってないんだね」

「な、何を申される。そのような心配は無用。この時代の伊瀬団子を食うのは初めてなのでござろう。存分に楽しまれよ」


 と言いながらも雁四郎の腹の虫が鳴っているのですから説得力は皆無です。空を見上げればほうき星はまだ東の空にあります。どうやら今回は夜明け頃に来てしまったようです。となれば昼食も、八つ時のお茶も、下手をすれば夕食まで、雁四郎の銭で食べさせてもらってから帰る事になりそうです。


『間渡矢でも島羽でも江戸でも、現れたのがお屋敷だったからお金の心配をせずに済んだのか。でも今回は伊勢。僕の世話は雁さんが見なきゃいけないみたい……ちょっと気の毒だな』


 本来は雁四郎が食べるはずだった団子を自分が食べている、そう考えると美味しいはずの団子の味さえ分からなくなってしまいそうです。与太郎は考えました。何か自分にできる事はないだろうか。

 最上の策は恵姫を説得する事ですが、それはまず不可能。ならば銭を稼ぐ方法はないだろうか……ある、与太郎の頭が閃きました。


「雁さん、いい事を思いついたよ。実は僕、もしかしたら何かの役に立つかもしれないと思って、小麦胚芽を持って来たんだよ」

「小麦はいが? ああ、殿にお渡ししたとかいう麦粉でござろう。それがどうかされたか」

「あれはただの麦の粉じゃなくて胚芽部分だけを集めて粉にした、特別の粉なんだよ。それでね、お伊勢参りには江戸からも沢山の人が来ているでしょう。お参りに来た人の知り合いで江戸煩いに苦しんでいる人が居るかもしれないじゃない」


 話を聞いて考える雁四郎。与太郎が何を言いたいのか分からなかったのです。が、才姫はすぐに飲み込めたようでした。


「なるほどね。特別の麦粉を小分けにして江戸からの参拝客に売りつけ、それで銭を稼ごうってわけかい。江戸煩いの特効薬、安けりゃ土産代わりに買ってくれそうさね」


 雁四郎の顔が輝きました。実際、与太郎の麦粉は江戸煩いに効き目がある正真正銘の薬なのです。縁日などで見掛ける香具師やしの紛い物ではないのですから、正々堂々と売る事ができます。


「与太郎殿、名案でござる。銭のためだけでなく人助けにもなり申す。さっそく取り掛かりましょうぞ」


 本来ならば与太郎の持ってきた食べ物は即座に恵姫の腹に収まるのですが、今回は与太郎知らんぷりの猿芝居を続けているので、幸いにも手つかずのまま残されていたのです。


 そうと決まれば善は急げ。渋る恵姫を促して一旦全員で宿坊に戻り、与太郎が持ってきた一キロの小麦胚芽を小分けにして紙に包み、表には「道中薬の和中散」を真似て「江戸煩い妙薬、脚気退散」と書き込み、再び門前町に戻って呼び込みをしたところ、これが大当たり。見る見るうちに「脚気退散」は売れていき、気が付けば雁四郎の財布は伊瀬に来る前と同じ重さになっていたのでした。


「与太郎殿、次にこちらに参られる時は、更に多くの麦粉を持ってきてくだされ」


 雁四郎は与太郎の両手をがっちりと握り締めました。その瞳には銭の文字が浮かび上がっています。どうやら商いの醍醐味に目覚めてしまったような雁四郎ではありました。


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