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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第六十一話 そらさむく ふゆとなる(飛入助物語)
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閉塞成冬その二 飛入助、江戸へ行く

 末っ子の飛入助は巣の中に居ました。周りでは数羽の兄雀や姉雀が口を開けてチュンチュン鳴いています。飛入助も負けじと口を開けます。すると母雀と父雀が飛んできて口の中に虫を放り込んでくれるのです。


「母ちゃん、虫ばっかりでちょっと飽きてきたよ。もっと別の物が食べたいなあ」

「飛入助、そのような考えは捨てなさい。わたしたちはお城に住む事を許された雀。比寿家のお殿様の寵愛を受ける見返りに、庭を荒らす悪い害虫を駆除するお役目を担っているのです。米や麦や木の実のような物を口にする事は許されていないのです。しっかり心に刻んでおくのですよ」

「うん、分かったよ、母ちゃん」


 こうして飛入助は親雀がせっせと運んでくる虫を食べてすくすくと育ちました。やがて兄雀や姉雀たちと一緒に巣立ちの日を迎えるはず、と思っていた時、悲劇が起きたのです。


「うわあ~、蛇だあ~!」


 親雀が餌取りに行っている隙を狙って、一匹の蛇が巣を襲ったのです。暴れ回る雛たち。しかし抵抗空しく一羽、また一羽と蛇の餌食になっていきます。


「わあー!」


 既に雛にしてはかなり図体がでかくなっていた飛入助は、暴れた拍子に巣から落ちてしまいました。


「チュチュ!」


 親雀が戻ってきました。二羽は必死で蛇の頭をつつきますが、全く歯が立ちません。それどころか雛を全て呑み込んでしまった蛇が父雀に襲い掛かかり、その体に巻き付いてギリギリと締め上げたのです。


「父ちゃん、父ちゃん!」


 地面から巣を見上げて叫ぶ飛入助。やがて父雀は力尽き、蛇に呑まれてしまいました。その間も母雀は蛇の頭をつついていましたが、もう力を使い果たしてしまったのでしょう。父雀と同じように体に巻き付かれてしまいました。


「母ちゃん、母ちゃん!」

「飛入助、母ちゃんはもうお仕舞いです。守ってあげられなかったあたしたちを許しておくれ」


 母雀が呑まれてしまったら次は自分の番です。まだ雛の飛入助は飛ぶのは勿論、地面を歩く事もできません。このままでは間違いなく他の雀たちと同じ運命をたどるしかないでしょう。と、その時、


「ぴーひょろろろ!」


 一羽のとびが急降下してきたのです。漁夫の利よろしく、争っている母雀と蛇の両方を、あっという間に鷲掴みにしてしまいました。


「母ちゃーん!」


 飛入助の叫び声も空しく、鳶はすぐさま高く舞い上がり、そのまま間渡矢の空の彼方へと消えていきました。


 たった一羽だけ残された飛入助。鳶のおかげで蛇に食べられる事は免れましたが、結局、それは死の時をほんの少し遠ざけただけに過ぎませんでした。巣は壊れ、餌を与えてくれる親雀は居ないのです。このまま地面の上で息絶えるのを待つしかありません。


「父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん、姉ちゃん、おいらもすぐ皆のところへ行くよ」


 体が次第に冷えていくのが分かります。飛入助は目を閉じました。自分の運命を甘んじて受け入れよう、そう思った時、温かい何かが自分を拾い上げてくれるのを感じました。目を開けると、そこには母雀と同じ優しい眼差しの娘が、自分を見詰めていたのです。


「……お福様……」


 飛入助は目覚めました。ここは間渡矢丸の赤鯛の間。間渡矢から江戸へ向かう船旅の最中。お福の手の上で休んでいるうちに眠ってしまい、昔の夢を見ていたのです。


「……」


 お福が干しエビを差し出しました。下田で手に入れた飛入助の餌です。それを啄もうとした瞬間、目の前から干しエビが消えました。


「もぐもぐ。やはり伊豆の干しエビは美味いのう。雀ごときに食わせるのは勿体無いわい」


 恵姫です。お福の手から干しエビを奪い取って食べているのです。怒った飛入助は恵姫の頭に飛び乗ると、嘴でつつき始めました。


「これ、やめぬか飛入助。痛いではないか。分かった分かった、もう干しエビには手を出さぬ。じゃからつつくのはやめよ」


 そんな言葉は到底信じられませんが、一応恵姫もお福と同じく自分の育ての親です。飛入助は許してやる事にしました。


「恵姫様の食い意地は間渡矢雀よりも酷いなあ。これはもう誰にも直せないな」


 干しエビを啄む自分を、よだれを垂らしながら見詰めている恵姫。自分の育ての親ながら何とも情けなく感じてしまう飛入助でした。


 こうして飛入助は初めての船の旅を終えて、無事に江戸へ着きました。空から眺める江戸の町は飛入助にとって驚きの連続でした。間渡矢の城下町とは比べものにならない広さ、立ち並ぶ大名屋敷の数と大きさ、道を行く人の多さと洒落た装束。さすがは将軍様のお膝元と感心するばかりです。


「ここがお殿様のお座敷かな」


 比寿家の上屋敷に着いて最初にしたのは殿様に会う事でした。自分たちは殿様の寵愛を受けて城に住む事を許された城雀なのです……その母雀の言葉を飛入助はずっと覚えていました。そこまで雀の好きな殿様とはどんな人物なのだろう、それが飛入助の一番の関心事なのでした。明り取りの窓に飛び移り、嘴で窓の格子をコンコンとつつきます。


「これ、誰か居らぬか。窓の外に何か居るようだ。見てきてくれ」


 中から殿様の声がしました。ほどなくして窓が開くと一人の女中が顔を覗かせます。飛入助は素早く飛び上がり、窓の中へ入り込みました。


「雀……のようでございますね」


 窓を開けた女中の訝し気な顔。見た目は雀ですが、大きさはその数倍あるのですから無理もありません。飛入助は寝床の傍に飛び降りると、半身を起こしている殿様を見上げました。肌は荒れ、生気がなく、一目で病人、しかもかなり重い病に罹っていると分かります。


「雀にしては人に慣れているな。しかもでかい。どこぞの大名家で飼われていたのが、この屋敷に紛れ込んだのかもしれぬな」


 殿様が手を差し出しました。その上に飛び乗る飛入助。見詰める眼差しはお福のように優しく、鳥好きの気質を感じさせるものでした。


「これがおいらたちを城に住まわせてくれたお殿様か。そう言えば昔、おいらが雛の頃に住んでいた鳥籠と同じ匂いがする」


 以前、間渡矢で鶯を飼い、毎日愛でていた殿様。その時に使っていた鳥籠は、飛入助が巣立つまで育てられた住まいでもありました。


「腹が減っているのでないか。米粒をやるぞ」


 殿様は女中に命じて小袋を持って来させました。飛入助を畳に置き、小袋の中身を手の平に開けると、透き通るように磨かれた白米がパラパラとこぼれ落ちます。


「さあ、食うがよい」


 飛入助に向かって手の平を差し出す殿様。しかし飛入助は食べようとしません。


「こんな真っ白な米、初めて見た。江戸の雀はこんな米を食べているんだろうか」


 玄米しか見た事のない飛入助にとって、磨かれた米の白さは余りにも異質に見えたのです。美味しそう、などとはとても思えず、むしろ怪し過ぎてとても口には入れられないとさえ感じたのです。


「ふむ、わしから直接もらうのは嫌か」


 殿様は手の平の米を畳に散らしました。


「ならば好きに食うがよい。窓は開けておく。腹が膨れて帰りたくなったらいつでも帰るがよい」


 殿様はまた横になりました。幾ら昼下がりとは言っても暦はもう九月末。冷たい秋風は病の身にとっては随分と辛いはずなのに、飛入助のためにそれを忍んで窓を開け放しておいてくれるのです。


「なんて優しいお殿様なんだろう。この人があの乱暴で我儘な恵姫様の父ちゃんだなんて、とても信じられないや」


 飛入助はすぐに窓から外に出ました。いつまでも窓を開け放しのままにしておいては、殿様が気の毒だと思ったからです。


「どうにかしてお殿様の病を治してあげたいなあ。おいらにできる事はないだろうか」


 そんな考えに耽りながら比寿家上屋敷を飛び立ち、空高く舞い上がる飛入助。眼下には大名屋敷と江戸の街並み、そしてその向こうには広大な江戸城が見えていたのでありました。


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