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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第四十一話 てんち はじめてさむし
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天地始粛その三 堅物次郎吉

 うまい具合に磯島を言いくるめて間渡矢城を出た恵姫と鷹之丞。昼は庄屋の屋敷で食べさせてもらう事にしたので、急ぐ必要はありません。のんびりと城下へ通じる道を下って行きます。こうして二人で山道を歩くのは、土鳩を使った文の遣り取りを試した日以来です。


「あれからもうひと月半経つか。何か動きはあったか、鷹之丞」

「いえ、まだ一度も文の遣り取りは致しておりません。さりとて籠に閉じ込めたままでは、土鳩が己の住処を忘れてしまいますので、二日に一度は籠を開け、我が屋敷まで放していただく事になっております」


 一旦籠の外に放して屋敷に戻って来てしまったら、その度に別の土鳩を乾神社と間渡矢港に届けなくてはなりません。つまり鷹之丞はこのひと月半の間、ほとんど休みなく働いているのです。それでも嫌な顔ひとつしないところを見ると、余程土鳩の世話が好きなのでしょう。


「そう言えば亀之助はどうしておるのじゃ。一緒に作ったのであるから彼奴もうまく動くかどうか見たいのではないのか」

「亀は季節が白露の頃になるまで連日馬屋勤務を言い渡されておりますれば、本日も馬屋で働いております。もっとも、この扇風機を作る時には、隣の修理場でこっそり手伝ってくれておりましたが」


 奥御殿を覗いてばかりいた女好きの亀之助。しかし一面だけを見ていては真の姿は捉えられないものです。亀之助にも手先が器用という意外な長所があったのでした。心底改心し、二度と同じ過ちをせぬと誓うなら、再び間渡矢城内の勤務に就かせてやってもいいかもしれぬ……鷹之丞が抱える風呂敷包みを眺めながら、そんな事を考える恵姫です。

 やがて山道が終わり城下町に入る二人。朝の時点で既に強かった風が、次第に強さを増して来ました。


「折しも本日は二百十日。これは嵐の前触れかもしれませぬな」


 通りに並ぶ立木は風に吹かれ、音をたてながら枝と葉を揺らしています。ただ、空を覆う雲はそれほど厚くはないので雨の心配はなさそうです。


「ふむ、二百十日に強風が吹く事など滅多になかったのじゃが、今年は珍しく風が強いのう。用心せねばな」


 二人は風を避けるように身を屈めながら、足早に庄屋の屋敷を目指しました。



「おーい、黒。居るかー。遊びに来たぞー!」


 屋敷の門の前で大声を上げる恵姫。しかしその声も風の音にかき消されそうです。


「おお、これは恵姫様、と、そちらのお方は……確か鷹之丞様。ようこそお出でくださいました」


 門を開けて出迎えた田吾作が頭を下げました。お福の快気祝いで一度見ただけの鷹之丞を忘れず覚えていたようです。


「田吾作ご苦労。本日は遊びではなく用があって来たのじゃ。上がらせてもらうぞ」


 田吾作と鷹之丞を置き去りにしてずんずんと玄関へ向かい、屋敷の中へと入って行く恵姫。鷹之丞は来た理由を簡単に説明して後を追いました。


「あれ、めぐちゃんじゃない。どうしたの、お昼前に来るなんて。もうお稽古事は始まっているんでしょう」


 いきなり座敷に現われた恵姫に驚く黒姫。毘沙姫は縁側に寝転んで涼んでいます。


「ふふふ、黒に見せたい物があってのう。稽古を取りやめにして急ぎ参ったのじゃ。昼から稲の様子を見に行くのであろう。それまでに用を済ましておかねばと思うてな」

「稲? 別にそんなつもりはなかったけど……」

「おや、そうか。しかし鷹之丞が……」


 話が違うなと感じる恵姫。不思議そうな顔をする黒姫。すると、


「恵姫様……」


 遅れて座敷に入って来た鷹之丞が目配せしています。少々鈍い所がある恵姫ですが、すぐに気付きました。


『そうか。稽古を休みにするために咄嗟に付いた嘘であったか。此奴、見かけによらず機転が利くではないか』


 先ほど磯島に言っていた「黒姫は昼から稲を見に行く云々」は、恵姫を助けるための出任せだったのです。与太郎に似て腑抜けで優男に見える鷹之丞、しかしその外見とは裏腹になかなか抜け目ない一面を持っているようです。


『与太郎は才の家来になった事であるし、この鷹之丞をわらわの新しい家来にしても良いかもしれぬのう』


 鷹之丞は既に恵姫の父の家来。どうやら実の父から家来を奪い取るつもりのようです。


「ああ、済まん済まん。稲はわらわの勘違いじゃ。さて、それでは本題に入るとするか。鷹之丞、あれを黒に見せて説明致せ」

「ははっ!」


 鷹之丞は風呂敷を解いて新型自動式扇風機を取り出しました。縁側から毘沙姫もやって来て、二人で鷹之丞の説明を聞いています。


「また面白い工夫を考え出したものだな。笑いが込み上げてくるぞ」


 話を聞き終わった毘沙姫の感想です。褒めているわけではないのですが、鷹之丞はご満悦です。一方の黒姫は浮かない表情をしています。


「次郎吉ねえ~、回してくれるかなあ。あれで結構真面目な性分なんだよ~。お茶目な事とかあんまり好きじゃないんだよね~」


 黒姫の神器である次郎吉ですが、主のお茶目な性格は受け継いでいないようです。そうと知って心配顔になる鷹之丞、平身低頭して頼み込みます。


「そこを何とか、黒姫様のお力で、次郎吉殿に回り車の中で走っていただくようお願いできないものでしょうか」

「う~ん、じゃあ、とにかくやってみるね。召す!」


 小槌を振って次郎吉を呼び出す黒姫。現れた次郎吉に手を当てて、話をしています。しばらくしてから浮かぬ顔で言いました。


「このようなれ事に付き合えと申すなら、それなりの報酬、例えば餅などをいただきたい、だって。餅かあ。めぐちゃん、持って来てないよねえ」


 これを聞いて恵姫も鷹之丞も渋い顔になりました。次郎吉が一番喜ぶのは餅、だから餅を用意しようと奥御殿の厨房に行ったのです。ところが、


「如何に比寿家といえど、餅を用意するのは正月、節供、祝い事の時だけでございます。このような何もない日に餅などあろうはずがありません」


 と言われてしまったのでした。


「うむ、さすがに餅はない。代わりに米粒はあるぞ。これで手を打ってくれるよう頼んでくれぬか」


 恵姫に言われて再び次郎吉と話し合う黒姫。しばらくして、またも浮かぬ顔で言いました。


「米粒などいつでも黒姫様からいただいている。そのような物で拙者を意のままに操ろうとは片腹痛し、だって。めぐちゃんの頼みじゃなく、あたしの頼みって事にすればよかったねえ。失敗失敗」


 黒姫が育てたとは思えぬほど生真面目な鼠です。実は恵姫の影響を受けた黒姫が結構遊び好きに育ってしまったので、自分だけは実直に生きようと心掛けているのでした。そうしなくては主従共々自堕落な生活になってしまうと、次郎吉は懸念していたのです。


「う~む、次郎吉……聞きしに勝る堅物であるのう。じゃがな」


 ここで恵姫の口元がにやりと歪みました。袂から取り出した紙袋を揺すり、ザーザーと音をたてています。


「ここに持って来た米粒はただの米粒ではない。もち米じゃ。普段黒から貰っておる米とは違うぞ。餅じゃぞ。そなたの大好きな餅の元じゃぞ」


 さっそく次郎吉に伝える黒姫。しばらく話している内に次郎吉の表情が変わってきました。恵姫が握っている紙袋を見詰めながら鼻をヒクヒクさせています。

 そう、どれほど実直に生きようと努力しても、所詮は黒姫に育てられた鼠。恵姫に育てられた飛入助の志がどれほど高くても、食欲旺盛な点は恵姫に似てしまったように、黒姫を反面教師として日々努力を続ける次郎吉も、美味しい物大好きな黒姫の性質を受け継いでしまっているのでした。


『ふっ、やはり餅の呪縛からは逃れられぬようじゃな。次郎吉、破れたり!』


 紙袋を揺らしながら悪人面でほくそ笑む恵姫ではありました。



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