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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第四十話 わたのはなしべ ひらく
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綿柎開その一 お盆明け

 長かったお盆休みは数日前に終わりました。季節は暑さが収まってくる処暑なのですが、昼間の日差しはまだまだ強烈、朝晩の空気にも蒸し暑さが感じられます。

 そしてお盆休みが終われば、六月からお休みになっていた朝のお稽古事が始まります。朝食を終えて一休みの恵姫。いつもならお稽古事が始まる前の束の間の休息の時。しかし今日の恵姫は実にのほほんとした表情で寝転がっています。


「やれやれ、盆休みが終わったと言うのに、暑い日はなかなか終わらぬのう。早く涼しくなって欲しいものじゃ。さてと、磯島がお稽古事を始めようと言い出す前に、小座敷へ行くとするか」


 恵姫はのろのろと立ち上がると座敷を出ました。ぶらぶらと廊下を歩き、小座敷の前に立つとこれまたゆっくりと葭戸を開けます。中にはお福がひとり、敷布団の上に半身を起こしています。


「おお、起きておったのか。今日の気分はどうじゃ。具合の悪い所はないか」


 お福はにっこりと笑って首を横に振りました。盆入りの時に見せていた病に苦しむ姿は影も形もなくなり、今はすっかり以前と同じ元気な姿に戻っています。


「それにしても僅か数日でここまで回復するとはのう。やはり才の業は大したものじゃ」


 恵姫と共に毘沙姫に背負われて、数年ぶりに間渡矢へ帰ってきた才姫。元通りに明るくなったお福の顔を眺めながら、恵姫は十日前の出来事を思い出していました。


 * * *


「おお、よくぞ連れて参られたじゃ!」


 間渡矢城に戻って来た恵姫たち三人を出迎えたのは、大婆婆様の歓喜の声した。才姫は背負子から降りると、挨拶もそこそこにすぐさま小座敷へ向かいました。お福の容態についてはここへ来る途中、毘沙姫に背負われながら詳しく聞いていたのです。


「入るよ」


 返事も待たずに小座敷の中へ入る才姫。お福に付き添っていた磯島は一瞬驚きの表情を見せました。が、すぐに小座敷の隅へと下がりました。才姫が来たのなら、もう磯島に出来る事は何もないからです。

 眼鏡を掛けた才姫の髪は既に銀色の光を放っています。その表情が曇りました。


「これはいけないね。麻疹の虫だけでなく別の虫まで増えちまっている。時間がかかるよ」


 苦しそうに喘ぐお福の体に覆い被さるように前のめりになった才姫。髪の発光が更に明るくなりました。その輝きはお福すらも銀色の光で包むほどです。まさに今、姫の力によってお福に害を為す虫の命を奪っているのでしょう。


「生き物の命を奪う才の業……久しぶりに見たが神々しさすら感じるのう」


 才姫の髪から発せられる銀色の光。その美しくも禍々しい輝きは賜死ししの刃の煌めきのように感じられました。磯島も、後から小座敷に入った恵姫も大婆婆様も、眼前に繰り広げられている光景に、ただただ見入るばかりです。


「三人とも、小座敷から出た方がいい」


 開いた葭戸から毘沙姫が声を掛けました。恵姫たちが中に居たところで何かの役に立つわけでもなく、かえって才姫の邪魔になるだけです。毘沙姫の言葉に従って外に出た恵姫たちは、全てを才姫に任せる事にしました。


 才姫の治療は長引きました。昼の食事も取らず、八つ時の休息も取らず、才姫は力を使い続けました。日暮れ近くになってようやく小座敷から出て来た時にはさすがに疲れ切った顔をしていました。心配した恵姫が、


「お福のために頑張ってくれるのは嬉しいが、このままではそなたが力を使い果たして倒れるのではないか」


 と声を掛けると、


「あたしの力はあたしが一番知っている。力を使い過ぎて倒れない程度に治療しているから安心おし。それよりもどうせならもっと早く知らせて欲しかったねえ。あたしの所に来たのは発疹が起きてから数日後だろう。ここまで時間が掛かっているのはその所為せいなんだよ」


 と苦言を呈される始末です。それからは余計な口出しをせず、一切を才姫に任せて恵姫たちは見守るだけにしました。


 翌朝もお福の熱は下がらず、息も乱れているように見えました。しかし昼になると徐々に回復の兆しが見られ、夕刻には起き上がって粥を食べられるほどになっていました。


「やっと峠を越してくれたようだね。あたしゃしばらく休ませてもらうよ」


 昨日から一睡もせずに治療に当たっていた才姫は、恵姫の座敷で横になった途端、眠りに落ちてしまいました。丁度その日は盆明け。奥御殿の玄関先で送り火を燃やしながら、


「お福の病は故人の霊たちと共に去って行ったのじゃろうな」


 と、訳もなくそんな事を思う恵姫でした。


 翌日、盆休みが明けて城の者たちが顔を見せ始めました。皆、お福が麻疹だったと聞いて一様に驚いていましたが、それよりも才姫が間渡矢に帰って来てくれた事に喜びを隠せないようでした。


「麻疹と聞いて内心穏やかではなかったのですが、噂に高い才姫様が居られれば心配無用というものです」


 その日も卵を持って来てくれた鷹之丞も才姫の名は知っていたようです。雁四郎や小柄女中もまた同様に才姫の来訪を喜んでいました。

 ただ厳左は恵姫と才姫の確執をよく知っていただけに、素直に喜びを表そうとはしませんでした。恵姫が才姫を連れ出すのにどれほど我を折らねばならなかったか、痛いくらに分かっていたのです。


「お福のためによく辛抱された。姫様、さぞかし辛かった事であろう」


 と恵姫を労わる言葉を忘れませんでした。


 盆が終われば釣りに行こうと決めていた恵姫でしたが、さすがにその日は城を出る気にはなれませんでした。一日中小座敷を行ったり来たりしながらお福の様子を見て過ごしました。


 やがて夕刻になると、御典医が城に来てお福を診ました。


「これならば何の心配もありません。しばらく養生すれば数日のうちに回復致しましょう。才姫様の治療の業、いささかも鈍ってはおらぬようですな」

「ああ、またしばらく厄介になるよ。恵、磯島、お福はもうあたしが付いていなくても大丈夫だ。後はあんたたちが面倒を見てやっとくれ」


 その夜、才姫は御典医と一緒に城を出て行きました。これからは以前と同じように御典医の屋敷で病の治療に当たってくれるのです。


 盆休みの間、手伝いに来てくれていた大婆婆様は、才姫が御典医の屋敷へ移った翌日、お役御免となって城を去る事になりました。


「これで婆婆も一安心ですじゃ。もはやこの世に何の未練もなくあの世へ旅立てまする」

「うむ。そう言いながら来年も故人の霊ではなく生身の大婆婆様のままで城に来るのであろうな。待っておるぞ」


 去り際のいつもの台詞なので、恵姫もいつもの台詞で返します。大婆婆様は高笑いをして奥御殿を出て行きました。


 表の番方が戻って来て警護の必要がなくなった毘沙姫も庄屋の屋敷へ帰る事になりました。


「黒が見舞いに来ぬのが気になるな。屋敷に戻ったら城に連れて来てやろうか」

「いや、そこまでせずともよいぞ、毘沙。黒の気持ちはわらわにはよく分かる。お福が完全に治り切るまでは会いたくないのじゃ。人の苦しむ姿、悲しむ姿、そういったものを見るのが大嫌いなおなごじゃからのう。お福が元通りお役目に励み出したら、黒の方から会いに来るじゃろう」


 毘沙姫は納得した顔をすると奥御殿を出て行きました。


「なにやら急に寂しくなったような気がするのう」


 盆休みに入る前と同じ状態に戻っただけなのに、急に座敷が広くなったように感じられる恵姫。振り返ってみると数日間しか経っていないとは思えないくらい、様々な出来事が起きた盆休みでした。


「今年の盆休みは大忙しじゃったのう。休んだ気がせぬわ」


 一人になった座敷で大の字に寝っ転がりながら、来年の盆休みはのんびり過ごしたいものだと願わずにはいられない恵姫ではありました。


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