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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第三十九話 ふかききり まとう
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蒙霧升降その四 妖艶才姫

 青峰山は間渡矢城の北東にある低い山です。乾神社から島羽へ向かう島羽街道を進み、山田村辺りの分岐点で青峰道に入って山頂へ向かう事になります。山頂には寺があり、その参拝客のための茶屋が青峰道の途中にあります。才姫はその茶屋に隠棲しているのでした。


「あのう、毘沙様、才様の居る場所までは随分遠いんですか」

「道なき道を突っ切れば二里くらいだ。しかし街道を走った方が早いからな。まあ四里ほどだろう。案ずるな、四半刻もあれば着く」


 毘沙姫は大変な速さで走っています。二人と大剣を背負っているとは思えぬ速さです。見れば毘沙姫の髪の先端がほのかに赤く輝いています。姫の力を使っているのでしょう。

 与太郎は毘沙姫の背中で揺られながら、隣に座っている恵姫をチラリと見ました。いつになく沈んだ横顔です。大婆婆様にぶたれた頬はまだほんの少し赤くなっています。


「どうした与太郎。何を見詰めておる」


 いきなり話し掛けられて慌てる与太郎。咄嗟に変な事を聞いてしまいました。


「えっと、姫の力って自然に愛されている力なんですよね。才様はどんな自然に愛されているんですか」

「死じゃ。才は死に愛されておる」

「し? 生きる死ぬ、の死ですか」

「そうじゃ。才は生きておるもの……人、獣、魚、草木、あらゆる生物の命を奪う。それが才の力じゃ」


 あり得ない、と与太郎は思いました。医術とは命を助ける業、なのに才姫の力は命を奪う。どう考えても矛盾しています。


「ど、どうして命を奪う力で人を助けられるんですか」

「与太郎、他人の力を他人が説明しても正しくは伝わらぬ。才に会って直接聞け」


 毘沙姫にたしなめられて一旦は口を閉ざす与太郎。それでもこんなモヤモヤしたままでは落ち着いて背負子に座ってはいられません。別の訊き方で恵姫に話し掛けます。


「それじゃあ、才様がめぐ様のお母さんの命を奪ったっていうのも本当の事なんですね」


 恵姫の眉がピクリと動きました。そしてそのまま何も言いません。しばらくの沈黙の後、毘沙姫が口を開きました。


「ある意味では正しい、しかしある意味では間違っていた。恵の母の臨終の場に居たのは才の他には看護の女中のみ。その者から伝え聞いた話で誰もがそう思い込んでしまった。だが、才の力は命を奪うだけでそれを己の命に加える事はできぬ。奪った命は死によって吸い取られるだけなのだ」

「じゃあ、どうして才様は元気になっていたんですか」

「恵の母が与えたのだ。恵の母は姫ではない。斎主様もそれは認めていた。ただ布だけが何かの力を感じていたようだ。そしてそれは正しかった。恵の母が持つ姫の力は死に際して発動する特殊なものだったのだ。才とは逆、生に愛された力。己に残された全ての命を才に与えて恵の母は逝ったのだ」


 二人を背負って走り続けながら喋る毘沙姫。その息は全く乱れていません。与太郎はもう何も言えなくなってしまいました。母の命を奪われた、恵姫がそう思いたくなる気持ちはとてもよく分かりました。しかし才姫に何の罪もない事もまた分かったのです。


『この二人を仲直りさせて才様を間渡矢に連れて来るなんて事、僕にできるだろうか』


 会う前から自信がなくなりそうになる与太郎です。


「山道に入るぞ。少し霧がかかっているな。落ちないように気を付けろ」


 島羽街道から青峰道に入ると幅の狭い悪路が続くようになりました。それでも速度を落とす事なく毘沙姫は走り続けるので、背中の二人は大きく揺さぶられます。他に色々訊きたい事がある与太郎でしたが、下手に喋ると舌を噛みそうです。結局それ以降は無駄なお喋りをする事なく、才姫の住む茶屋に着いてしまいました。


「よいしょっと」


 二人が腰掛けたままで背負子を下ろす毘沙姫。息はまったく乱れていませんが、さすがに汗はかいています。それでも疲れた様子は少しもありません。


「ふ~、腰掛けていただけなのに疲れちゃった。」


 与太郎は荒縄を解いて背負子から降りると、背負子に縛り付けていた布袋を下ろしました。いつ元の時代に帰ってもいいように、着ていたパジャマを入れて持って来たのです。


「これが江戸時代の茶屋かあ」


 茶屋と言っても粗末な小屋の軒先に縁台を置いただけの簡素なものです。その周りは高い樹木に囲まれて人影はまったくありません。聞こえてくるのは蝉の鳴き声だけ。茶屋を開いていても立ち寄る参拝客は一日に数人もいないでしょう。


「おい、才、居るか」


 毘沙姫が小屋の戸を叩いています。しばらく待っていると戸が開いて女が出てきました。その姿を見た与太郎は一目で心を奪われてしまいました。美しかったのです。身に着けた帷子は着古し色褪せ、お世辞にも豪華絢爛とは言えぬものでしたが、才姫の顔立ちと容姿は与太郎がこの時代で出会ったどんな女よりも、美人という言葉に相応しいものでした。お福が清楚な美しさとすれば、才姫は艶やかな、いわば花魁の如き美しさを持っていたのです。


「おや、毘沙に恵。珍しいねえ。あんたたちがあたしを訪ねてくるなんて。何の用だい」

「中で話す。それから茶を一杯くれ」


 才姫は素直に三人を中に入れました。それほど恐い人ではなさそうなのでほっとする与太郎です。

 居間に通され茶を出されて人心地付いた三人は、さっそく用件を切り出しました。と言っても話をしたのは毘沙姫です。恵姫は顔を伏せて無言。与太郎は才姫を眺めながらもじもじしているだけです。


「ふ~ん、その女中のお福ってのを助けたくて、あたしの所に来たんだ。でも恵、あんた言ったよね。あたしの顔なんか二度と見たくないって。よく来られたね」


 容姿は美しくても性格は余り美しくないようです。恵姫は顔を伏せたまま答えました。


「その件は詫びたはずじゃ。わらわの早とちりであったと。まだ許してはくれぬのか」


 才姫は見下した目で恵姫を眺めています。その目は無言でまだ許してはいないと語っていました。


「あんたたちはいつもそうさ。うまく行っている時はちやほやするくせに、たった一度の過ちで仇のように責め立てる。そのくせ困る事があればこうしてまた頼みに来る。厚かましいねえ。あたしがあんたの頼みを二つ返事で引き受けるとでも思っているのかい」


 与太郎は驚きました。恵姫にこれだけ高慢な口を利ける人物を見るのは初めてだったのです。そしてこれだけの事を言われながら口答えできない恵姫を見るのも初めてでした。顔を伏せ、両手を握り締め、ただ体を震わせているだけです。

 恵姫のために一肌脱ぐのは今しかない、与太郎は身を乗り出すと、才姫に向かって言いました。


「お、お願いをしに来たのはめぐ様だけじゃありません。僕もなんです」

「なんだい、この男。初めて見る顔だけど」

「それは与太郎、わらわの家来じゃ」

「与太郎……」


 才姫は与太郎の顔を眺めながら何か考えているようでした。が、すぐに思い出したようです。


「ああ、斎主宮で教えられたのはこの子だったのかい。三百年の後の世から来た。ほうき星が昇れば現われ、沈めば消える。来れば姫の力が増し、ほうき星は小さくなる。へえ~、もっといかつい男を想像していたんだけど、こんな頼りない優男やさおだったとはね」


 なんだか馬鹿にされているような気がしないでもない与太郎ですが、今はそんな事に構っている時ではありません。自分について知っているのなら無駄な説明を省けます。与太郎は畳に手をついて頭を下げると、単刀直入にお願いしました。


「お福さんを助けてください! お福さんは僕にとっても大切な人なんです。僕の時代にはふうちゃんっていう人が居て、僕はふうちゃんを、その、好きって言うか、将来、お嫁さんになってくれればいいなって言うか、とにかくふうちゃんも大切な人で、お福さんはそのふうちゃんの先祖に当たるんです。だから、今、お福さんが逝っちゃったりしたら、僕の時代のふうちゃんも居なくなってしまうんです。だから何としてもお福さんを助けて欲しいんです。お願いします。お福さんを治してあげてください」


 自分でも要領の悪い話し方だなあと思いつつ、精一杯、今の気持ちを吐露した与太郎。言い終わって才姫を見てみれば、その顔には薄っすらとした笑みが浮かんでいるのでありました。


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