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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第四話 つちのしょう うるおいおこる
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土脉潤起その四 宮司の予感

「恵姫様、しばしよろしいですか」


 宮司は恵姫に近寄ると、そう話し掛けてきました。


「なんじゃ」


 と恵姫が応じても、それ以上は何も言いません。どうやら二人だけで話をしたいようです。


「恵姫、様?」


 心配そうに雁四郎が尋ねました。お福もこちらを見ています。恵姫は何でもないというように手を振ると、宮司と連れ立って人々の輪から離れました。

 境内の隅には立派な大欅があります。恵姫はその幹を背にして立つと、宮司に問いました。


「わらわだけに話したいとは余程の事なのじゃろうな。何か心配事でもあるのか」

「それは私が恵姫様にお尋ねしたい事でございます。姫様、近頃、身の内の通力が弱っているとお感じになられませんか」


 恵姫の表情が曇りました。正直に答えるべきか否か、すぐには決められなかったのです。それを見て宮司は頷きました。


「答えずとも結構です。そのお顔を見れば分かります。氷室の件も聞いております。氷が解けていたとか」

「知っておるのか。城の一部の者にしか知らせておらぬはずじゃが」

「あの氷室は伊瀬の神宮が統べるもの、そして私は力を持たぬおのこといえど神に仕える身。知り得て当然でございましょう」


 恵姫は宮司を見詰めました。力は持っていなくても自分と同じく神に通じる者なのです。ならば、隠し事は一切無用。恵姫は腹を割って話すことにしました。


「そなたの推測通りじゃ。わらわの力も、そして恐らくは伊瀬の斎主様の力も、昨年以来急速に落ちてきておる。氷室の氷が解けたのもそれゆえじゃろう」

「悪い予感は的中するものですな」


 宮司の口元に笑みが浮かびました。しかし目は笑ってはいませんでした。

 年齢を重ねたり体調が悪くなったりして、神に通じる者の力が弱くなることはありましたが、今回のように一律に力が衰退していくことはこれまで一度もなかったのです。それ程に今の状況はあり得ざるものなのでした。

 恵姫は探るような目で宮司に尋ねました。


「そなた、近頃の力の衰勢についてどう考える。一時のものなのか、あるいは長く続くのか」

「それは私にも分かりかねます。ただ、これは我ら神に通じる者たちだけに留まっているのではないような気がします。昨年から続く不作も不漁も、根は同じなのではないかと考えております」

「我ら人だけでなく植物も動物も、世の全ての力が落ちてきている、そう考えるのか」


 宮司は静かに頷きました。


 まるで針で突いたような微かな不安が、恵姫の中に沸き起こりました。それが染み出る水のように広がるのか、氷のように固まってそのまま消えてくれるのか、今の恵姫には分かりませんでした。

 宮司は視線を拝殿の前に移しました。左義長の大火焔はようやく衰えて、人々はお喋りを始めています。


「今日、ここに集まった方々のほとんどは、配られる餅欲しさに来ておるのです。あの子供たちの中には、遠く二里の道のりを歩いてここに来た者もおります」

「二里か。子供の足では大変じゃったろうのう」


 一里の道が遠いと言って不満を垂れていた自分が、思わず恥ずかしくなる恵姫でした。


「昨年の秋は、それだけ作物の実りが悪かったのですよ。貧しい村では正月の餅を搗くことすらできなかったとも聞いております。今日、焼く餅も、庄屋や余裕のある町人から寄進していただいた鏡開きの餅です。それすらも例年の半分もございません」


 気持ちの暗くなる話でした。本来なら聞かせたくはないのでしょう。それでも話さずにはおれないほど、宮司はこの事態を深刻に受け止めているのです。その皺だらけの横顔には、自分の何倍も生きてきた者だけが持ち得る憂愁のようなものを恵姫は感じました。


「むん!」


 恵姫はきりっと顔を上げると、まるで自分を励ますように宮司の背中を思い切り叩きました。思わず咽る宮司。


「うっ、ごほ」

「大丈夫じゃ、今年はきっと良い年になる。うむ、なるのじゃ。必ず良い年になる。わらわがなると言うのだから間違いはない」

「姫様……」


 それが恵姫の空威張りに過ぎないことは宮司にもよく分かっていました。宮司は恵姫の心遣いに感謝するように深く礼をすると、拝殿へと歩いて行きました。


「恵姫様、宮司様と何かありましたか」


 左義長の炎の前に戻った恵姫に雁四郎が尋ねました。恵姫は明るい声で答えました。


「なあに、他愛もない話よ。餅に付けるのは醤油かきな粉かどちらが好きかと聞くので、どちらも好きじゃと答えたら、では、何も付けずにお出しします。と答えよった。今日の焼餅は何も付けずに出てくるようじゃぞ。味噌でも持って来ればよかったのう、ははは」


 一体、どこまで信じればよいのか頭を悩ます雁四郎でしたが、これだけ元気ならばさほど悪い話でもなかったのだろうと安心しました。


 左義長の炎が下火になってくると、まだ赤くなっている灰の上に網が置かれ、そこにかち割った餅が並べられました。子供たちは嬉しそうに歓声をあげましたが、恵姫の顔からは明るさが消えました。宮司の言う通り、とても少なかったのです。恵姫は子供たちを見回しました。


『これではとても足りぬぞ。なんと嘆かわしいことじゃ』


 やがて餅が焼き上がりました。網が灰の上から降ろされるやいなや、一斉に手を伸ばす子供たち。宮司はそれを制すると、言い聞かせるように子供たちに話しました


「今年はお城の恵姫様がいらっしゃっておいでです。まずは姫様から召し上がっていただきましょう。子供たち、それまでは我慢なさい」


 宮司は一番大きな餅を竹皮にくるみ、恵姫に差し出しました。


「さあ、姫様。どうぞ」

「う、うむ」


 しかし、恵姫は受け取れませんでした。自分に向けられている子供たちの眼。餅食いたさに二里の道を歩いて来た子供たち。これを受け取れば、いや受け取らずとも、何人かは餅を食べられなくなってしまいます。そう思うと、恵姫の腕はまったく動かなくなってしまうのでした。


「いかがなされました、恵姫様」

「いや、わらわは要らぬ。餅は食わぬぞ」


 宮司が驚いた顔をしました。そして宮司以上に驚いたのが雁四郎とお福です。普段の恵姫からは到底信じられない言葉でした。宮司が丁寧な言葉で尋ねました。


「何ゆえに召し上がらぬとおっしゃるのですか」

「そ、それはな、えーっと、餅に灰が付いておるではないか。きな粉や醤油が付いた餅なら食うが、灰が付いた餅は、わらわの口に合わぬのじゃ」

「左義長の灰が付いた餅を食べれば、その年は病にかからぬと申します。縁起物でございますぞ」

「そ、そうか。しかしな、最近ちと食い過ぎてな。磯島から左義長の餅は食うなと言われておるのじゃ。そ、それよりもわらわのことはいいから、早く子供たちに配ってやれ。お福、雁四郎、そなたたちも餅は食わぬのであろう」


 宮司は黙って礼をしました。恵姫の意図がわかったのです。お福と雁四郎も同じでした。


「さあ、では子供たち、餅を配りますぞ。ああ、押さずともよい、焦らずともよい。食えぬ者は一人も居らぬように、ちぎってお渡ししますぞ」


 宮司は餅を小さくちぎり、子供たちひとりひとりに手渡していきます。恵姫たち三人もそれを手伝いました。ひとつひとつは小さい餅ですが、それは紛れもなく米を搗いて作った餅。頬張る子供たちの顔は喜びに満ち溢れています。

 恵姫の中には不思議な充実感が広がっていました。鯛の大物を釣った時、鯛の刺身を腹いっぱい食べた時、そんな時に感じていたのとは全く別の、心の底から湧き上がるような充実感が、餅を手渡す恵姫の中に広がっていたのです。


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