土潤溽暑その四 たまたま
与太郎が持って来た女性用下着はブラとショーツのお揃いセット。薄ピンクのサテン生地、フロントにはリボン、たっぷりのフリル、しかもショーツはハイレグ仕様でセクシー度も満点。かなりお金がかっていそうな代物です。それをいきなり身に着けろと言われては、如何に家来の与太郎といえども易々と受け入れる事はできません。
「で、でもこれは女子が着る物であって、男子が着る物じゃないよ」
「そう言われても着方が分からぬ。まずはお主が着て手本を見せよ」
「そんな、女子の下着を身に着けるなんて……」
「先日はわらわの装束を身に着けおなごになっていたではないか。お主は今から与太郎ではない、お与太じゃ。おい、お与太、その三百年後の装束を身に着けよ。わらわの命じゃ」
お与太……恵姫の口からその言葉が発せられた時、与太郎の中に忘れていた記憶が蘇ってきました。四日前、奥御殿で眠らせてもらうために腰巻と襦袢を身にまとって女の姿になった、あの時の感情。そう、確かにあの瞬間、与太郎はお与太になったのです。男から女になったのです。
「ああ、そうでしたわね。私はお与太。女の下着を身に着けても何の不自然もございません。分かりましたわ、お言い付け通りに致します。でも、こんな衆人環視の中では恥ずかしゅうございますわ。廊下に出て着替えてもよろしいでしょうか」
どうやら恵姫の「お与太」という言葉を聞いて、与太郎の中で変なスイッチが入ってしまったようです。
「うむ、許す。着替えて参れ」
与太郎は恵姫から下着を受け取ると、荷物の入った布袋から大きなバスタオルを取り出して座敷を出て行きました。
「ねえ、めぐちゃん、お与太って何? 急に与太ちゃんの口調が女っぽくなっちゃったけど」
四日前の出来事について何も知らない黒姫が恵姫に尋ねました。答えようと口を開きかけた恵姫だったのですが、急にその顔が悪人面に変わりました。また良からぬ事を思い付いたようです。
「ああ、実はな、与太郎は武士としての仕官を諦め、おふうと同じく女中として大名家に仕えるつもりなのじゃ。そのためにはおなごに成り切らねばならぬ。そこでおなごの恰好をし、名もお与太と改め、この奥御殿で女中修行をしておるのじゃ」
「へえ~、男子でも女中が務まるなんて、三百年の後の世って凄いんだねえ~」
大嘘です。完全に恵姫の妄想です。しかし、面倒な説明を嫌う与太郎の性格を考えると、これも事実としてこの世の人々に受け入れられていくのでしょう。
やがて、
「出来ましたわ」
葭戸が開いて与太郎が入って来ました。ブラとショーツだけを身に着けた、ほとんど素っ裸に近い格好です。
静まり返る座敷。
が、その静寂はほんの一時、すぐさま大爆笑が湧き上がりました。
「ぶはははは。おい、与太郎、ではなかった、お与太。何じゃその格好は。胸のさらし巻の袋はブカブカで、下の股引はピチピチではないか。不格好にもほどがあるぞ。そのような物をお主の世のおなごは身に着けておるのか」
「仕方ありませんわ。これはお福さんに合わせた下着。お与太の胸は貧弱、お与太の股間には余計なモノがついているのですもの」
ここで座敷の葭戸がいきなり開きました、厨房から毘沙姫が戻って来たのです。
「やれやれ、表の奴らに氷を削ってやっていたら、全部なくなってしまたぞ。骨折り損だったな……なんだ、妙に賑やかだな。ん、おう、与太郎来ていたのか……って、おい、なんだその姿は。暑さで頭がおかしくなったのか!」
普段は滅多に物に動じない毘沙姫も、想像を絶する与太郎の姿に度肝を抜かれているようです。
「こ、これは色々ありまして。後でめぐ様にお聞きになってください」
「おい、お与太。胸は仕方ないとしても、その股引、きちんと履けていないのではないか。腰の途中までしか上がっておらぬではないか」
恵姫の指摘通り、与太郎のショーツは腰よりもだいぶ下にあります。そのため股間がだぶついて見えるのです。
「あ、はい。そうなんですけど、こんな小さいおパンティ様を無理に引き上げると、その……色々と支障がありまして」
「何を申しておる。装束とはきちんと身に着ける物じゃ。そのような中途半端な着こなしでどうする。仕方ない、わらわが直してやろう」
恵姫は与太郎に近付くとショーツに手を掛けました。
「あ、めぐ様、無理はおやめください。それ以上引き上げられては……」
「ごちゃごちゃ喧しい。わらわに任せておけ。そりゃー!……ありゃ」
「はぐっ!」
股を広げたまま畳の上に崩れ落ちる与太郎。よく見るとショーツの両端から何かが覗いています。
「ああ、すまんすまん、どうやらたまたまが潰れて、股引から玉袋がはみ出してしまったようじゃ」
「きゃー、嫌あああ!」
小柄女中が悲鳴を上げて座敷を飛び出して行きました。
「……!」
続いてお福も顔を赤らめて座敷を出て行きます。
「やだあ~、与太ちゃん、じゃなくてお与太ちゃん、そんなモノ見せないで~」
黒姫は両手で顔を覆っていますが、中指と薬指の間が大きく開いているので、はみ出しているモノをしっかりと凝視しているようです。
「はふっ、はふっ」
与太郎ははみ出したモノをしまう事も忘れて、体をピクピクさせています。ここで磯島が恵姫に耳打ちしました。
「姫様、おのこの玉は体の中に上げられると、陣痛に匹敵するが如き痛みを感じるそうでございます。ここは早急に玉を元の袋に下ろす必要があるかと存じます」
「ならば私に任せておけ」
磯島の話を聞いた毘沙姫は与太郎に近付くと、その体を持ち上げました。
「それ、それ、それ。どうだ、玉は下りたか」
まるで赤子をあやすように与太郎の体を振り動かし始めました。その甲斐あって与太郎の玉もようやく元の位置に収まったようです。
「はふぅ~、助かりましたわ。毘沙様、ありがとうございます。あら、いけない、まだはみ出したままでしたわ。ごめんあそばせ」
与太郎は股間に手を当ててゴソゴソやっています。結局ショーツは元通り、ずり下げた状態に戻ってしまいました。
「おい、恵。どのような経緯でこうなったかは知らんが、少し気持ちが悪いぞ。余興ならそろそろ終わってくれ」
毘沙姫に言われるまでもなく恵姫も少々やり過ぎたかなと思っていました。それもこれも三百年後の女子の下着が、想像できないほどに小さかったからです。
「そうじゃな。わらわも図に乗り過ぎたようじゃ。お与太、その装束の着付けはよく分かった。もう元の与太郎に戻ってよいぞ。ご苦労であったな」
「あ、はい、では着替えて参ります」
与太郎はそそくさと廊下に出て行きました。その間に恵姫は毘沙姫に事の成り行きを説明します。
「与太郎の世の女が身に着ける腰巻と胸のさらし巻? あんな布切れがそうなのか。信じられんな」
「うむ、三百年の時の流れとは実に恐ろしいものじゃな」
「めぐちゃんは上のさらし巻は必要ないよねえ~」
「黒、その言葉、二度と言うでないぞ。わらわの寛容にも限度というものがあるのじゃからな」
「やれやれ酷い目に遭ったなあ。まだ下腹部が鈍痛状態だよ」
三人がお喋りしているところへ与太郎が帰って来ました。元通りの服装と口調に戻っています。
「おお、与太郎。なかなか楽しい見世物であったぞ。しばらくの間であったが暑さを忘れられたわい。さて、それでは皆で浜にでも遊びに行くか」
「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ大切な事が残っているでしょ」
立ち上がり掛けた恵姫を慌てて制止する与太郎。怪訝な顔付きの恵姫。浜遊びについて黒姫から話を聞いている毘沙姫。なんとなく座ったままになっている磯島。真夏の奥御殿で繰り広げられている怪しくも妖しい女たち(一名男)のひと騒動はまだまだ続くのでありました。




