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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第三十五話 つちうるおうて むしあつし
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土潤溽暑その三 削り氷

 与太郎がお与太という名を貰って、あちらの時代に帰ってから三日目の朝。間渡矢は今日も快晴です。朝釣りを終え朝食を済ませた恵姫は、相も変わらず座敷でゴロゴロしています。


「最近、ちっとも雨が降らぬのう。体が干からびそうじゃわい」

「領主の娘がだらしないぞ、コツン」


 小槌で頭を叩かれました、座敷には黒姫が居るのです。


「黒、私の頭も叩いてくれ。眠気が吹き飛ぶかもしれん」


 毘沙姫も居ます。二人は昨晩間渡矢城に泊まっていったのでした。


「暑うございますなあ」


 中庭から声が掛かりました。雁四郎です。誰も答えてあげようとしません。縁側にも出ようとしません。暑いからです。

 朝も早くからこの四人が何をしているのかと言うと、待っているのです。間渡矢城夏の風物詩、削りの甘酒かけ。


 ここ数日の炎天続きで城内の士気はすっかり低下していました。役方も番方も奥の女中たちもお役目に身が入りません。そこで重臣たちの合議により氷室から氷を搬出する事が決せられたのです。削り氷を振る舞って皆のヤル気を奮い立たせるのがその目的です。

 氷室は夜明け前に開けられ、氷の塊は朝の内に城へ運び込まれました。現在奥の厨房で氷を削り、甘酒を冷まして、鋭意制作中なのです。


「そろそろ出来上がる頃でござろうか」

「雁ちゃ~ん、待ち遠しいのは分かるけど、こんな所で怠けていていいのかなあ。厳左さんに叱られるよ」

「拙者、本日は非番なのです。削り氷食べたさにわざわざ登城致した次第」


 食いしん坊だなあと黒姫は思いましたが、人の事は言えません。黒姫と毘沙姫もまた削り氷食べたさに、わざわざ昨晩から城にやって来ているのですから。


「本来は六月一日が氷の節会せちえで氷室開きの日なのだろう。間渡矢ではその風習はないのか」


 諸国を遍歴しているだけあって物知りの毘沙姫です。恵姫は面倒くさそうに答えました。


「六月一日はまだ梅雨の最中。今日のように晴れて暑くなればよいが、雨が降って肌寒くては氷の有難味がなかろう。それゆえ氷室開きは暦に囚われず自由に行えるようにしたのじゃ」

「なるほど、それはいいな。確かにこれくらい暑くなくては氷を食う気にはなれん。早く冷たさを楽しみたいものだ」


 毘沙姫がそう言った時でした。噂をすれば影、挨拶もなしに葭戸が開きました。


「お待たせ致しました」


 磯島が、お福が、小柄女中が座敷に入って来ました。三人とも盆を持っています。


「おお、待ちかねたぞ」

「おお、待ちかねましたぞ」


 恵姫と雁四郎が同時に声を上げました。雁四郎の声を聞き付けた磯島が、これ幸いとばかりに頼み事です。


「雁四郎殿が居られるとは好都合。厨房には表御殿の方々への削り氷も用意してございます。女中に運ばせておりますが数が多く。時間が掛かりますゆえ、雁四郎殿も手伝っていただければ有難く存じます」

「喜んで!」


 遠ざかって行く足音。雁四郎以外にも削り氷目当てに非番返上で登城した者たちは大勢居そうです。その間にお福と小柄女中が削り氷の盛られた器を配り終えました。


「では、恵姫様、皆様、今年初の削り氷、いただきましょうか」

「うむ、味わうとしようぞ」


 まずは恵姫が匙に氷を乗せて口に入れます。続いて黒姫、毘沙姫、磯島、お福、小柄女中。六者六様の表情で冷たさを感じ、清涼を楽しみ、削り氷が作り出した別天地の快楽を、心行くまで享受しているのでありました。


「おい、磯島。お代わりはないのか」


 毘沙姫だけは別天地に入れなかったようです。冷たさを感じる暇もなく一気に喉へ流し込んでしまったからです。


「厨房にはまだ削られていない氷が少し残っております。されど表には非番の方々も参られている御様子。その方々へ削り氷が配られ、それでも残るようならば食されてもようございます」

「そうか、行ってみる」


 さっさと座敷を出て行く毘沙姫。他の五人は年に一度の楽しみをじっくり味わっています。


「きゃ!」


 突然お福が声を上げました。背中に誰かが負ぶさるように抱き付いています。言わずと知れた与太郎です。


「あ、やったー、来られたー。ずっと待っていた甲斐があった」

「なんじゃ、また来たのか。四日前に来たばかりではないか。これほど間を置かずにやって来たのは初めてではないか」

「えへへ、早くこちらに来たくて、なるべく自分の部屋に居るようにしていたんだ」


 お馴染みの締まりのない顔で笑っている与太郎に、恵姫も少々呆れ顔です。


「まあ、よいわい。それにしても年一回の氷室開けの日に姿を現すとは、相変わらず絶妙な頃合いでやって来るのう、与太郎よ。残念ながらお主の分の削り氷はないぞ。あっても分けてはやらんけどな」


 恵姫は最後のひと匙を嘗め尽してしまうと、冷たい声で言い放ちました。けれども与太郎はそれどころではない様子です。両手に二つの布袋を持ち、その中身を確認しています。


「えっと、まずは下着、ああよかった、持って来られた。それからビーチボール、浮き輪、水鉄砲もOKか。あれ、携帯ファンは駄目か。やっぱり電池を使うのは無理みたいだな。えっと、それから……」


 与太郎はひとりでゴソゴソやっています。もっとも誰もそんな与太郎には気を払いません。年に一度の削り氷を味わう事の方が遥かに重要だからです。やがて食べ終わった五人は実に満足そうに器を盆に置きました。


「それではお下げ致します。黒姫様、お昼はどうされますか」

「せっかくだから食べて行こうかな、与太ちゃんも来た事だし」

「分かりました。では、毘沙姫様の分も……」

 と磯島が言い掛けたところで恵姫が大声を上げました。


「お、おい、与太郎、それは何じゃ」


 皆の視線が一斉に与太郎に集まります。丁度袋から大きなスイカを取り出していた与太郎はびっくりしたように皆を見回しました。


「何って、スイカだけど」

「西瓜じゃと。三百年の後にはそこまででかくなり、しかも縞模様まであるのか、まるでウリ坊じゃな」


 どうやらこの時代のスイカは瓜のように小さく縞もないようです。与太郎はちょっと自慢げな顔をしました。


「そうだよ、大きいでしょ。4Lのスイカなんだよ、高かったんだから。浜辺でスイカ割りをやるならこれくらい大きくないとね」

「ねえ、めぐちゃん、西瓜割りって何? それに今日の与太ちゃん色々持って来てるけど、何かあったの」

「おお、そうじゃ、黒と毘沙にはまだ話しておらなんだな、実はな……」


 ここで恵姫は前回与太郎が来た時に話し合った内容を黒姫に教えました。お福と磯島には教えていたのですが、黒姫と毘沙姫にはまだ話していなかったのです。


「海で泳いで浜で西瓜割りねえ~。三百年後にはそんな遊びがあるんだね。いいよ、あたしもやる!」

「うむ、それでこそ黒じゃ」

「あの、めぐ様、海で遊ぶ他にも約束事があったんだけど、覚えていますよね」


 盛り上がる二人の横で与太郎が小さな声で言いました。手に何か持っています。


「はて、他に何か約束をしたかのう」

「ほら、僕らの時代の女性の下着が見たいって言っていたじゃないですか。ちゃんと持ってきましたよ。このパンツは腰巻みたいな物で、このブラは胸のさらし巻みたいなものです。見てください」


 おずおずと差し出す与太郎。恵姫は「ああ、そうじゃったな」と言いながらそれを受け取りました。


「ふむ、三百年の後の世のおなごの腰巻と胸のさらし巻か。どれどれ……と、おい、えらく小さいではないか。これでは布切れとほとんど変わらんぞ。与太郎、わらわをたばかっているのではあるまいな」

「そんな事しませんよ。間違いなく僕らの時代ではほとんどの女の子はこれを素肌に着けているんです」


 与太郎にそう言われても恵姫はとても信じられませんでした。横から興味深げに覗いている黒姫、磯島、お福、小柄女中も同様です。これは装束と言うよりもただの布切れです。


「このようなもの、身に着けてどのような意味があるのです」と磯島。

「与太ちゃんの世って布が貴重品なんじゃないのかな~。それでこんなに小さいとか」と黒姫

「た、大変綺麗な布地とお見受け致します」と小柄女中。

「……!?」とお福。


「まあ、見ているだけでは始まらん。おい、与太郎、試しにお主が身に着けてみろ」

「ええ、僕が!」


 またしても恵姫の無茶振りです。自分が持って来た女性用下着を身に着けろと言われるとは夢にも思っていなかっただけに、ただただ狼狽うろたえるばかりの与太郎でありました。


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