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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第三十二話 はす はじめてひらく
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蓮始開その五 木箱の中身

 間渡矢城の表御殿は二つの蔵を管理していました。一つはこの城の創建当時の蔵で、土壁は剥がれ、苔が生し、少々傾き、気持ち悪いくらいに朽ちています。当然、今は使われていません。中に納められているのも役にも立たぬ我楽多ばかりです。

 もう一つはここを比寿家の居城とした時に建てられたもので、こちらは立派な造りです。普段使っているのはこちらの蔵で、比寿家の家宝を始めとして守らねばならぬ大切な物が多数納められています。


「いつ見ても片方は荒れ果てているな。ほとんど化け物屋敷だ」


 蔵の前に立った毘沙姫は腕組みをして蔵を眺めています。二つの蔵は並んで建てられているので、古い蔵はより古く、新しい蔵はより新しく見えてしまうのです。


「左様ですな。戦国の世で戦いに明け暮れた武士たちの怨念のようなものが感じられまする」


 雁四郎の言葉に怯えるお福。髑髏や亡霊のようなものは大の苦手なのです。


「おい、雁四郎、働く前からお福のヤル気を削いでどうするのじゃ。少しは気を遣ってやれ。それよりも早く始めようぞ。中を見たくて堪らぬわい」


 蔵は表の管理下にあるので、恵姫ですらまだ一度も中に入った事がないのです。せいぜい夏の土用に虫干しされている収納物を見掛けるくらいです。ですから蔵の整理で中に入れると聞かされて、厳左の申し出を二つ返事で引き受けたのでした。


「これは失礼致しました。すぐに錠を外しますゆえ、しばしお待ちを」


 雁四郎は厳左から預かった蔵の鍵を取り出すと、古く朽ちた蔵の扉に近付きました。これを見た恵姫はすぐさま異を唱えます。


「おい待て、雁四郎。古い蔵など開けてどうするのじゃ。そちらには整理する物などないであろう」

「はい。しかし本日は忍具を探し出し蔵から持ち出す事が一番のお役目と聞いております」

「そうじゃ。それゆえ新しい蔵を開けねばならぬのじゃ。何故古い蔵を開けようとする」

「磯島様の蛍騒動の折、拙者が光玉を見付けたのは、こちらの古い蔵だったからです」


 これには恵姫も、そして毘沙姫も驚きました。貰い物であるにもかかわらず古い蔵に保管していたのです。


『人目に触れぬようにわざと古い蔵に入れたのか。寛右に忍具を隠す意図があったのはこれで明白。事を起こす時まで誰にも知られぬよう密かに集めていたのだ』


 毘沙姫の驚きはすぐに納得に変わりました。自分の読みは間違っていなかったのです。そしてこの忍具を始末すれば寛右の野望も少しは弱まるはずです。

 一方、恵姫は毘沙姫とは全く別の事を考えている様子です。


「なるほど、光玉は古い蔵にあったのか。じゃがな雁四郎よ、こちらの蔵にあったからと言って、あちらの蔵にないとは言えまい」

「は、はい。左様でございますね」

「となれば、どちらの蔵も開けて確かめねばならぬ訳じゃ。そこでどちらを先に開けるかじゃが、まだ忍具が見つかっていない新しい蔵から開けるのが筋ではないか。見付けるのに時間がかかるからのう」

「いえ、ですから新しい蔵は蛍騒動の時に拙者が探しまして、それで見付からなかったので、古い蔵を探したのです。あの時、届けるのが遅れたのは二つの蔵を探していたからで……」

「だまらっしゃい!」


 唐突に大声を上げる恵姫。雁四郎の言葉を遮ると強引に蔵の鍵を奪い取りました。


「お主が探した時は新しい蔵から探したのであろう。ならばわらわが探す時も新しい蔵から探して何が悪い。ほれ、開けるぞ」


 奪い取った鍵を錠の鍵穴に差し込む恵姫。当惑する雁四郎の肩に毘沙姫が手を置きました。ここは好きにさせてやれと言いたいのでしょう。


「これが蔵の中か。意外と広そうじゃのう」


 開いた扉から差し込む光では手前しか見えません。毘沙姫と雁四郎が明り取りの窓を全て開けると、雑然と物が置かれた蔵の内部が見渡せるようになりました。恵姫が歓声を上げます。


「おお、こ、これは宝の山ではないか。見よ、この鯛の置物、父上の目を盗んで背びれを掴んで遊んでおったら折れてしまってのう。以来お目に掛かっておらんのだ。このような場所に居ったのか。おお、書までこのように沢山……こ、これは本朝食鑑ではないか。しかも十冊全部揃っておる。入手したのに何故わらわに黙っておったのじゃ。やや、あちらにあるのは……」

「あ、あの恵姫様、忍具を探すというお役目をお忘れになってはおりますまいな」


 雁四郎が呼び掛けても聞く耳持たない恵姫です。蔵の中をあちこち駆けずり回りながら驚嘆し、頬ずりし、奇声を上げ、蓋を開けて中を覗いたりしています。お役目の事など完全に失念しています。


「仕方ない、雁四郎、恵はこのまま放っておいて、我らだけで古い蔵へ行こう。どうやらこちらには忍具はないようだからな」


 厳左の思った通り、恵姫は何の役にも立ちそうにありません。雁四郎は恵姫から蔵の鍵を返してもらうと、三人で古い蔵へ向かいました。

 扉を開けると、こちらは埃っぽく空気も淀んでいます。窓を開けても薄暗く、内部の様子もはっきりとは分かりません。


「光玉はどこで見付けたのだ、雁四郎」

「確か……この辺りかと……」


 雁四郎は蔵の奥の木箱が積まれた一角へ進んで行きます。そして木箱を一つ抱えると、明るい出入口まで持ってきました。


「この箱でござる。開けてみましょう」


 蓋を取ると中には、拳よりもやや大きめ目の丸い紙玉が沢山入っています。表面には「光」「煙」「音」などの文字が書かれています。火薬玉の用途を表しているのでしょう。


「なるほど。思ったより多いな。他にはないのか」

「それらしき箱もありますが、重くて一人では持ち出せませぬ。毘沙姫様も手伝ってくだされ」


 今度は毘沙姫と共に奥へ行き箱を持ち上げました。重く、動かすとじゃらじゃらと音がします。再び出入り口へ運び蓋を開けると、

「こ、これは……」


 毘沙姫も雁四郎も我が目を疑いました。そこに入っていたのは苦無、鎖、鉄菱、鍵縄などの忍具でした。無論、それは予想通りの物だったのですから驚くには値しません。二人が驚いたのはそれらが少しの錆もなく、全て磨かれ、油が塗られ、今すぐにでも使えそうな状態にあった事です。


「毎年少しずつ貰って溜まってしまった、寛右はそう言っていたが、これらは間違いなく手入れされている。人の手が加えられているのだ」


 やはり忍具は譲ってもらったのではなく意図的に寛右が集めたのだ、毘沙姫はそう考えました。でなければ手入れなどするはずがないからです。そして雁四郎の心の中にもまた同じ考えが湧き上がって来たようです。


「毘沙姫様、誰が、何ために、忍具の手入れなどしているのでしょうか、まさか……」

「そのまさかだ。間違いなく寛……」

「お目当ての物は見つかりましたかな」


 蔵の外から声がしました。寛右です。知らぬ間に古い蔵の前まで来ていたのです。


「おや、雁四郎も加わっているのか。蔵の整理は役方の仕事。番方の雁四郎はお役目違いではないのか」

「人手が足りぬから手を貸してもらっているのだ。それに忍具は武器。武器を扱うのなら番方の仕事と言えなくもあるまい」

「……一理ありますな」


 毘沙姫の鋭い視線に射られても寛右は少しも怯みません。そして指摘される前に敢えて自分から言い出しました。


「きちんと手入れされていましょう。せっかく譲ってもらった物、大事にせねば罰が当たりますからな」

「そうだな。古金買に売り払って鍋や釜にしてしまうのが惜しいくらいだ」

「某の知り合いの蒐集家ならば高く引き取ってくれるはず。そちらに回してみては如何ですかな」

「断る。どのように使われるか知れたものではない。回り回っておまえの元に戻っては困るしな」


 寛右の忍具に対する拘りと執着、それが言葉の端々に表れていました。どうにかして手元に留めておきたい、それが寛右の意志なのだと毘沙姫には感じられました。


「そうですか、ではお好きなように」


 寛右はそう言ってもまだ立ち去ろうとしません。もう一度奥へ探しに言った雁四郎や、木箱の中身をひとつひとつ検分している毘沙姫やお福をじっと眺めています。


「まだ何か用か」

「いえ、旅に生きる毘沙姫様にしては長い逗留だと思いましてな。いつ間渡矢を立たれるのですかな」

「寡黙な寛右にしてはお喋りだな。いつ黙るのだ」


 この毘沙姫の皮肉は効いたようです。寛右は返事をすることなく踵を返して去って行きました。せいせいしたとばかりに作業を始める毘沙姫。しかしお福は寛右の後姿をいつまでも見送っていました。そのお福の顔には、毘沙姫でさえも奇妙に思えるくらいの哀しさが漂っていたのです。


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