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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第三十二話 はす はじめてひらく
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蓮始開その三 女城主

「私は比寿家の行く末などに関心はない。姫としての恵の誇りが守られるならそれ以外の望みは何もない。しかし厳左、おまえは家老だ。比寿家が存続するように力を尽くさねばならぬだろう。恵の婿養子は絶望的、恵を城から追い出すのも承服しない、となると、どのような手段で比寿家を存続させるつもりなのだ」

「うむ、それを問われるといささか辛い」


 渋面を作って毘沙姫を見る厳左。しかし言葉とは裏腹に口元には笑みが浮かんでいます。腹に一物を抱えているのは明らかです。


「策があるのか、勿体ぶらずに教えろ」


 促す毘沙姫に対して自嘲気味に笑いながら厳左は言いました。


「恵姫様本人に家督を継がせ、女城主になっていただく。これが我らの案」

「恵を城主にだと! 正気か、厳左。如何に姫には甘い公儀でも認めてくれるはずがない」


 大名の家老である厳左の口から飛び出した余りにも信じ難い言葉に、思わず大声を上げる毘沙姫。しかしそれも予想の範囲内だったのでしょう。非難めいた言葉を浴びても厳左は顔色ひとつ変えません。


「そうだ。戦国の世ならともかく、この徳川の世で女城主などを認めたとしたら他の大名に示しが付かぬ。だが、たった一度、前例があるのだ」

「前例? 徳川の世で女城主になった者が居たと言うのか」


 厳左は頷くと話を続けました。


「二代将軍秀忠公の頃の話だ。陸奥の国、八戸南部家の当主が急死した折、男子が居なかったためその未亡人が家督を継ぐという出来事があったのだ。更に再婚を拒むために未亡人は出家して清心尼と名乗り、以後八戸根城城主として領地を治めた。清心尼には二人の娘が居たので、数年後、次女に婿養子を取らせて家督を継がせ自らは隠居。しかし隠居から数年後、遠野横田城への移封が決まり、更に家督を継がせた婿養子は盛岡城常勤となったため、以後は遠野南部家として実質的な横田城城主となり、隠居の身ながら家老と共に統治したという」


「驚いたな、初耳だ。よく公儀が許したものだな」

「運が良かったのであろう。当時、武家諸法度はまだ起草の段階で発布されてはいなかったのだ。伏見城で秀忠公が正式に発布したのは清心尼が家督を継いだ翌年。一年遅れていれば女城主など実現しなかったかもしれぬな」


 諸国を遍歴して多くの知識を蓄えている毘沙姫ではありましたが、この厳左の話は全く聞いたことがありませんでした。姫と武家、表面上は対立していない両者も、心の内では互いに牽制し合っているのは周知の事実です。実際、公儀自体が姫を嫌っているのですから、それは仕方がない事でした。

 間渡矢ではこうして城の者とも親しく付き合う毘沙姫も、他の土地へ行けば武家との交わりはほとんどありません。武家に関する知識が乏しいのは当然の結果なのでした。


「厳左、もしやその清心尼という女、姫の力を持っていたのではないだろうな」

「そのような記録は残っておらぬ。が、磯島殿のように僅かに力を残したままだった可能性はありえよう。実は恵姫様を城主にという案は殿自らが言い出した事でもあるのだ。江戸在住の折には密かに働きかけてもらっている。これは江戸家老や寛右殿も気付いてはおらぬ事。慎重に事を進めておるのだ」

「実現する見込みはあるのか」

「分からぬ。だが神器持ちの姫に関しては特例が多い。正室の江戸在住免除もそのひとつ。ならば姫の城主を特例として公儀が認めたとしても、他の武家から不満が出る事もなかろう」


 厳左が比寿家の行く末をどのように考えているのかを知って、胸の内に広がっていた靄がようやく晴れていく気がする毘沙姫です。しかし寛右の問題は決着していません。比寿家を存続させるために一番実現可能性のある方策は、取りも直さず寛右の目論んでいるやり方。現実主義の寛右がそれ以外の案に従うはずがないからです。


「厳左、おまえの考えは分かったが、それで寛右を説得できるか。お家第一を考えるあの生真面目さは、下手をするととんでもない暴走を引き起こしかねんぞ。記伊の姫衆と伊賀の忍衆、この二つと手を組み武力によって事を成し遂げようと動き出すのは明白、そうなれば血を見る争いになりかねん。厳左ひとりでは支えきれまい」

「さりとて毘沙姫様の力を借り姫の力を存分に振るわれれば、間渡矢城自体が廃墟と化そう。敵味方合わせてどれだけの命が奪われるか知れたものではない。しかもそれだけの騒ぎを起こせば、その先に待っているのは間違いなく比寿家改易。それが分かっているからこそ、毘沙姫様がこの地に留まっている今、寛右殿も手詰まりの状態なのであろう。今の内に何らかの策を講じねばと思ってはいるのだが……」


 この先の厳左の言葉はありませんでした。毘沙姫も同様です。どちらも武に生きる者。知と策を講じて事に当たるのは最も不得手な二人なのです。重苦しい沈黙の後、毘沙姫が口を開きました。


「こうなっては布の知恵を借りるしかないな」

「布……姫衆一の知恵者と言われる布姫様か。間渡矢へは恵姫様の母上様の命日にしか姿を見せぬ。どこに居られるか誰にも分からぬ姫であろう、どのように呼び寄せるつもりか」

「斎主宮に文を書く。武家の揉め事に姫を介入させるのは斎主様にとっては不本意であろうが、恵の身にかかわる事態と知れば動かざるを得ないはず。斎主宮ならば布の居場所を掴める。間渡矢へ来てもらうよう頼んでみるのだ。それが駄目ならば恵の母の命日まで待つしかない」

「そうか……毘沙姫様には世話を掛け通しだな。かたじけない」


 厳左は居住まいを正すと深々と頭を下げました。これには毘沙姫も少々面食らったようです。


「よせ、厳左らしくもない。私とて間渡矢の者には世話になっている、お互い様だ。しかも文を書くと言っただけでまだ何一つ解決してはいないのだぞ。礼は事が全て済んでからにしてくれ」


 毘沙姫は厳左の両肩を掴むと無理やり引き起こしました。気位の高い厳左が頭を下げたのです。この問題が厳左にとって如何に厄介事であるか、毘沙姫には痛いくらいに分かりました。


「しかし布の来訪をただ漫然と待っているだけと言うのも能がないな。何か我らにできることはないか、厳左」

「できることか、ふむ……寛右殿が蔵に忍具を集めているのは御存じであったな」

「ああ、伊賀の知り合いから譲ってもらっているうちに、いつの間にか溜まってしまったと言っていたが、実際には事が起こった時に役立てる腹積もりなのだろう」


 話し合いで解決できなければ力で解決する、姫衆や忍衆と手を結んだ以上、それは当然の成り行きです。二月前、与太郎によって比寿家断絶を宣告され、寛右は明らかに焦りを感じ始めています。いつ実力行使に出てもおかしくない状態と言えるでしょう。


「取り敢えずあの忍具を処分しようと思っておる。役に立ちそうな物は残し、素人に扱えぬ道具は古金買こかねかいに売り払ってしまうのだ。銭に替えて城の諸経費の足しにするという名目でな。これなら寛右殿も文句は言えまい」

「なるほど、それはいいな」


 蔵の忍具を整理したところで、寛右の考えを翻しその野望を挫く事などできようはずがありません。しかし牽制にはなります。これまでのように何もしないままでいるのではなく、少しでも寛右に対して抗う態度を示しておけば、慎重に事を構えるようになるはずです。

 話が落ち着いたところで二人は同時に酒を仰ぐと、愉快な笑い声を漏らし始めました。ようやく旨い酒を味わう事ができそうだ、夜が更けるまで飲み明かそうぞ、互いに目と目でそう語らいながら、酒を注ぎ合う厳左と毘沙姫ではありました。


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