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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第三十一話 あつかぜ いたる
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温風至その五 寛右の汗

 昼八つ時の間渡矢の空は晴れています。一日の内で一番暑い頃、表御殿の小居間にも熱い空気がみなぎっていました。前回は割り当てがなかった与太郎、厳左、磯島にも鯛焼きが配られ、それでも大皿にはまだ沢山の鯛焼きが残っています。

 皆、自分に配られた鯛焼きをそれぞれの食べ方で味わっていますが、ただ一人、与太郎だけは手を付けようとせず、鯛焼きを食べる皆の顔を伺っています。どんな反応を示すか気になるのでしょう。


「ど、どうかな、皆さん、美味しいのかな……」


 尋ねているのか独り言なのか分からない与太郎のつぶやき。誰も何も言いません。聞こえてくるのは食べる音、お茶をすする音、それだけです。


「め、めぐ様、あの、美味しいですか」


 勇気を出して恵姫に尋ねる与太郎。返事をせず黙って食べ続ける恵姫。今度は黒姫に訊いてみます。


「えっと、黒様、どうでしょう、美味しいですか」

「んっ? う~ん、まずはめぐちゃんに訊いてみて」


 つれない返事です。次は磯島に訊いてみます。


「私よりも恵姫様に訊かれるのがよろしいでしょう」


 仕方ないので次々に訊いてみるのですが、


「恵姫様が答える前に、拙者が答えるわけには参りますまい」

「恵に訊け」

「まずは恵姫様」

「……!」


 これはお福です。お福に訊いても返事がないのは分かっているのに、ついつい訊いてしまったのでした。最後に厳左に尋ねると、ようやくまともな対応をしてくれました。


「恵姫様、いい加減に与太郎殿に答えられよ。こんな心配顔のままでは与太郎殿も落ち着いて鯛焼きを味わえまい」


 既に二匹を食べ終えて三匹目の鯛焼きに手を伸ばしていた恵姫は、忌々しそうな顔をしました。


「ちっ、わらわにそれを言えと申すのか、厳左」

「与太郎殿とてこれほどの菓子を用意するには、余程の骨折りがあったに違いない。臣下の労をねぎらうのも上に立つ者の務め。さあ、恵姫様」


 厳左に促されて恵姫は渋々声を出しました。


「うま……かった」


 聞き取れないほど小さい声です。与太郎は訊き返しました。


「えっ、何て言ったんですか、めぐ様」

「しつこいのう。じゃから……うま、かった」

「聞こえないなあ。もっと大きな声ではっきりと分かりやすく、誰の耳にも届くように言ってくれなくちゃ困るなあ」


 与太郎はにやにや笑っています。恵姫をやり込める機会などそうそう巡ってくるものではないのですから、ここはもう少し楽しみたいのでしょう。顔を赤くしてぷるぷる震えていた恵姫は、栗が爆ぜるように大声を爆発させました。


「ああ、分かった。美味かった。天晴れな鯛焼きであった。此度は完全にしてやられたわい。どうじゃ、これで満足か、与太郎」

「はい。頑張ってお金を稼いだ甲斐がありました」


 これを切っ掛けにして、皆、口々に鯛焼きの美味さを褒め始めました。それは勿論、鯛焼きを作った黒姫や磯島たち奥の女中の手柄でもあるのですが、やはり材料と鯛型の鉄板をこちらに持って来た与太郎の貢献度は賞賛に値するものと誰もが分かっているのでした。


「え、いやあ、そんなあ、あは、あは、あはははは」


 皆に褒められて与太郎はすっかりいい気になっています。この時代で初めて未来人としての自分が活躍できた、そんな感慨に耽る与太郎は調子に乗ってこんな事を言い始めました。


「ねえねえ、それならこれをもっと沢山作って売ってみたらどうかな。志摩の国ではあんまり買う人は居ないかもしれないけど、伊勢ならお参りする人も多いから、神宮に向かう街道で売れば儲かるんじゃないかな。そしたら比寿家もお金持ちになって、めぐ様も厳左さんも贅沢できるようになるよ。どう、僕の考え」


 それまで賑やかだった鯛焼き味見の会は水を打ったように静まり返りました。ただ恵姫と毘沙姫が鯛焼きを食べる音だけは聞こえています。何だか不安になった与太郎は厳左に尋ねます。


「えっと、厳左さん、僕の考えどう思いますか」

「そうじゃな……恵姫様、どのように考える」

「内政は次席家老の寛右の役目じゃ。寛右、与太郎に答えてやれ、もぐもぐ」


 恵姫から直接指名を受けた寛右は与太郎に向き直ると言いました。


「そのお考えには賛同致しかねます」


 思いもしなかった返答に与太郎は大慌てです。


「ど、どうして。不作と不漁続きでこのお城の財政って苦しいんでしょう。この鯛焼きを売れば絶対儲かるよ。みんな楽になるんだよ」

「領民の貧しさを放っておいて、領主だけが銭を貯め込むなどあるまじき行いです。領主は常に領民と寄り添って生きていくもの。領民が貧しければ領主も貧しく、領民が富んで初めて領主も富むのです。またそのようにまつりごとを行わねばならないのです。領主が富みたいのならば、まず領民を富ませる事を考えねばなりません」


「でも材料は領民から買い上げるんでしょ。それならお百姓さんだって儲かるんじゃない」

「我が領地に大量の小麦や小豆を生産する余力はありませぬ。この菓子を作ろうとすれば他国から材料を買う事となりましょう。そうなれば懐が潤うのは我が領民ではなく他国の領民になります」


「じゃ、じゃあ、この鯛焼き機を領民の誰かに譲って、その人に稼いでもらったらどうかな」

「誰に譲れと言うのです。どのようにその領民を決めるのです。どうしても不公平が生じましょう。与太郎殿には申し訳ないが、後の世の道具で銭を儲けるような真似はできませぬ。それに鯛型もこのような菓子も、この時代の我らが作り出せぬ物ではありません。やがて誰かが作り始めるでしょう。その者が銭を稼げばよいのです」

「うむ。寛右、よく申したな。わらわも同じ考えじゃ。所詮は与太郎の浅知恵。尻馬に乗らずに正解じゃ、はっはっは、はぐはぐ」


 落胆する与太郎。有頂天になっていた気分は、一気に谷底に突き落とされてしまいました。そしてまだまだ自分は思慮が浅いなと思わずにはいられませんでした。


「気落ちすることはない、与太郎殿。これだけの菓子を用意してくれた事は大変な手柄。恵姫様に代わって礼を申す。大儀であったな」


 厳左にそう言われて少しは苦労が報われた気がする与太郎です。


「では、鯛焼き味見の会もこれでお開きに致そう。ああ、恵姫様、残りの鯛焼きは奥で食べられよ。毘沙姫様も黒姫様もゆっくり寛ろいでいかれるがよい」

「むにゅむにゅ、わ、分かった、これお福、大皿を持って参れ。奥へ戻るぞ」

「めぐちゃん、食べ過ぎだよ~」


 口に鯛焼きを頬張ったまま小居間を出て行く恵姫、それに続く黒姫とお福。それを見届けた後、満足そうな顔で小居間を出て行く厳左。磯島も片付けの女中を呼びにそそくさと出て行きます。


「ではそれがしも退出すると致そう。与太郎殿、結構な菓子であったぞ。毘沙姫様、お先に失礼」


 二人に会釈して寛右が立ち上がろうとした時、

「待て、寛右。済まぬがしばらく付き合ってくれ」

 毘沙姫が声を掛けました。浮かしていた腰を下ろし毘沙姫を見る寛右。


「付き合う……某にどう付き合えと仰せなのですか」

「少し話がしたいと思ってな。おい、与太郎、先に戻っていろ。恵にひとつ残しておくように言っておけ」

「あ、はい」


 与太郎は慌てて小居間を出て行きました。早く追いつかないと恵姫は全ての鯛焼きを食べてしまうでしょう。

 与太郎が出て行って小居間に二人だけになると、寛右は毘沙姫の正面に向き合って座りました。


「毘沙姫様が直々に話をしたいとは、一体如何なる用件でございますかな」

「単刀直入に話す。蔵にある伊賀の忍具、おまえが集めたのか」

「左様。某は伊賀の出身ゆえ知り合いが多うございましてな。毎年少しずつ譲ってもらっている内に、あのように大層な数になったのです。如何に天下泰平の世とは言え、悪人が尽きる事はありますまい。山賊狩り、海賊撃退、使い道は多いのです」

「そうか。ではもう一つ訊く。記伊の姫衆のひとり瀬津姫、おまえとどのような関係なのだ」


 冷静な寛右の表情に変化が現われました。驚きとも畏れとも判別出来ぬ変化。膝の上で握りしめている拳が少し震えています。


「どうした、答えられぬのか」


 重ねて問いただす毘沙姫に対して口を固く閉ざし、少し赤らんだ額に薄っすらと汗が滲み始めた寛右ではありました。

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