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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第二十七話 うめのみ きばむ
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梅子黄その五 磯島の罠

 梅林では恵姫、お福、雁四郎の三人が梅の実集めに精を出しています。先程まで怠けていた恵姫もようやく真面目に働く気になったようです。


「あ~あ~、何か面白い物でも落ちておらぬかのう。曝れ頭だけではつまらぬわい」


 独り言とは思えぬほどの大声で喋る恵姫のつぶやきを聞いて、身を固くするお福。先刻見つけた髑髏の恐怖の余韻がまだ残っているのでしょう。これを恵姫が見逃すはずがありません。


「この城は戦国時代に激しい攻城戦があったと聞いておる。戦いに敗れて無念の内に散った強者どもの骨などが残されていてもおかしくはないのう」


 お福が棒立ちになっています。そんな話を聞かされては心が騒いで梅の実集めなどできるはずもありません。


「おやおや、お福。何を突っ立っておるのじゃ。梅の実集めを怠けておっては困るのう。磯島に言い付けられてもよいのか、んっ?」


 恵姫の顔は初心な町娘に言い寄る悪代官みたいになっています。見兼ねた雁四郎が口を出しました。


「恵姫様こそ手が止まっておいでですよ。それとお福殿を怖がらせるのはお止めください。実を集めるのが遅れてしまいます」

「べ、別に怖がらせておるわけではない。わらわは思ったままを喋っておるだけ……おやっ」


 いきなりしゃがみ込む恵姫。梅の木の幹に奇妙なものを見付けたのです。


「これは……字じゃ。雁四郎、お福、来てみよ。木の幹に字が彫り付けられておる」


 半信半疑の雁四郎とお福です。しかし傍に来て恵姫の指差す幹を見ると、地面すれすれの位置に文字のようなものが確かに彫られているのです。


「漢字で四文字のように見えまする。此場、埋葬……ここに何かを葬ったという意味でござろうか」

「そのようじゃ。木の根元に葬ると言えば……人。人の屍を埋めたに相違ない。見よ、この木に生っておる梅の実だけ妙に大きく美味そうではないか」


 お福が怯え始めました。雁四郎も気味が悪そうです。しかし恵姫は違います。わざわざ埋めた場所を彫り付けてあるのですから、ただの屍ではないはずです。


「雁四郎、ここを掘り返してみよ。どのような骨が出て来るか確かめてやる」

「そ、そんな人の骨を掘り返すなど、罰当たりではござらぬか」

「何を言っておるのじゃ。この幹に刻まれた目印は何の為だと思う。後に掘り返すために文字を彫り付けたのじゃ。そうとしか考えられぬじゃろう。であるならばその意志を汲んで掘り起こしてやるのが礼儀である。手で掘るのが嫌ならば平たい石か木の棒でも探して来ればよい」


 そうは言われてもさすがに人の骨を掘り返す事には抵抗を感じる雁四郎です。もう一度考え直すよう説得しましたが、聞き入れてくれません。何が埋まっているか確かめるまでは、梅の実集めをする気はないようです。一方のお福もすっかり怯えて梅の実どころではないようです。ここはもうはっきりさせた方がいい、雁四郎もそう考えました。


「分かり申した。掘り起こしましょう。ただし何が出てこようと拙者は知りませぬぞ」


 草の中から手ごろな木の棒を拾ってくると、雁四郎は梅の木の根元を掘り始めました。興味津々で見守る恵姫。両手で顔を覆って震えているお福。と、雁四郎の手が止まりました。


「これは……紙」

「紙? 本当じゃ。油紙のようじゃな」


 雁四郎は手で土を除けました。現れたのは大きさが六、七寸の薄汚れてよれよれになった茶色い油紙の包みです。どうやら中に何かが包まれているようです。


「油紙を広げてみよ、雁四郎。中に入っておるのは骨か髪か、それとも更に怖ろしい何かか……」

「……!」


 お福が声にならない悲鳴を漏らしています。雁四郎も覚悟を決めました。ここまで来たら最後まで突き進むしかありません。破るように包みを広げます。


「な、なんと血でござるかっ!」


 出て来たの真っ赤な紙、まるで血で染めたような色をした紙です。


「貸せ、雁四郎」

 恵姫はそれを引っ手繰るとじっくり眺めました。その顔が険しくなっていきます。

「な、なんという事じゃ。これはわらわの、わらわの赤本ではないか!」

「赤本?」


 恵姫の言葉を聞いてもう一度赤い何かを見詰める雁四郎。それはただの紙ではなく書、しかも裏には「ふなこい合戦」と書かれた付箋まで貼られています。


「思い出したわ。これはわらわが幼き頃、夢中になって読んでいた絵草紙ではないか。飯の時も稽古事の時も寝る時も手放さずに読んでいたため、磯島に取り上げられてそのままになっておったのじゃ。こんな所に隠しておったのか」

「では、幹に文字を刻んだのは磯島様という事になりましょうか」

「くっ、なんという仕打ちじゃ、磯島め。ここに埋めたことを完全に忘れて放置しておったに違いない。このまま捨て置くことはできぬ」


 怒りに駆られた恵姫は背中に籠を背負ったまま一目散に駆け出しました。梅林を抜け、二の丸を通り過ぎ、道なき道を突き進み、南の裏門から三の丸に入ると奥御殿の玄関で大声を出しました。


「磯島、磯島はおるか!」

「何でございますか、騒々しい。おや、恵姫様、もう戻られたのですか。まだ昼九つの太鼓は鳴っておらぬようですし、籠の中の梅の実も哀しくなるくらい少のうございますが」


 いつもと同じく淡々と受け答えする磯島に、恵姫の怒りはますます激しくなります。


「梅の実どころではないわ、磯島。これを見よ。梅の木の根元に埋まっておったのじゃ。遥か昔、わらわから取り上げた絵草紙であろう」


 目の前に突き出された古ぼけた赤本を、眉をひそめながら眺める磯島。しばらくはそれが何がまるで分からない様子でしたが、表紙の「ふなこい合戦」の付箋を見てようやく思い出したようです。


「ああ、『鮒鯉合戦』でございましたか。そうそう、余りにもお行儀が悪いので幼き恵姫様から取り上げて、そのままになっていましたね。よく見付けられましたこと」

「何じゃ、その言い草は。わらわの大切な書を取り上げたまま忘れておったくせに。どうせ返すつもりもなかったのじゃろう。わらわが掘り返さねば未来永劫この書は梅林に埋まったままになっておったのじゃぞ」


 大変な剣幕の恵姫です。しかし磯島はいつも通りの澄まし顔。それどころか予想もしなかった話を始めました。


「忘れてはおりませぬ。そもそもこれまでその書が見つからなかったのは恵姫様の怠け癖のせいなのですから」

「な、なんじゃと。わらわが悪いとでも言いたいのか」

「はい。早く見つかるようにと、わざわざ一番大きくて一番立派な梅の実が生る木の根元に埋めておいたのです。もし毎年の梅の実集めで真面目に怠けることなく一所懸命に働いておられれば、木に彫られた文字も埋められている紙包みにもすぐに気付いたはず。それなのに今に至るまで見付けられなかったのは、恵姫様が梅の実集めを怠けて毎年浜で遊んでいたためでございましょう。自業自得でございます」

「ぐぬぬ……」


 なんという深慮遠謀。磯島の仕掛けた罠の恐るべき奥深さにグウの音も出ない恵姫です。と、ここで時太鼓の音が聞こえてきました。昼の休みになったようです。


「それでは私は昼の支度がございますので」


 恵姫に背を向けて廊下の奥へ向かおうとする磯島。しかし恵姫にはもうひとつ気掛かりがあります。すぐさま呼び止めました。


「待て、待つのじゃ磯島。わらわから取り上げた二冊の絵草紙はどうなっておるのじゃ。よもやこの書と同じく梅林に埋めてあるのではなかろうな」

「はて、どうでしたか……」

「どうでしたか、ではない。はっきりと申せ」

「二冊の書については心配ございませぬ。きちんと預かっておりますので。恵姫様が私の言い付けを守り、与えられたお役目を怠ける事なくきちんと果たされれば、すぐに戻って参るのではないでしょうか、その書のように。おほほほ」


 磯島は高笑いをしながら廊下の奥へと消えて行きます。書を握り締めてわなわなと体を震わせる恵姫。どう考えてもあの磯島がきちんと預かっていてくれるとは思えません。


「くく、磯島め。どうしてくれよう」


 やがて梅林から雁四郎とお福が戻って来ました、三人で昼食を済ませ、再び梅林に向かった恵姫は、梅の実集めはそっちのけで、梅の木の根元を一本一本見て回りました。しかし磯島の刻んだ文字は見当たりません。どうやらあの二冊の書はここに隠したのではなさそうです。


「どこにあるのじゃ~、わらわの大切な絵草紙は~!」


 曇り空に向かって吠え立てる恵姫。絵草紙を巡る磯島との戦いはまだまだ当分続きそうです。


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