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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第二十六話 くされたるくさ ほたるとなる
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腐草為蛍その五 蛍の舞い

 磯島は夜道を歩いていました。十日夜とおかんやの月が照らし出すその後姿は亡霊のようです。磯島から少し間を開けて恵姫、毘沙姫、厳左の三人が付いて行きます。


「毘沙、雁四郎はどうしたのじゃ。若輩とて彼奴の腕も少しは役に立つのではないか。何故連れて来ぬ」

「用を言い付けてあるのだ。直に来るだろう」


 磯島は歩いて行きます。三日前と同じ道、川辺へと通じる小道を。蛍狩りで賑わっていたあの夜が嘘のように、今は葉擦れと微かな川のせせらぎしか聞こえてきません。子らの眠る時刻はとっくに過ぎているからです。


「磯島は何を考えて歩いておるのじゃろうな」

「何も考えてはいない。覚えてもいない。磯島の意志ではないのだからな」


 毘沙姫と厳左は静かに磯島を追っていきます。その更に後を提灯を持った恵姫が付いて行きます。月夜の提灯ほど無駄な物はないのですが、念のために灯しているのでした。


「む、着いたのか」


 磯島の歩みが止まりました。虫籠を開けて小刀を取り出すと、それを高く掲げました。


「蒸し暑き夜に虫集めよ、甘い水見て海女を見ず」


 それは三日前と同じ言葉、そして去年とも一昨年とも同じ言葉。磯島が生涯を通して毎年言い続けて来た言葉でした。少し離れた場所から三人は息を潜めて見守ります。


「蛍は……集まって来ぬではないか。磯島の力がなくなってしまったのじゃろうか」

「月が出ているからだ。蛍は明るさを嫌う」


 尚も待ち続ける三人。やがて周囲に闇が忍び寄ってきました。雲が厚みを増して月光を遮り始めたのです。磯島の近くにひとつ、またひとつと青白く明滅する光が集まり始めました。


「始まるぞ、厳左」

「承知」


 毘沙姫と厳左は得物を抜いて身構えました。磯島に集まる青白い光はその数を増し、その光は強さを増していきます。

 不意に全ての光が小刀に吸い込まれるように一点に集まり始めました。その光を我が物にするかのように、小刀自身が妖しい輝きを放ちます。


「今だ!」


 飛び出す毘沙姫。磯島目掛けて勢いよく振り抜いた大剣は、しかし小刀にかすりもしません。続いて飛び出した厳左の刀も同様でした。集まっていた光を追い散らした、ただそれだけでした。


 ――あなたたちは何? どうして火太郎の邪魔をするの?


 磯島の口から出た言葉は磯島の声ではありませんでした。その言葉が耳から聞こえたのかも疑われる響きでした。


「火太郎、蛍姫は死んだ。無用な修復は止めてお主も永遠の眠りに就け!」


 ――できない。修復は姫様のめいだから。火太郎は命には逆らえない。


 小刀にはまた光が集まり始めています。毘沙姫も厳左も刀と大剣を振るいますが、小刀には全く当たりません。驚くべき身軽さで二人の攻撃を避けているのです。


 ――どうしても火太郎の邪魔をしたいんだね。じゃあ二人の光も貰うね。


 磯島が握っている細く青白い光が動きました。厳左に向けて、毘沙姫に向けて、闇の中に描かれる小刀の青白い軌跡。それはまるで蛍が舞っているかのようでした。


「これは……この太刀筋は読めぬ」


 腕の立つ二人を翻弄する小刀。もはや厳左も毘沙姫も避けるだけで精一杯です。


「人の動きとは思えぬ。いや、人にこのような動きができようはずがない。まるで宙を舞う蛍じゃ。これが蛍姫の剣技なのか」


 恵姫は眼前の光景が信じられませんでした。厳左はともかくあの毘沙姫までが、相手に一太刀も浴びせる事ができないのです。


「うっ!」

「もういい厳左。下がっていろ」


 厳左の呻き声が聞こえました。同時に聞こえた毘沙姫の声は遠ざかるように動いていきます。磯島を厳左から引き離すために動いたのでしょう。

 恵姫は厳左に駆け寄りました。提灯の灯りの中に左足を押さえている厳左が浮かび上がりました。斬られているようです。


「瀬津姫の傷がようやく癒えたと思ったら、またしてもやられてしまった。情けない」

「いや、あのような相手によく戦った。後は毘沙に任せようぞ」


 二人から離れた闇の中で毘沙姫の髪が赤く発光しています。姫の力を全開にせねば倒せぬ相手と見て取ったのでしょう。大剣までも淡い赤色に包まれています。そして対峙する小刀の周りには蛍、無数の蛍が集まっています。


「参る!」


 稲妻のような俊敏さの毘沙の赤い光。蛍のように舞う小刀の青白い光。漆黒の中で戦い合う二つの光は互いの執念の強さの表れ。そして明らかに青白い光が優勢です。


「ま、まさか毘沙が、負けるような事はなかろうな」

「毘沙姫様の業は怪力と俊敏。しかし怪力は磯島殿を傷つけかねないので使えぬ。俊敏だけで蛍姫の剣技と競い合うのは分が悪すぎる」


 厳左の読みは当たっていました。毘沙姫の苦しい息遣いはやがて呻き声に変わったのです。


「うう……」

「毘沙! 斬られたのか。こうなればわらわが」


 恵姫は右手を帯に差し入れようとしました。しかし厳左がそれを阻みました。


「止められよ恵姫様。威力の劣る神海水では返り討ちに遭うだけ。蛍姫の剣技はもはや人を越えておる」

「じゃが、このままでは毘沙が」


 小刀は無数の蛍をまとって宙を舞います。蛍の光と混然一体となった小刀の舞い、その太刀筋は共に舞う蛍の軌跡に紛れ判別することさえ困難です。一方、毘沙姫の赤い光は徐々にその輝きを失い始めました。


「毘沙、もう止めよ。ここは一旦退こうぞ!」


 恵姫がそう叫んだ時でした。闇の向こうから雁四郎の声が聞こえてきたのです。


「毘沙姫様、お持ち致しましたぞ!」

「雁四郎、頼む!」


 毘沙姫の声が消える前に周囲は光に包まれました。目が眩むような激しい発光。思わず閉じた瞼の裏の闇さえも吹き飛ばすようなその光に、恵姫はたまらず両手で顔を覆いました。


「な、何が起こったのじゃ」


 しかしその光はほんの一瞬でした。瞼の裏の闇はすぐに戻って来ました。目を開けようかどうしようか躊躇する恵姫に雁四郎の声が聞こえてきました。


「終わりましたぞ、恵姫様」


 恐る恐る目を開けると、そこは元通りの川辺の風景でした。ぼんやりと明るいのは雲が切れて月の光が差し始めたからでしょう。


「火薬玉を使ったのでございます。毘沙姫様に頼まれ、特に光が激しく出る光玉を城の蔵から探して持って参ったのです」

「そうであったか。で、小刀はどうなった」


 尋ねる恵姫の鼻先に毘沙姫が小刀を突き出しました。真っ二つに切られたその姿は元通り赤錆に覆われ、刃も柄も欠けています。


「蛍は己以外の光を嫌う。故に火薬玉で光を浴びさせ、力が弱まった所を仕留めた。斬った瞬間、夥しい光が小刀から放たれ、このような姿となった」


 毘沙姫らしからぬ乱れた息遣い。そしてその右手には血が流れていました。如何に激しい戦いであったかは、それを見るだけで十分窺い知ることができました。


「蛍姫……並外れた力の持ち主であったのだろうな。このような形でなく生身の相手と戦いたかった」

「生身では毘沙に勝ち目はなかろう。神器如きでこれだけ手こずるのじゃからのう」

「それは磯島を傷つけぬよう怪力を使えなかったからだ。本来の戦い方ではない」


 軽口を叩く恵姫に弁解する毘沙姫。張りつめていた空気がようやく和み、厳左と雁四郎の顔にも笑みが浮かびます。


「さあ、それでは帰りましょう。磯島様が気になりますし、お二人ともお怪我を手当てせねば。お爺爺様歩けますか」


 雁四郎は厳左に肩を貸し、気を失っている磯島を毘沙姫が背負いました。恵姫はまた提灯持ちです。


「毘沙、この小刀はどうするつもりじゃ」

「阿蘇の神宮に送ろう。本来の居場所である大太刀蛍丸の鍔に収まれば、悪さをすることもなくなるだろうからな。それより恵、腹が減ったぞ。城に帰ったら何か食わせろ」

「そう言うと思って、お福に握り飯を用意させてある。戻ったらたらふく食え」


 十日夜の月が照らす夜道を賑やかに戻って行く恵姫たち。川辺に残るのはせせらぎの音と葉擦れの音、そして雨に朽ちた草葉から生まれたようなひとつの青白い光。力なく立ち上ったその小さな光は、当て所なく空を舞いながら、去って行く人影を静かに見送っているのでした。



 ※明日は休載日なのでお休みです。


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