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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第三話 うお こおりをいずる
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魚上氷その三 曲者侵入

「ここは……二の丸か」


 いつの間にやって来たのでしょう。満開の梅林の中に恵姫は立っているのです。


「見事に咲いておるではないか。うむ、良き香りじゃ」


 向こうには大皿を持ったお福が立っています。皿の上には刺身、どうやら鯉の刺身のようです。


「これは、お福が捌いたのか。たいした腕前じゃな。ではいただくとするか」


 お福から皿と箸を受け取り、地べたに座る恵姫、お福は両手を空に掲げて鶯を呼んでいます。


「ケキョ、ケキョ」


 鶯が飛んできます。それも一羽ではありません。何十羽という鶯が恵姫目掛けて飛んでくるのです。


「ケキョケキョケキョ」

「おい、お福もういい、鶯が多すぎるぞ。これではせっかくの刺身が食えぬではないか。こりゃ、皿に止まるな。刺身を啄むな」

「ケキョケキョケキョケキョ」

「あっちへ行け。寄るな、突っつくな」

「ケキョケキョケキョケキョケキョ」

「ええい、喧しいわ!」


「姫様、姫様、起きてくだされ」


 恵姫は目を開けました。目の前には磯島の顔。どうやら夢を見ていたようです。しつこいくらいに聞こえていた鶯の鳴き声は、恵姫に呼び掛けていた磯島の声だったのでしょう。


「なんじゃ、夢か。起こすにしても刺身を食ってからにして欲しかったのう」

「何を寝ぼけたことをおっしゃっているのですか。一大事ですよ、姫様」


 いつも鉄のように冷酷無比な磯島が、珍しく興奮気味です。これは朝から愉快な出来事が起こりそうじゃわいと、恵姫は一遍に目が覚めました。


「ほう、一大事か。何が起こったのだ」

「お福の夜具におのこが忍び込みました」

「なっ、お福におのこじゃと」


 見ればお福は磯島の後ろで身を縮こまらせて座っています。


「お福、それは誠か?」


 お福は顔を強張らせながら小さく頷きました。恵姫の口元が緩んでにやにやしています。


「それはつまり夜這いということか。まあ、無理もなかろう、お福は女中の中でも飛び切りの器量良しじゃからな。うむ、気にするなお福。城内には若い男女がおるからのう、多少の間違いが起こるのも仕方のないことであろう。その辺、わらわは理解があるからな」

「間違いが起こっては困ります。仕方のないことではありませぬ」


 不機嫌な磯島にはお構いなしに、恵姫は話を続けます。


「で、奥御殿に夜這いをかけるような度胸のあるおのこは誰じゃ。ひょっとして門番の亀之助か。あやつ、昨年も女中部屋を覗こうとして、厳左にこっぴどく叱られておったからな。まあ、よい。目出度い七日正月も終わったばかりじゃ。表には知らせず、わらわたちが叱責するだけで許してやろうではないか」

「何をひとりで勝手にお決めになっておられるのです。それに夜這いのおのこは亀之助ではありませぬ」

「なんじゃ、違うのか。では、馬之新か」

「それも違います。城内の者ではないのです」

「なんじゃと」


 驚いて立ち上がる恵姫。城外からの侵入を許したとなれば事は重大かつ深刻。しかも侵入されたのが恵姫の寝室の隣の間です。叱責だけで済む話ではありません。


「それで、そやつは今どこに居るのじゃ」

「まだ、控えの間で眠っております」


 恵姫は控えの間の襖を開けました。お福の物らしい夜着を抱きしめて、一人の若い男が眠っています。


「なんじゃ、こやつの格好は」


 それは奇妙な着物でした。上は法被のように見えますが、丈が短く袖も狭く、紐や帯ではなく貝のようなもので前を合わせています。下は股引のように見えますが、ひどく太い作りで足に密着せずだぶついています。おまけに頭は月代を剃らず髷も結わないざんばら髪。恵姫は少し薄気味悪くなりました。


「こやつ、異国の者ではあるまいな」

「そう言われてみますれば、草双紙に描かれた阿蘭陀人の着物に似ておるような気もします」

「とにかく話を聞かねば始まらぬ。おい、いつまで寝ておるのだ、起きよ」


 恵姫は足先で寝ている男の頭を小突きました。


「姫様、いくら何でも足蹴にするなど……」

「ふっ、構わぬわ。城内のおのことて、奥御殿に忍び込めば重罪なのじゃぞ。このような奴に情けは無用じゃ」


 恵姫は足先で小突き続けましたが、男が起きる様子は一向にありません。それどころか、


「むにゃむにゃ、まだ食べ足りないよ、もう一皿……」


 などと寝言を言う始末です。恵姫の機嫌が更に悪くなりました。


「言葉を話せるところを見ると、異人ではないようでございますね」

「そんな事はどうでもいい。こやつ呑気に寝言など言いおって。どうせ鯉の刺身でも食べる夢を見ておるのじゃろう。小癪な」


 先ほど夢の中で鯉の刺身を食べ損ねた口惜しさが、恵姫の胸の中にふつふつと湧き上がってきました。食べ物の恨みは恐ろしいのです。恵姫はとんでもない行動に出ました。


「そんなに食いたいのなら、これでも食え!」


 恨みを晴らさんとばかりに、男の口に自分の足を突っ込む恵姫。これで目を覚まさぬ者は滅多にいないでしょう。


「うぐっ、ごほごほ。えっ、何、ここどこ?」

「ようやく目覚めたか。この曲者めが」


 恵姫は腕組みをして男を見下ろしました。よく見ると、大人ではなく恵姫と同じ年頃の少年のようです。


「えっ、どうして僕、こんな所に連れて来られてんの? テレビ、映画、まさか誘拐ってことないよね。あ、もしかして、寝起きをドッキリっていう大昔の番組のリバイバル。でもどうして有名人でもない僕なんかを……ああ、そうか、今は一般視聴者参加の方が受けがいいとか、そういうことなのかな」


 恵姫の眉間に深い皺が寄りました。磯島も言葉を失っています。


「おい、こやつ、本当に異人ではないのか。所々意味不明な言葉を喋っておるぞ」

「あるいは、遠国の者かもしれませぬ。蝦夷や琉球の言葉は、我らの言葉とはかなり違うようですから」


 恵姫と磯島は顔を突き合わせて相談をしていますが、少年はそんな事お構いなしです。


「えっと、それでなんだか時代劇風だけど、今、巷で大流行の戦国時代へタイムスリップって設定なのかな。ここは信長の館で、僕は偶然にも信長にそっくりとか、そういう話?」

「何を寝呆けたことを言っておるのじゃ。戦国の世はとっくに終わり、今は徳川様の世、五代将軍綱吉様の世じゃ。それにしてもよく喋るおのこじゃのう」

「なんだ江戸時代か。五代将軍だと今から三百年くらい前かな。了解、じゃあ、そのように振る舞うからさ、どう演技すればいいのか指示してよ。どうせ、こんなのみんなヤラセなんでしょ。番組作りには全面的に協力するから、早く家に帰してよ」


 少年は胡坐を組んで座り、二人をじっと見詰めています。逃げる素振りはなく根も善人のようですが、正体が全くつかめないので対処のしようがありません。恵姫は腕組みを解くと、控えの間の外で体を縮こまらせているお福に言いました。


「お福、簡単な粥か、握り飯を作ってくれ。少し早いが朝飯にしよう。それから火鉢の火も起こしてくれぬか。腹が減っては考えもまとまらぬ。少し気を落ちつけて話をした方がよさそうじゃ」


 お福は立ち上がると、座敷を出て行きました。朝飯と聞いた少年が、右手をあげています。


「はいっ、はいっ。朝食なら、僕はパンがいいです」

「ぱん? そんな物、この城にはない。それにそちには食わせる飯などない。何が悲しゅうて曲者に飯を出せねばならんのじゃ」

「えー、もしかして何の謝礼もないんですか」

「そちは先ほど鯉の刺身を腹いっぱい食ったのであろう。それで我慢せよ」

「え? 鯉、刺身?」

「姫様、姫様」


 食べ物の恨みが募って夢と現実がごっちゃになっている恵姫に、磯島が心配そうに耳打ちをしました。


「こうなったら、素直に表へ引き渡した方が良くはないのですか。我ら奥の女中だけで相手にするには任が重すぎます」

「なあに、この程度の小物、恐るるに足らずじゃ。それにな、わらわは一度、お白洲の裁きというものをやってみたかったのじゃ。いい退屈しのぎになるわい、ふっふっふ」


 悪い顔をしてほくそ笑む恵姫に、また厄介なことになったものだと頭を抱える磯島なのでした。




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