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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第二十五話 かまきり しょうず
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螳螂生その二 鯛のぼり

「では行って参る。明日は昼までに戻るからのう。よろしく頼むぞ」

「お気を付けて」


 城門まで見送りに出た磯島に手を振って恵姫、お福、それに与太郎の三人は山道を下り始めました。与太郎は来た時と同じ装束です。いつもなら城外に出る時は人目があるので、こちらの時代の装束に着替えるのですが、厳左の屋敷は山道を下りてすぐの場所にあるので、着替えず行く事になりました。


「ふんふん、今日は楽しみだなあ。上手い具合にこちらの端午の節句の日に来られるなんて、ツイてる、ツイてる!」


 いつになく陽気な与太郎です。前回は筍料理を満喫し今回は端午の節供の御馳走を味わえるのですから、浮かれ気分になるのも無理はないでしょう。


『与太郎の奴、鼻唄など歌いおって。こんな奴に美味い物を食われるのかと思うと、それだけで無性に腹が立ってくるのう』


 与太郎の機嫌が良くなればなるほど、自分の機嫌が悪くなっていく恵姫です。ついつい意地悪な言葉を投げ掛けたくなってしまいます。


「おい、与太郎。お主、ただ飯ばかり食らって恥ずかしいとは思わぬのか。前回は手ぶらで今回も手ぶら。城を訪れるならば何らかの献上品があってしかるべきであろうに、そのような配慮は微塵も感じられぬ。少しは何か持参したらどうなのじゃ」

「ふんふ~ん、ああ、その事ね~」


 恵姫の強い口調にもかかわらず、与太郎は相変わらず浮かれ調子です。


「その事ね~、とはなんたる言い草じゃ。何か献上せよと申しておるのじゃ」

「分かってるよ~。実はね、今、ある計画が進行中なんだ。親類の家に凄い道具があることが分かってね。それを借りられたらすぐに持って来るよ」

「凄い道具? どのような道具じゃ、申してみよ」

「ふんふ~ん、ひ、み、つ!」


 与太郎は人差し指を立てて左右に振りながらひ、み、つ、と言っています。人を小馬鹿にしたような仕草に、腹が立つどころか気持ち悪さを覚える恵姫です。


『何なのじゃ、今日の此奴の浮かれようは。まさか、こちらとあちらを行き来する内に、本当に間抜けで腑抜けで手の施しようもない抜け作になったのではなかろうな。うむ、触らぬ神に祟りなしじゃ。しばらく様子を見るとするか』


「ふんふ~ん」


 薄気味悪い目で自分を眺める恵姫の視線に全く気付いていない与太郎を先頭にして、山道を下って行く三人です。


 やがて侍町に入り厳左の屋敷に着きました。


「おーい、厳左、わらわじゃ、入るぞー!」


 門の横の潜り戸を勝手に開けて中へ入る恵姫。庄屋の屋敷と違って門に錠などは掛けてありません。腕の立つ厳左の屋敷へ忍び込むような命知らずは滅多に居ないし、忍び込んだ所で質素な暮らしのこの屋敷に金目の物などないことは誰もが知っているからです。


「へえ~、徳利がぶら下げてあるから独りでに閉まるんだね。自動ドアみたいだ」


 徳利門番の仕組みに感心している与太郎は放っておいて、恵姫は屋敷に向かいます。玄関から雁四郎が出てきました。


「これは恵姫様、お待ちしておりました。おお、与太郎殿もお見えでしたか。これは嬉しい。幼き頃より端午の節供を共に祝う男の仲間が欲しかったのです。さあさあ中へ」


 雁四郎は本当に嬉しそうです。無理もありません。これまで共に端午の節供を過ごしてきたのは恵姫や黒姫、あるいは今はもう嫁いでしまった二人の姉のような女子ばかりだったのですから。桃の節供の二番煎じみたいなものだったのです。

 菖蒲と蓬で飾られた軒をくぐり、玄関から座敷に上がるとさっそく声が掛かりました。


「めぐちゃ~ん、先にいただいているよ~」


 そこには厳左の他に黒姫と毘沙姫が座っていました。三人の前には粽と湯呑、更に毘沙姫の前には酒徳利が置かれています。昼前から一杯やっているようです。


「もう来ておったのか、黒に毘沙。さっそく盛り上がっておるようじゃのう」


 声を掛ける恵姫に向かって厳左が挨拶します。


「恵姫様のみならず与太郎殿までお越しとは、光栄の至り。さしたる持て成しもできぬが端午の節供、楽しまれよ」

「あ、はい。運よく今日来られて僕もラッキーです」

「お、与太郎か。飲め」


 厳左に続いて珍しく毘沙姫の方から声を掛けてきました。どうやら既にほろ酔いぐらいにはなっているようです。


「い、いえ、僕、お酒は弱いので。と言うか、僕らの時代では僕はまだお酒が飲めない年齢なので」

「そうか、では茶を飲め」


 いつもと違って毘沙姫が妙に絡んできます。どうやら絡み上戸のようです。

 恵姫たちが来たことで座敷は一気に賑やかになりました。座には粽と茶しかないのですが、七人が顔を会わるのは鯛焼きを分け合って食べた時以来です。滅多に会えない人たちと語り合うだけで場は盛り上がるものです。


「与太郎殿の世では端午の節供はどのように行われているのですか」


 雁四郎が尋ねました。筍料理の会で与太郎の時代の話を聞いて、後の世の暮らしに興味が湧いたようです。


「ん~っと、この時代とほとんど変わらないかなあ。粽を食べるし、あと、ここには無いけど餅を柏の葉でくるんだ柏餅を食べるよ。それから、そうだなあ~。飾るのはここにあるような厳つい鎧兜じゃなくて、五月人形って言う武者姿の可愛い男の子の人形が多いかな」

「ほう、可愛い男児の人形。御所ごしょ人形のような物でございましょうか」


 感心する雁四郎とは逆に恵姫は軽蔑の眼差しを向けています。


「ふん、御所人形など公家が大名に贈る人形であろう。あのような丸っこいだけの人形のどこに尚武の気風を感じろと言うのじゃ。そんな物を飾っておるから与太郎のような腑抜けなおのこになるのじゃ」

「あ、いや鎧兜のセットも売っているし、それを飾っている家もあると思うよ。まあ、僕らの世は武家も公家もないからね。両方飾っている人もあるんじゃないかな」


 自分の世の名誉のために、恵姫の悪口と必死に戦う与太郎です。与太郎の浮かれ気分もやや落ち着いて来たようなので、ここぞとばかりに恵姫が絡みます。


「おい、与太郎。他に面白い話はないのか。貢物すら持って来ぬお主の取り柄と言えば、珍しい話でわらわたちを楽しませることくらいであろう。何か物語ってみよ」

「う~ん、そうだなあ」


 いきなり物語れと言われて気の利いた話ができる優秀な頭なら、浪人などせず今頃ふうちゃんと楽しい学生生活を送れているはずだよなあ、と与太郎は思いながら、あちらこちらを眺めました。座敷の中、外、中庭、武者絵の描かれたのぼり、その先端にある小旗……


「ああ、そうだ。僕らの時代には鯉のぼりを上げるんだ」

「何、鯉の幟じゃと!」


 鯉と聞いて心が騒ぐ恵姫です。与太郎に向かって身を乗り出して来ました。


「詳しく申せ、与太郎。その鯉のぼりとは如何なるものじゃ」

「いや、その名の通り、鯉の形をした吹き流しを竿に付けて立てただけのものだよ。知らないって事は元禄の頃にはまだなかったのかなあ。始まりは江戸らしいから、江戸に行けばあるかもね」

「なんと天晴れな振る舞いなのじゃ。魚を竿に付けて愛でるなど、後の世の者共も侮れぬのう」


 すっかりご機嫌の恵姫。自分の時代の名誉を回復出来て肩の荷が下りた与太郎は一安心です。しかし、鯉のぼりの存在を知った恵姫が話だけで納得するはずがありません。


「わらわたちも魚の幟を愛でようではないか。江戸の衆が鯉ならば志麻のわらわたちは鯛じゃ。鯛のぼりを作るのじゃ!」


 思い付き即実行を地で行く恵姫の我儘炸裂です。それでも誰も嫌な気分はしませんでした。鯛の形の吹き流しを作るくらい、さして難しいことではないですし、何より鯛の幟を掲げるという事自体が大変楽しそうに思えたからです。


「めぐちゃんはいつでも思い立ったが吉日だねえ~。いいよ、あたしが作ってあげる。お福ちゃんも手伝って。厳左さん、布と裁縫道具を貸してくださいな」

「心得た」


 厳左も乗り気の様子です。こうして黒姫とお福は、早急に鯛のぼりを製作すべく厳左と共に座敷を出て行きました。三人を見送る恵姫は満足この上ない顔をしています。


「いつになく愉快な端午の節供になりそうじゃわい、ふっふっふ」


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