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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第二十五話 かまきり しょうず
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螳螂生その一 端午の節供

 本日五月五日は端午の節供。式日のひとつなので間渡矢城のお役目はありません。恵姫の午前のお稽古事もありません。そしてこの日は年四回ある武家の衣替えの日。あわせから裏地の無い帷子かたびらに装束を替えます。


「五月になったとはいえ、単衣を着るには朝晩はまだ寒いのう。東国に居られる父上もさぞかしお寒い事であろうな、ずずっ」


 朝食を終えた恵姫は茶をすすりながらつぶやきました。桃の節供と同じく端午の節供の日も、江戸在住の大名は江戸城へ出仕し、将軍に謁見しなくてはなりません。恵姫の父も染帷子の式服をまとい、粽を献上していることでしょう。


「寒くても衣替えの日には衣を替えるのが粋なのでございましょう。四月一日にそのように仰っていたではありませぬか」


 磯島がやや軽蔑したような口調で言いました。それもそのはずで恵姫は帷子ではなく袷を着ていたからです。言論不一致も甚だしい所ですが、そこは屁理屈大好き恵姫、磯島の嫌味にも動じません。


「ふっ、言うではないか磯島。じゃがな、今の衣替えは江戸表が大名の締め付けの為に作った決まり事に過ぎぬ。用意する装束が増えればそれだけ負担も大きくなるからのう。そんな決まりは江戸城に赴く大名や旗本だけが守っておればよいのじゃ。平安の昔には衣替えは四月と十月の二回だけ。わらわたちはそれで充分。帷子は朝から暑くて敵わぬ時か、湯を浴びる時にでも着ればよい。無理に薄着をして風邪でもひいては本末転倒であろう」


 磯島は口元に笑みを浮かべました。恵姫と同じ考えだったからです。実際、磯島自身も他の女中たちもまだ袷のままですし、衣替えだからと言って四月の時のように装束を入れ替えることもしていないのです。もっともそれは殿様が江戸に居るからであって、もし国元に居ればきちんと帷子の用意をしていたはずでした。


「恵姫様も事の道理がお分かりになっているようですね。角が立つ物言いをしてしまった事、お詫びいたします」

「ほう、磯島に詫びられるとは珍しい事もあるものじゃ。何か企んでいるのではなかろうな」


 磯島に頭を下げられ気分の良くなった恵姫。ほんの冗談のつもりでこんな言葉を口にしたのですが、

「はい、企んでおります」

 との磯島の一言で、良くなっていた気分がすっかり萎んでしまいました。


「磯島が素直に詫びを入れるから変だと思っておったが、やはり下心があったか。で、何を企んでおるのじゃ。さっさと申してみよ」


 磯島は顔を上げると澄ました顔で言いました。


「本日は厳左殿のお屋敷で端午の節供を祝われるのでございましょう。一緒に連れて行って欲しい者があるのです」


 桃の節供は間渡矢城と庄屋の屋敷で一年ごとに交代で祝いをしていますが、端午の節供は毎年厳左の屋敷で祝う事になっています。


 梅雨時の五月は暑さと湿気で病が起こりやすくなる季節。邪気払いの蓬や菖蒲を飾るのが本来の形です。これがいつの間にか菖蒲と尚武を掛けて男子の節供となってしまいました。恵姫の身近で男子を祝うと言えば雁四郎の居る厳左の屋敷だけ。そんな訳で恵姫が幼少の頃から、端午の節供には黒姫と共に厳左の屋敷に赴き共に祝いをする、というよりも厳左の屋敷で御馳走を食い荒らす事になっていたのです。

 磯島からの頼みを聞いた恵姫は二つ返事で引き受けました。


「ああ、そんな事か。よいよい分かっておる。お福であろう。本日は式日、表も奥もお役目はない。お福も一日暇であろうからな。共に端午の節供を楽しませてやってくれと、こう言いたのじゃろう」

「違います」


 澄ました顔で答える磯島。躊躇なく否定されて怪訝な表情の恵姫。


「違うのか、では誰を連れて行くのじゃ」

「与太郎殿です」

「与太郎じゃと。来てもおらぬ者をどう連れて行けと言うのじゃ」

「いえ、来ております。女中たちと一緒に朝食を取っております」

「な、何じゃと、飯を食っているじゃと!」


 持っていた湯呑を膳に置いて立ち上がる恵姫。こちらへ来る回数が増えるたびに、与太郎の扱いはぞんざいになっていたのですが、まさか何も知らせないうちに飯を食べさせるまでになっているとは思いもしなかったのです。


「どうしてわらわに知らせぬ。与太郎が来たら直ちに知らせよと、表からも言われておるはずじゃぞ」


 怒る恵姫に対して磯島はやはり澄ました顔です。


「こちらにお食事を運ぶ直前に来られたのです。与太郎殿来訪を知らせては、せっかくのお食事も落ち着いて味わえなくなると思い、お知らせしませんでした。それに本日は式日。城に居るのは最低限の警護の者のみ。表に知らせようにも厳左殿すら登城しておられないのですから、どうしようもありません。ゆえに、お食事を済まされた今、姫様にお知らせした次第です」


 立ち上がっていた恵姫は大人しく座りました。磯島の申し開きに異を挟む余地はありません。全くその通りでした。それでも口答えできないのが悔しくてぼやいてしまう恵姫です。


「しかしのう、与太郎如きに朝飯を食わすなど勿体無いではないか。茶でも飲ませておけばよいのではないか」

「食事の膳が並んでいるその場に現われたのです。さすがに食べさせぬわけにはいきませんでしょう」


 これまた異を唱える事ができません。与太郎に眺められたままでは女中たちも食べ辛いに違いありません。恵姫の顔がますます渋くなります。


「うむ、まあそれは仕方ないにしても、何故に与太郎を厳左の屋敷に連れて行かねばならぬのじゃ。彼奴、桃の節供の時もこちらに現われ、端午の節供の今日も現れおった。御馳走を狙っておるのは明らかである。厳左は与太郎の分の御馳走まで用意はしておらぬぞ。それでなくとも今年は毘沙が居るのじゃ。これではわらわの食い分が大幅に減るではないか」


 食い意地の張った恵姫らしい意見です。澄ました顔をしていた磯島はなんとも情けない表情になりました。与太郎の食べる量などたかが知れているのです。花見の宴や筍料理会の時、与太郎はほとんど料理に手を付けませんでした。遠慮していたのか口に合わなかったのかは分かりませんが、とにかく恵姫のような食いしん坊でないことだけは確かです。


「与太郎殿を連れて行ったところで、さして御馳走が減るわけでもありますまい。厳左殿の屋敷にお連れして欲しいとお願いするのには理由がございます」

「ほう、どのような理由じゃ」

「本日は式日にて城の中は表も奥も人がほとんど居りません。姫様も毎年端午の節供の日は、城外でお泊りになられます。本日もそのように伺っております」


 例年、恵姫が城に戻って来ないのは厳左の屋敷で菖蒲湯に入るからでした。いい気持になった後、山道を登るのは億劫なので、湯に浸かった後はそのまま一晩泊まって来る事になっていたのです。


「うむ、菖蒲湯は気持ちが良いからのう。あれに体を浸せば病の方が逃げていく気がするわい。で、それと与太郎とどのような関係があるのじゃ」

「本日は奥御殿に人が居なくなるのでございます。姫様も通いの女中も居らず、住み込みの女中も日中は外に出ます。かく言う磯島も本日は外出の予定があります。つまり日中、奥御殿に留まるのは留守居の女中一名と与太郎殿、この二名だけになります」


 ようやく磯島の言いたい事が分かりました。如何に軟弱で大人しそうな与太郎でも、奥御殿で女中と二人きりにさせておくのは少々危険すぎます。それに昼と夕の食事も与太郎だけのために用意しなくてはなりません。それは無駄が多すぎます。

 事情が飲み込めた恵姫はため息をついて言いました。


「仕方ないのう。与太郎を連れて行くとしよう。端午の節供の御馳走を食われるのは癪じゃが致し方あるまい」

「ありがとうございます。それから言い忘れておりましたが、お福も同行させてくださいましね。先程の恵姫様のお言葉通り、お役目がなくて暇をしておりますから」


 やはりお目付け役は居るのかと、少々がっかりする恵姫ではありました。


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