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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第二十三話 べにばな さかう
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紅花栄その四 鼠と雀

「ピーピー」


 城下町を出て東へ向かう道を歩いている恵姫とお福の耳に、聞き慣れた鳴き声が聞こえてきました。


「来おったか」


 恵姫が空を見上げると、通常雀の二倍はあろうかと思われる巨大雀が舞い降りてきて、お福の肩に止まりました。


「ピーピー」

「此奴、こんな所までわらわたちの後を追ってくるとはのう。昨日浜まで付いて来たからもしやとは思っておったが、大した追跡能力じゃ。伊賀の忍びも顔負けであるな」


 恵姫の呆れ顔にお福の困り顔。この鳴き方は腹が減っているのです。と言うよりも、腹が減っている時にしか姿を現さないのがこの雀。何か食べさせてやるまで鳴き止まないし飛び去らないのは、これまでの経験でよく分かっている二人です。


「ピーピー、ピーピー」

「ああ、もう、喧しい」


 お福が手の平に乗せてあやしていますが、まるで鳴き止みません。人間の赤ちゃんと大差ない我儘振りです。


「仕方ないのう、ここらで餌になりそうな物でも探すか。こうも喚かれては心がざわついて落ち着いて先を急げぬ」


 二人は道に這いつくばると餌になりそうなものを探し始めました。ミミズや虫を見付けて手に取ると、素早く雀が啄みます。手に取る前に啄めば良さそうなものですが、二人が手に取るまでは決して啄もうとしないのです。そうしてしばらく食べさせていると、やがて腹が膨れたのか飛び去って行きました。


「現金な奴じゃのう。あの食い意地さえなければ愛らしい鳥なのじゃが」


 食い意地の凄さは恵姫も似たり寄ったりです。お福はクスリと笑ってすたすたと歩き始めました。慌てて後を追う恵姫です。


 庄屋の畑は山の麓に広がっていました。今は麦が畑の大部分を占めていますが、その他の野菜も作られています。恵姫とお福が着いた時には、黒姫と毘沙姫、それに下働きの田吾作が伸び放題の雑草を刈っているところでした。


「お~い、黒、毘沙、元気に働いておるかあ~」


 雑草を刈っていた三人が一斉に顔を上げます。


「あれ、めぐちゃんにお福ちゃん、どうしたのこんな所まで来るなんて」

「恵、来たのならお前も手伝え」


 黒姫はいつもの笑顔。毘沙姫はいつもの仏頂面です。


「おや、見慣れぬ花が咲いておるのう。あれは何じゃ」


 麦畑の隣の畑には野菜が植えられていますが、その片隅に橙色をしたアザミのような花が咲いています。


「あれは紅花だよ~。昨年、お父様が伊賀の商人から種を貰ったから植えてみたんだ。紅や油が取れるんだよ」


 黒姫が汗を拭きながら答えます。少し離れた場所で雑草を刈っていた田吾作は腰を伸ばしながら言いました、


「これは恵姫様にお福様。そろそろ朝四つでございますし、ここらで一息入れましょう」


 木陰に風呂敷包みと大きな瓢箪が置かれています。田吾作はそこにゴザを敷くと風呂敷包みを広げました。出てきたのは蕎麦餅です。


「ささ、皆様、一服なさってくださいまし」

「そうか、では休ませてもらうとするかのう」


 木陰のゴザに座る恵姫たち五人。さっそく黒姫が尋ねます。


「ところで何の用なのめぐちゃん。まさかここまで遊びに来たわけじゃないよね」

「うむ、実は黒に相談したいことがあってな。とにかく彼奴に会ってみてくれ。お福、頼む」

「彼奴?」


 首を傾げる黒姫には答えず恵姫はお福に合図します。お福は立ち上がって右手を空に差し伸べると、高い声を出しました。


「ぴ、ぴぴー」


 すぐさま例の雀が舞い降りてきました。その姿を見て毘沙姫と黒姫が驚きの声を上げます。


「おい、これは筍狩りの時の雀か。どうしてこんなに大きくなったんだ」

「本当だねえ。こんなに大きい雀は初めて見るよ。倍くらいの大きさがあるんじゃないかなあ」

「大きいだけならば問題はないのじゃが、実は少々困っておってな。むしゃむしゃ」


 田吾作から受け取った蕎麦餅を食べながら、恵姫は二人に事の成り行きを話しました。巣立ちをしたのに自分で餌を取ろうとしないこと、日に何度も餌をねだりにやって来ること、自分だけでなくお福も磯島も迷惑していることなどなど。


「そこで獣と心通わせる黒ならば何とかしてくれるのではないかと、本日の大切なお稽古事を打ち捨て、藁をも掴む思いでここに参ったのじゃ。黒よ、力を貸してくれぬか」

「う~ん、話は分かったけど、鳥は……無理じゃないかなあ」

「無理を承知で頼んでおる。試してみるだけでよい。それで駄目なら諦める」


 恵姫に頼まれると嫌とは言えない黒姫です。しばらく考えた後、「じゃあ、やってみる」と言って小槌を取り出しました。


「チュンチュン」


 雀は腹が膨れているせいでしょうか、空腹時の凶暴さは鳴りを潜めてお福の手の上で大人しくしています。黒姫は自分の頭を小槌で叩き、雀にそっと手を触れました。


「コツン……う~ん……」


 そのままの状態で静かな時が流れました。聞こえてくるのは麦畑を通り過ぎる風の音、樹木の葉擦れ、空を行く鳶の鳴き声、毘沙姫と恵姫が蕎麦餅を食べる音、それだけです。やがて黒姫が雀から手を離しました。


「やっぱり駄目だよ。意識が全然入って来ない」


 黒姫には似合わない落胆の声を聞いて、一同の期待は失望へと変わりました。予想されていたこととはいえ、はっきり不可能だと言われるのは辛いものです。さすがの恵姫も蕎麦餅を食べる手が止まってしまいました。


「そうか、黒の力を以てしてもできぬか。うむ、わかった。無理強いして済まなかったな」

「おい、鼠の次郎吉にやらせてみたらどうだ」


 蕎麦餅を食べ終わった毘沙姫が言いました。黒姫は首を傾げます。


「毘沙ちゃん、それどういう意味?」

「次郎吉と雀を話し合わせるのだ。次郎吉を通してこちらの話を伝え、あちらの話を聞き出せばいい」

「毘沙よ、鼠と鳥が話し合えると思うておるのか」

「分からん。が、人と鳥が話し合うよりはましだ。それに次郎吉は姫の力を帯びた特別の獣、できるかもしれないぞ」


 毘沙姫の思い付きはかなり突飛なものですが、他に手立てはないことですし試してみる価値はあります。黒姫は小槌を振って次郎吉を呼び出すと手の平に乗せました。


「次郎吉、こんな事は初めてだけどとにかくやってみて、お福ちゃん、始めるよ、コツン」


 黒姫は自分の頭を小槌で叩くと、次郎吉を乗せた手の平をお福の手の平に近付けました。向かい合う雀と鼠。雀は手の平の上で小刻みに跳ね歩き、鼠は鼻をふんふん言わせています。そうしてしばらく時が過ぎると、


「んっ!」


 黒姫が声を上げました。


「どうしたのじゃ、黒」

「通じた、通じたよ、今、次郎吉が雀の意志をあたしに伝えた!」

「おお、でかしたぞ次郎吉」


 どうやらうまく行きそうです。喜ぶ二人とは対照的に毘沙姫は当然と言わんばかりの顔付きです。


「やはりな。思った通りだ」

「どういう意味じゃ、毘沙」

「姫の力を持つ者と親しくなればその力を帯びる。斎主様から拝領した神器もそうだ。神器は斎主様の力を帯びている。これを使う時は己の力と斎主様の力が同時に発動する。だから強い。鼠の次郎吉も黒と親しくなるうちに黒の力を帯びた。だからどんなに離れていようと小槌を振れば必ず現れる。次郎吉は他の獣とは違う特別な獣なのだ。ならば恵とお福に育てられたこの雀も姫の力を帯びていないはずがない。姫の力を介して獣と鳥が通じ合ったのだ」


 驚く恵姫と黒姫。普段の毘沙姫からは想像できない言葉でした。怪力と底なしの食欲、これが毘沙姫の全てだと思っていたからです。しかし恵姫や黒姫が姫の力を自覚する前から、毘沙姫は姫として生きているのです。長年の姫としての経験があれば、この程度の予測は容易いことなのでしょう。


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