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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第二十三話 べにばな さかう
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紅花栄その三 雀相談

「チュン、チュン」


 夜着に包まって眠っていた恵姫の耳に聞き覚えのある鳴き声が飛び込んできました。ガバリと起き上がる恵姫。鳴き声は明るくなり始めた障子の向こうから聞こえてきます。


「ただの雀か」


 寝起きでぼんやりした頭のまま縁側に出てみれば、普通の大きさの普通の雀が飛び立つところでした。それは多分、これまで毎朝ずっと繰り返されてきた、そしてこれまで気にも留めなかった日常の一コマに過ぎないのでしょう。

 けれども今の恵姫にとって雀の鳴き声は、あたかも断末魔が救いを求める叫び声の如く、忌まわしくも不吉な音色のひとつになっているのでした。


「今日も彼奴あやつはやって来るのじゃろうな。困ったものじゃ」


 昨日、朝から晩までまとわりつかれたあの雀。懐かれているのは嬉しいと思う半面、ここまで日常の生活に支障をきたすようでは、迷惑以外の何物でもありません。


「朝飯を食いながら磯島と相談するか。うむ、そうと決まればもう一眠りじゃ。ふあ~」


 こんな時でもしっかり二度寝する恵姫です。


 やがて起床の時刻が過ぎ、控えの女中によって着替えを済まされ、身支度を整えさせられ、朝食の膳が運ばれてくると、恵姫は対面に座っている磯島に話し掛けました。


「磯島よ、あの雀のことなのじゃがな、今日も奴はわらわたちの稽古事を邪魔しに来るに違いないと思っておる」

「そうでございましょうね」

「邪魔するのは稽古事だけではない。お福のお役目の最中だろうと、食事中であろうと、釣りの途中であろうと、昼寝のただ中であろうと、いついかなる時も傍若無人にやって来てわらわたちの邪魔をするのじゃ。そこでじゃ、どうせ邪魔されるのなら、いっその事今日のお稽古事は中止にして、あの雀を何とかする方策を考えた方が良いと思うのじゃ」

「何か良い手立てがあるのですか」


 磯島は冷めた目をしています。どうせお稽古事を怠けたい為にこんな事を言い出したのだろうと考えているようです。しかし、今日の恵姫は違っていました。二度寝しながら一つの案を練っていたのです。


「本来、雀は用心深い。人影が見えただけですぐに逃げ出す。ところがあの雀は喜んで寄って来る。どんなに追い払っても効き目がない。だからと言って命を奪うのは殺生じゃ。なにより生類憐みの令に背くことにもなりかねぬ。そこでじゃ、朝食が済んだら黒の元へ行き、なんとかしてくれと頼んでみようと思うのじゃ。ああ、勿論分かっておる。黒が扱えるのは腹から子を産む獣だけ。鳥に力を及ぼすことはできぬ。しかし鳥も獣も同じ生き物に違いない。どうすれば良いのか、ほんの僅かな手掛かりでも掴めるのではないかと思うのじゃ。どのみち朝の稽古もあの雀に邪魔される、行くなら早い方がいいじゃろう。それからお福も連れて行こうと思う。お福が可愛がり過ぎたのもあの雀の増長を招いた一因なのじゃからな」


 恵姫にしては珍しく真っ当な意見を聞いて磯島は驚きました。黒姫に助けを求める、それは悪くない方策だと感じたからです。

 それに磯島自身もお福のお役目があの雀によってたびたび中断されることに若干の苛立ちを感じていました。上手くいくかどうか分からぬものの、お稽古事を一回お休みしても試してみる価値は十分にあるでしょう。


「……分かりました。それでは本日のお稽古はお休みに致しましょう」


 磯島は少し考えてからそう言いました。味噌汁の具の若布を食べていた恵姫は得意顔です。


「うむ、磯島ならばそう言ってくれると思っておったぞ。むにゅむにゅ。このまま彼奴の好きにはさせておけぬからな。ずずっ」

「姫様、喋るのは味噌汁を飲んでからになさいませ。そんなに慌てずとも横取りるような輩は居りませぬよ」


 磯島は浮かぬ表情です。簡単に恵姫の口車に乗ってしまった自分を後悔しているようです。けれどもそこは駆け引き上手の磯島。一旦引いてから一気に押し込みます。


「お稽古事はお休みにしますが、ひとつ、引き受けていただきたい事がございます」

「何じゃ、申してみよ」

「今日ではない別の日、磯島に付き合ってはいただけませぬか」

「付き合う? 別に構わぬが何に付き合えばよいのじゃ」

「それはいずれ日を改めて説明致します。それではお福の準備が整い次第こちらにあがらせます」


 軽く頭を下げる磯島。やがて朝食は終わり、膳を運ぶ女中と共に磯島は座敷を出て行きました。


「条件付きか。相変わらず簡単には稽古事を怠けさせてはくれぬのう。はてさて、どのような事に付き合わされるのか」


 磯島が何を考えているのか分かりませんが、日を改めてと言ったのですから、少なくとも今日は何も起こらないはずです。ならば何が起こるか考えるのは明日からにしようと決めた恵姫。食後の満足感に浸りながら寝っ転がってお福がやって来るのを待ちました。

 しばらくして襖を叩く音。「入れ」と応えると襖が開いてお福が入って来ました。寝転がる恵姫の前に座り深々と頭を下げます。磯島から事の次第を聞いているのでしょう。迷惑を掛けてすみません、そう言っているようでした。恵姫は座り直すと優しく話し掛けます。


「気にせずともよいぞ、お福。ヒナを助けたことは良い事じゃ。世話をしたのも良い事じゃ。そしてあんな阿呆雀に育つ事は誰にも予想できなかった事じゃ。わらわたちには何の落ち度もない。今日、大切なお稽古事を休んで黒の元へ相談に行くのも、ヒナを拾った時から既に運命付けられていたに違いないのじゃ。では、出掛けるとしようかのう」


 こうして二人は間渡矢城を出ると、庄屋の屋敷を目指して山道を下り始めました。昨日は晴天だったこともあり、途中に水たまりなどはありません。瀬津姫の襲撃の心配をする必要もなさそうです。やがて庄屋の屋敷に着きました。


「おーい、黒、居るかー。遊びに来たぞー」


 前回お福と一緒にここを訪れた時と同じ掛け声です。これまで何度も庄屋の屋敷を訪れている恵姫にとって、この言葉は決まり文句になっていました。


「これはこれは、恵姫様」


 これまた前回と同じく開いた門から現れたのは庄屋でした。そもそも冬以外の晴れた日は、黒姫は九分九厘野良仕事に行っているので、出てくるのは庄屋か女中か黒姫の母親の場合がほとんどなのです。


「なんじゃ、庄屋か。黒はまた田にでも行っておるのか」

「いえ、本日は田ではなく畑の方に行っております。そろそろ麦刈りの頃となりましたので、毘沙姫様と共にそちらの様子を見に行っております」


 秋に撒く小麦は冬の寒さを経て初夏に収穫されます。もしその年の米が不作だった時にはこれが代用食となるのですから、疎かには扱えません。


「うむ、ならば畑に行ってみよう。ところで庄屋よ、今日は弁当を届けずともよいのか」


 お福が気まずそうな表情になりました。前回の水口祭で御馳走の弁当を食べられた事に味を占め、今回もそれを要求しているのが露骨に分かります。この図太さは遠慮なく餌をねだるあの雀と瓜二つ。子は親に似ると言いますが、似て欲しくない所が似てしまったなあと、お福はしみじみ思うのでした。

 恵姫が何を考えているか、庄屋もすぐに気付きました。にっこり笑って答えます。


「今日は様子見だけですので昼までに屋敷に戻ると言っておりました。ですので弁当は用意しておりません。ですが、よろしれば恵姫様も当家でお昼を取られても構いませぬよ。後ほど城に使いを遣り、そのように伝えておきます。本日は……そうですね、鰯の摘入つみれ汁などをご用意致しましょう」

「で、でかしたぞ、庄屋よ。麦刈りの時にはわらわも力を貸すからな」

「ありがとうございます。ではお気を付けて」


 屋敷の外に出て見送る庄屋に手を振ると、黒姫と毘沙姫の居る畑目指して歩き始める恵姫とお福でありました。


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