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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第二十一話 たけのこ しょうず
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竹笋生その三 お福逆上

 大人しくお福からエサを貰っていたヒナも、やがて口を開けなくなってきました。お腹が一杯になったのでしょう。お福はヒナを両手で優しく包むと鳥籠の中に戻しました。


「うむ、それでは茶でも飲むか、お福」


 ここでようやくお茶の時間です。少し冷めてしまっていますが、今日は暑いくらいの気候なので、ぬるさが心地よく感じます。


『少しは機嫌が良くなったかのう』


 澄ました顔でお茶を飲むお福。その表情からは何を考えているのか読み取れません。ここは駄目押しとばかりに恵姫は茶菓子の皿を持ち上げました。


「おや、今日の茶菓子も饅頭か。昨日と同じとは味気ないのう。お福、良かったら食わぬか」


 食べ物でご機嫌を取ろうという算段です。情けないくらいに有り触れた考えです。思い掛けない場面では神懸かり的に悪知恵が働くのに、駄目な時はまるで無策な恵姫。そもそも「食わぬか」と言っておきながら、口元からよだれが垂れているのですから説得力皆無です。お福は少し笑いながら首を横に振りました。


「そ、そうか。ならばわらわが食べることに致そう」


 お福は静かにお茶を飲み、静かに自分の饅頭を食べています。八つ時のお茶を持って来るのは毎日違う女中ですが、こうして恵姫とご相伴に預かれるのはお福と磯島だけです。それはお福が奥の女中の中でも、特にかみ女中としての役目を担っているからでした。

 まだ城に入ったばかりの見習いなので裁縫や料理などもしていますが、本来のお役目は殿様や姫様のお世話、客人の接待なのです。磯島はお福を自分の後釜に据えるため、その為の教育を毎日欠かさず行っているのでした。


『城に来た時はもっと初々しかったのにのう。今では別人のように気の強いおなごになってしもうたわ。恐るべきは磯島の教育じゃ』


 その磯島の優れた教育を受けてもこんな姫にしかならなかったのですから、恵姫の駄目素質もかなりのものと言えましょう。


「そうじゃ、お福。今、厳左から話を聞いたばかりなのじゃが、明朝は磯島や他の女中も連れて筍狩りに行くことになっておる。午前中いっぱい掛かりそうなので、ヒナも連れて行かねばならんな。昼まで飲まず食わずでは弱ってしまうからのう」


 途端にお福の顔が曇りました。ヒナを外に連れ出すのは初めてです。鳥籠に入れているとはいえ、どんな危険が降りかかって来るか知れたものではありません。


「なあに案ずることはない。わらわがきちんと面倒を見てやるからな。明日は黒と毘沙も来るゆえ、二人にも世話をさせよう。おお、雁四郎もおったな。五人で世話をすればヒナも大丈夫であろう」


 お福がにっこりと笑いました。今日一番の笑顔です。


『よし、これで機嫌が直ったな。ならば次は絵草紙を早急に隠すことにしよう。お福には退出してもらうか』


 恵姫は伸びをすると、わざとらしい欠伸をしました。


「ふわ~、ヒナも昼寝を始めた様じゃし、わらわも餌探しで疲れた。少し寝ることにする。お福、すまぬが盆を片付けてくれぬか。一人でゆっくりと眠りたいのじゃ」


 お福は頷くと右手を後ろに回しました。しばらくして現れた右手に握られたモノ、懐に仕舞おうとしているそのモノを見た時、恵姫は余りの驚きに腰が抜けそうになりました。


「お、お福……そ、そなた……ま、まさか……」


 すぐさま立ち上がり座敷の隅の物入れに突進する恵姫。中を探します。

 狂ったように探します。ありません、どれだけ探してもありません。


「ない、ない、どこにもない。わらわの絵草紙が、『伊瀬生真鯛蒲焼』がどこにもない!」


 物入れにないとわかるとお福目掛けて突進です。ハアハア息を切らしながら、恵姫は言いました。


「お福、そなた、わらわの書、いや、雁四郎から預かっている書を物入れから盗み出したであろう」


 お福は頷きます。そうです、懐に入れたのは恵姫が先日入手した絵草紙だったのです。


「ど、どういう料簡でそのような真似をするのじゃ。わらわを愚弄するつもりか」


 お福は笑顔です。不気味なほどの笑顔です。そして雀のヒナを指差し、懐の書を指差し、磯島の居る女中部屋の方を指差しました。


『今度、雀のヒナを苛めるようなことをして御覧なさい。この書を磯島様に見せますよ、と言いたいのか、お福。な、なんという事じゃ』


 恵姫はがっくりと膝をつきました。完敗です。もはやお福には逆らえません。雀のヒナを預ける代わりに、人質として絵草紙を奪ったのです。まさかお福がここまで雀のヒナを可愛がっているとは夢にも思いませんでした。


「わ、分かった。ヒナには決して悪さはせぬ。じゃから、絵草紙の事、くれぐれも内密にしておいてくれ」


 お福は変わらぬ笑みを浮かべています。そのまま盆を持ち、襖を開け、座敷を出て行きました。ひとりになった恵姫の上に、大きく深い後悔が覆い被さってきました。


「遅かった。もっと早く隠しておくべきじゃった。わらわとしたことが九日間も絵草紙を物入れに放置しておくとは、何たる失態、何たる怠慢。これでは磯島に取り上げられた二冊の絵草紙と同じではないか」


 あの二冊の絵草紙は未だに恵姫の元には返ってきていません。無事なのか焼かれたのかも不明のままです。


「お福……まさかわらわを裏切って磯島にあの絵草紙を渡すつもりではあるまいな。いや、考え過ぎか。そんな事をすればこのヒナがどうなるか、お福とて分かっているはず」


 しかし、それは逆に言えば、もし雀のヒナに何かあれば絵草紙は二度と返って来ない事を意味しているのです。これからは何があろうと、このヒナを大切にしなければならないのです。


「くくっ、どんなに鳴かれようと、手の平に糞をされようと、わらわは我慢せねばならぬか。何たる屈辱じゃ。いや、これも全ては絵草紙のため。耐えるのじゃ、わらわよ」


 恵姫の苦悶をよそに、満腹になった雀のヒナは鳥籠の中ですやすや眠っています。昼食から夕食までが恵姫のヒナ世話当番、夕食後はお福が引き取って翌日の昼まで世話をすることになっています。


「考えてみれば、わらわが世話をするのは一日の四分の一に過ぎぬではないか。それくらいの我慢ならばできぬはずがない。それに此奴、かなり大きくなってきておる。翼もそれなりに様になってきておるし、明日にでも巣立ちできるのではないか。そうなればもはや世話をする必要はない。うまくすればどこかへ飛んで行ってそのまま帰って来ぬかもしれぬ。無事にヒナが巣立てば、お福も快く絵草紙を返してくれるじゃろう。後ほんの数日の辛抱じゃ」


 この楽観的日和見主義が恵姫の持ち味。と同時に失敗を招く原因にもなっています。そもそもさっさと絵草紙を別の場所に移しておけば、こんな事態を招かずに済んだのですから。


「それに絵草紙の隠し場所として、お福は最適なのではないか。あれだけ用心深い娘じゃ。磯島に感づかれることもなかろう。うむ、お福に奪われたのではなく預けてあると考えればよいのじゃ。良い隠し場所が見つかったわい」


 見通しは更に甘くなっていきます。楽天家と脳天気はまことに紙一重と言えましょう。


「お福の信頼を得るためにヒナの餌でも集めておくとするか。夕食後のエサも用意しておけばお福も喜ぶであろう」


 さっそく縁側から中庭に下りる恵姫。厳左はまだ池の前に立っています。近付いて話し掛ける恵姫。

「おい、厳左、餌のやり過ぎではないのか。幾ら食いしん坊の鯉でも腹を壊すぞ」

 厳左は黙っています。紙袋を握ったまま微動だにしません。

「厳左、何故返事をせぬ。おい、何か言わぬか」


 恵姫は厳左の着物を掴んで揺り動かしました。と、まるで夢から覚めたような声で言いました。


「む、居眠りをしておったようだ。そろそろ表に戻るか。姫様、失礼いたす」


 厳左は何事もなかったように表御殿に歩いて行きます。


「い、居眠りじゃと……」


 立ったまま、しかも目を開けたまま居眠りをする人間を見たのは初めてでした。武人厳左の底知れぬ力を改めて思い知る恵姫ではありました。


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