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元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第二十一話 たけのこ しょうず
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竹笋生その二 ヒナ仕置き

 明日の筍狩りの話が終わり、厳左はまた鯉に餌をやり始めました。これ以上用はない様子です。手の糞も落ちたので恵姫は座敷に戻ることにしました。

 縁側から上がり、すぐに物入れに行こうとしたのですが、鳥籠の中で雀のヒナがピーピー鳴いています。腹を空かせて餌をねだっているのです。喧しい事この上ありません。


「ああ、もう五月蠅いのう。さっき食わせてやったばかりではないか。ちょっと待っておれ」


 これでは落ちついて絵草紙の隠し場所を思案することもできません。恵姫は鳥籠からヒナを出すと左の手に乗せました。


「どれ、まず青虫から食わせるか……んっ、なにやら生温いが……ま、まさか」


 不意に手の平に感じた温かさは先程と同じ感触です。恵姫の怒りが頂点に達しました。


「こ、此奴、またしても糞をしおったな。鳥籠ですればよいものを、まるでわらわの手に乗るのを待っていましたとばかりに糞を捻り出すとはなんたる無礼じゃ」


 左手の上からヒナを払い落す恵姫。畳に落ちたヒナは体を震わせて鳴いています。


「そんな哀れな鳴き声でわらわをたぶらかそうとしても無駄じゃ。小憎らしい奴め。お仕置きをしてやる」


 恵姫は左手の糞はそのままにして、ヒナの両翼を掴みました。そのまま無理やりに広げ、持ち上げます。


「ほれほれどうじゃ、空を飛んでおる気分になろう、気持ち良かろう」


 ヒナは以前にも増して大きな声で鳴き始めました。きっと翼が痛むのでしょう。


「ふん、いい気味じゃ。数日前は大人しいヒナであったのに、体がでかくなるにつれて態度もでかくなりおって。よく食う、よく鳴く、よく糞をする、図に乗るのも大概に致せよ、このひよっこめが……えっ!」


 恵姫の悪口が止まりました。突然座敷の襖が開いたのです。そこに座っていたのはお福です。盆を置いて端座しているお福が、大きく見開いた目でこちらを凝視しているのです。恵姫は慌ててヒナを布の上に置きました。


「お、お福、違う、こ、これは……」


 同時に時太鼓が聞こえてきました。八つ時を知らせる太鼓です。


『そうか、八つ時の茶を持って来たのじゃな。なんという間の悪さじゃ』


 本来ならば襖を開ける前に一声掛けるのが礼儀です。当番がお福の場合は軽く襖を叩きます。しかし、今回はヒナが騒がしく鳴いているので、心配になったお福は襖を叩くことなく開けてしまったのでしょう。


「……」


 お福はすぐに座敷に入ると恵姫の前に盆を置き、布の上で鳴いている雛を手に乗せました。お福の手に乗せられたヒナは甘えるような声で鳴いています。恵姫の時とは明らかに違う鳴き方です。

 ヒナの無事を確認したお福は恵姫に顔を向けました。厳しい目です。睨んでいます。相当怒っているようです。


「そ、そのような恐い顔をせんでもよかろう、お福らしくないぞ」


 さすがの恵姫もお福の迫力に押され気味です。やがてお福の視線は座敷の隅にある物入れに向けられました。何を言いたいのかは分かっています。絵草紙の弱みを握られている以上、ここは下手に出るのが良策と判断した恵姫、すぐさま頭を下げました。


「済まぬ、お福。ヒナをぞんざいに扱かったわらわが悪かった。許してくれ。ヒナが手の平に糞をしおってな。先程も糞をされていたため、つい頭に血が上り、大人げない真似をしてしまったのじゃ。ほれ、見てみよ、糞が付いておろう」


 恵姫は左手を広げて見せました。ヒナの糞らしきものが残っています。


『すぐに糞を拭きとらずにおいて正解じゃったわい。これでお福の怒りも少しは収まるじゃろうて』


 恵姫の予想通り、お福の表情が和らぎました。懐から懐紙を取り出し、恵姫に渡します。それで左手の糞を拭きながら、お福の顔を伺う恵姫。まだ表情に硬さが残っています。


『ここはしばらく間を置いた方がよさそうじゃな』


 漂い始めた霧がすぐには消えないのと同じく、気まずい雰囲気もそう簡単には無くなってくれません。恵姫はお福の機嫌が直るまで席を外すことにしました。


「ああ、お福、わらわは中庭に行くぞ。紙で拭くだけでは心許ないのでな、池の水で洗ってくる。ヒナの餌はそこにあるから食わせてやってくれ。茶も先に飲んでよいぞ。そなたもお役目の合間の休憩であろう。ゆっくり寛ぐがよいぞ」


 そそくさと縁側から中庭に下りる恵姫。取り敢えず左手を洗おうと池に向かうと、まだ厳左が鯉に餌をやっています。


「おや、これは恵姫様。何か御用か」

「ヒナがまた糞をしおったので、手を洗いに来たのじゃ」


 先ほど同じように池に手を浸してごしごし擦る恵姫。水の中に手を入れていると無性に魚を掴み捕りたくなるのですが、ここは厳左の手前、ぐっと我慢です。


「お、ミミズがおるな」


 餌探しが習慣になってしまったようです。ここ数日間、毎日中庭で餌を探していたのですから無理もありません。先程お福から貰った懐紙を持って来ていたので、それでミミズを包みます。


『ここはお福の機嫌取りのために、ヒナの餌を集めていくか』


 恵姫はしゃがんだまま土をほじくり返したり、ちょこちょこと歩いたりしながら餌になりそうな物を探し始めました。そんな恵姫の姿を見て厳左はすっかり感心したようです。


「ほう、それだけ熱心に餌集めとは、姫様もあのヒナを大分気に入っておるのだな。魚と美味い物以外はまるで興味を持たなかったが、やはり姫様もおなご、愛らしいヒナの姿に母性が目覚めたか」

『ちっ、厳左め。好き勝手なことを言いおって。誰があんな小憎らしいヒナを愛らしいなどと思うものか』


 餌集めはお福のご機嫌取りのため、つまりは絵草紙安泰のために、不承不承行っているのです。勘違いされてますます腹が立つ恵姫です。


「ところで姫様、先日、勘定方より知らせがあったのだが、なにやら伊瀬で雁四郎が別の書を間違えて取り寄せたとか」


 恵姫の体が強張りました。どうやら雁四郎はあの時の言葉通り、鯛漁で得た銭を勘定方への弁償金に当てたようです。


『どこまで馬鹿正直なのじゃ、あの堅物は。まさかわらわが騙して手に入れた事を話してはおらぬじゃろうな』


 ここは探りを入れる必要があります。慎重に言葉を選ぶ恵姫。


「あ、ああ、そのような事もあったな。うむうむ」

「迷惑を掛けたようだな。雁四郎共々詫びさせてもらう」

「いやいや、間違いは誰にでもある。気にするでない」

『どうやら、罪を一人で被ったようじゃな。さすがは忠義心溢れる雁四郎、褒めてつかわすぞ』 


 ほっと一安心の恵姫ですが、話はまだまだ続きます。


「勘定方の話では銭も返してもらったので、間違った書を手間賃を払って返却し、正しい書を取り寄せてもよいと言っていた。どうされる?」


 これまた余計なお節介です。要らぬ気は使うなと突っ撥ねたいところですが、無下に断って怪しまれても困ります。ここも慎重にやり過ごさねばなりません。


「あ、ああ、いや、そうじゃな。しかし交換となれば雁四郎も気を悪くするであろうし、勘定方の手間も掛かるであろうし、それに間違えて手に入れた書もそこそこ役に立つので、まあ、もう少し考えさせてくれぬか」

「相分かった。そのように伝えよう」


 厳左はそれだけ言うと黙ってしまいました。ようやく話が終わったようです。一安心の恵姫はヒナの餌もそこそこ集まったので、座敷に戻ることにしました。縁側から中に入ると、お福がヒナに餌をやっています。


「お福、また餌を取って来たぞ。これも食わせてやってくれ」


 会釈をして恵姫が差し出した懐紙を受け取るお福。手の上に乗っているヒナは大人しく食べさせてもらっています。恵姫の時とはまるで態度が違います。


『わらわがエサをやる時は喧しいくらいに鳴くくせに、小憎たらしいヒナじゃ』


 どうやら雀のヒナにも好みというものがあるようです。人間だって、せっかく食事をするなら綺麗で優しいお姉さんと一緒の方が楽しいものですからね。


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