表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元禄・マジカル・プリンセス  作者: 沢田和早
第二十一話 たけのこ しょうず
101/361

竹笋生その一 大食いビナ

 恵姫の前には鳥籠がありました。鳥籠の中に雀のヒナはいません。空です。


「ああ、慌てるでない。今すぐ食わせてやる」


 雀のヒナは恵姫の左手の上に居ました。元気です。ピーピー鳴いています。お福が見付け、拾い、そして脅迫まがいの強引さで飼う事になった雀のヒナ。あれから今日で九日目。羽毛もだいぶ生えて雀らしくなってきました。


「それそれミミズじゃ。食いやすいように小さく切ってある。有難く食うのじゃぞ」


 恵姫の右手には魚料理の時に使う愛用の骨抜き。それにミミズを挟み雀のヒナに与えます。丸飲みしてもっと食わせろと鳴くヒナ。食べさせる恵姫、丸飲みして鳴くヒナ。


「此奴、どれだけ食うつもりじゃ。遠慮というものを知らぬのか。これではまた庭に出てミミズを探さねばならぬではないか。居候のくせに態度がでかいのう、まったく」


 天気が良いので縁側で餌やりをする恵姫。午後の日差しを浴びて中庭の木々の緑がくっきりと目に映ります。


「昨日までの雨もやみ、今日は絶好の釣り日和であったのにのう。そなたの世話で行けず仕舞いじゃ。早う大きくなって己の食う物くらい己で捕らえよ、この冷や飯食いが」


 言葉だけ聞いていると鬼です。鬼母です。さりとて、ぶつくさ文句を言いながらもマメにミミズを与えているのですから、恵姫も全くの鬼とは言えないでしょう。

 恵姫がヒナの世話をするのは午後だけです。午前はお稽古事があるので、お福が自分のお役目の合間にヒナの世話をします。午後の恵姫は完全に暇になるので、夜までずっと面倒を見ることになっています。


「最後に海を見てから今日で八日目か。さすがに潮の香りが恋しくなってきたわい。釣りをせずとも魚が食えるのでまだ辛抱できておるが、そろそろ巣立ってもらわねばそなたを食ってしまうぞ」


 お福が聞いたら怒って額を指弾きされそうな言葉です。もっとも、伊瀬の旅の途上、雀は食わぬとお福に約束したので、ただのこけおどしに過ぎません。

 最近の比寿家の懐事情を考えれば、八日も釣りに行かなければ恵姫の食事はかなり悲惨になるはずです。それでも毎日魚が膳に上るのは鯛漁大漁のおかげでした。網元から税として受け取る小物成の一部を、網にかかった鯛以外の魚で納めてもらったのです。干物や塩漬けになった魚たちは、当分の間、恵姫の膳を賑わしてくれることでしょう。


「わらわの力を使って捕れた魚たちじゃ。そのために翌日は一日寝込んでしまったからのう。有難く食わせてもらうわ」


 寝込んだのは鯨丸齧りの野望のために無駄な力を使ったからです。あの日、指揮船に引っ張り上げられた後も、恵姫はそのまま眠り続けました。毘沙姫に背負われて間渡矢城に帰ってからも、目覚めることはなかったのです。

 普段ならば誰もが心配するのでしょうが、島羽の件で仮病を使っていたことは、まだ皆の記憶に残っていました。幸い、あの時のように熱が出る事もなかったので、当然の如くそのまま放置されました。翌朝ようやく目が覚めて、元気が出ないとか、まだお稽古事は無理じゃとか言っても、勿論無視されました。そうしてその日以来、午後はお福が拾ってきた雀のヒナの世話をさせられることになったのです。


「ありゃ、ミミズがなくなってしもうたぞ。残念じゃが飯の時間は終わりじゃ。また半刻我慢せい」


 小さいくせに本当によく食べます。まるで自分を見ているようです。もう終わりだと言っているのに、まだピーピー鳴いています。魚を食わせろと喚く恵姫そっくりです。


「喧しいのう。そんなに鳴いても食わせる物がないのじゃから仕方ないであろうが。ちっとは我慢せい、この未熟者めが」


 雀に人の言葉が分かるはずもないですし、実際、未熟者なのですから、ヒナの立場からすれば恵姫は鬼みたいに見える事でしょう。ヒナも少し機嫌を悪くしたようです。恵姫は左の手の平に、何やら温かいモノを感じました。


「んっ、左手が妙に生温いが……こ、此奴、わらわの手に糞をしおったな!」


 どうやらエサをくれない腹いせに、一発捻り出したようです。行動規範まで恵姫そっくりです。急いでヒナを鳥籠の中に入れると、恵姫は縁側から中庭に下りました。


「ああ、もうバッチイではないか。昔、父上が飼っておられた鶯の糞は、糠と混ぜて肌に塗ったりもできようが、雀の糞など畑の肥やしにしかならぬわ。忌々しいヒナじゃ」


 恵姫は池の端まで来ると、しゃがみ込んで手を洗いました。魚の臓物は平気でも鳥や獣の糞は苦手な恵姫です。

 ごしごし擦っていると、池の鯉が餌やりと間違えたのか寄ってきました。条件反射でつい捕まえそうになります。しかし、そんな事をすれば厳左に叱られるのは目に見えているので思い留まりました。


「ふう、ひどい目に遭ったわい。おや、ミミズか」


 池の端の湿った土の上にミミズが這っていました。すぐに捕らえて懐から出した手拭に包む恵姫。


「お、青虫もおるのう」


 雑草の茎には蝶のものか蛾のものか、判別できぬ青虫がへばり付いていました。これも捕まえて手拭に包む恵姫。そこで、はっと気が付きました。


「な、なんという事じゃ。無意識のうちにヒナの餌取りをしておるではないか。どうしてわらわがあんな小憎らしい奴のために、ミミズや青虫を捕らえねばならぬのじゃあ~」


 左手に平気で糞をするような恩知らずのために、地べたを這って餌取りをするなど、姫の威厳を貶める行為と言わざるを得ません。しかし、これはお福との約束でした。と言うか、脅迫でした。絵草紙の件を磯島に知られない為に、嫌でもやらなくてはならない事なのです。


「う~む、今のうちに物入れの絵草紙を別の場所に移しておいた方が良いな。さすれば、ヒナの世話を怠けてお福の機嫌を損ねようとも、恐れるものは何もない。わらわとした事がこんな単純な話を数日間も失念しておったとは迂闊じゃった。よし、そうと決まればすぐさま実行じゃ」


 即断即決が恵姫の信条。さっそく行動開始と思ったところへ、背後から声が掛かりました。


「おお、これは恵姫様」


 一体この情景を何度繰り返せばいいのだろうと恵姫は思いました。池の端に居ると必ずやって来る厳左です。

「こんな所で何をしておられる」

 掛けて来る台詞まで同じです。恵姫はうんざりしながら答えました。


「ああ、雀のヒナの餌を探しておったのじゃ。そちは鯉の餌やりか」

「左様」


 厳左は懐から紙袋を取り出し、麩を千切って池に投げ始めました。右手にはまだ布を巻いています。


「手はどうじゃ。まだ治らぬのか」

「痛みはほとんどない。ただ医者がまだ動かすなと言うので、この通りだ。ところで姫様。ちと話があるのだが」


 恵姫の顔が曇りました。これまで池の端で聞かされた話に碌なものがなかったからです。


「何じゃ、とっと申せ」

「明日、筍狩りに出掛けようと思っておる。御同行されよ」

「ほう、もうそんな季節となったか」


 これは悪い話ではありませんでした。初夏の筍は脂の乗った桜鯛と同じく、この時期にしか味わえぬもの。それは恵姫だけではなく、この地の領民もそうでした。ただ初物はまず領主に献上するのが間渡矢の習い。従って恵姫たちが筍狩りをせぬ内は、領民たちも筍を狩れぬのです。


「まずは我らが筍を食わねば、領民たちの口にも入らぬ。早い方がいい」

「うむ、分かったぞ。明朝一番に狩りに行くとしよう。黒や毘沙も誘いたいのう。人が多い方が何かと都合が良いじゃろう」

「相分かった。後ほど庄屋の屋敷に使いを出そう。毘沙姫様が居れば心強いな」


 これで明日は初物の筍が食べられるだけでなく、午前の稽古は休みになります。珍しく池の端で良い話が聞けたとご満悦の恵姫ではありました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ