お社が破壊されました
時期は8月。
なはずなのだが、辺りからは蝉の声も聞こえない。
ただ見えるのは、降り積もっていく雪と、二人の人影、そして何故倒れないのか不思議でしょうがなくなるような神社だけだった。
人影のうち、一人は俺、長田悠である。今日は青い麻の着物に草履を履いた何処にでもいる小僧風の格好をしていた。
麻は凄く通気性がいいから寒い。
そんな俺より薄そうな着物を着ている癖に、はっはっはー!と元気に笑うもう一人は、友人の七巴。楽しそうに笑う彼女の髪の隙間からは、ひょこと二本の角が覗いていた。
見てわかる通り、彼女は最強の戦闘妖怪、鬼の一族である。
一つ殴れば地割れが起こり、二つ殴れば水が干上がり、三つ殴れば世界が滅びる、とそんな馬鹿みたいな伝説を持った化物。それがこの女の正体である。
聞けば聞くほど怖い伝説だな、と思った。
そんな鬼である彼女。
まだ若く、気性は荒くないものの、本気を出せば村一つは潰せるであろう。
そんな恐ろしい生物兵器は、笑いながらこう言った。
「今日は玉蹴りをしようか!」
「嫌だ」
「返事が速いよ!
何でだよ~!玉蹴り楽しいぜ~」
「お前が蹴鞠を蹴ってみろ!
あっという間に砕けて拡散するだろ!
それでいくつ俺の蹴鞠を壊したか考えてから物を言え!」
「壊したの四個だっけ?」
「その倍だこのバカ!」
「ああ六個か!」
「八個だよ!畜生バカめ!」
バカバカと俺が言ってやると、不服そうに彼女は頬を膨らませた。
「バカじゃない!
今度は学習して対策を考えてきたんだ!
どうだ!頭いいだろー!」
「八つ壊すまで学習してないんだからやっぱバカだろ」
うるさい!と七巴は怒ると、帯に着けていた袋から、少し大きめの蹴鞠を取り出した。
「おおぉ・・・ちょっと大きいな」
「ガイコクのサッカーボールとか言うのを参考にしたんだ!
しかもこれな、鬼が蹴っても壊れない鬼印の強絹製!
これでやれば大丈夫だ!」
「な、なるほど・・・」
俺は思わず感心する。
こいつにも脳があったんだな、詰まってるのはただの味噌じゃないんだな、と。
「さぁやろう!
いっくぞー!」
彼女は元気に宣言する。
が、俺は慌てずには居られなかった。
「えぇ?
いやいや、待て。
お前が蹴ったら俺、受け止められないから!」
「古代より鬼に伝わる秘技・・・今ここで使う時!
いけ!ファイナルゥゥッ・ショットォォッ!」
「ひっ、人の話を聞けぇぇぇ!」
びゅぅぅん!とあり得ない音を出しながら飛んでいく玉は、一直線に進む。
そして、崩れかけの神社にとどめをさした。
俺の後ろでガァン!ガラガラガラ・・・。と、轟音が聞こえる。
テンテン・・・と神社だったものから跳ね帰ってきた蹴鞠は、確かにひとつも傷がついていない。
が、神社は呆気なく廃材になってしまった。
「・・・」
「このバカ・・・!」
「う、うわぁぁぁぁっ!
やっちゃった!やっちゃったよ私ッ!
どうしよう・・・コレ」
自業自得なのに半分泣きかけている七巴が、少し可哀想になってしまった俺は、彼女に言ってやった。
「ま、まぁやったもんは仕方ないしさ・・・。
とりあえず・・・どうするか」
「・・・あのさ、アンタん家の狐さん、物知りでしょ?
どうしたらいいか、聞いてみようよ・・・」
「確かに物知りだが神社を壊した時の対処法とか知ってるのか、あの人・・・。
まぁ、藁にもすがるなんとやらだ!
一度、灯蝋さんに聞いてみよう」
俺は自宅で茶でも煤っているであろう狐の低級妖怪、『灯蝋さん』の姿を思い浮かべつつ、神社に背を向けて歩き出した。
その後、神社に向かって吹雪が吹き始めたことなど、俺も七巴も知ることはなかった。