プロローグ
いまでも、思い出すことがある。
きっと全ての始まりだった、7年前の暑い日を。
「おかあさん見て!兎だ!」
「・・・。」
母に初めて、森に連れてきてもらった日のことだった。
当時五歳の俺は見たことのない生物に驚喜して、母親に話しかけた。
しかし、返事は帰ってこない。
おかしいな、いつもだったら笑いながら返事をしてくれるのに、具合でも悪いのかな、なんて、流暢に考えていたのが、間違いだったのだ。
そんな母が可笑しいと思って見ていれば、こんなことにはならなかったのに。
自然に気を取られ、母親なんて見もしなかった俺がいけなかった。
「おかあさん、あれ、な・・・に・・・?」
ささっ、と目の前を通った小動物が何なのか気になって母親の方を向いた瞬間、腹に鋭い痛みが走った。
一気に赤く染まる目の前。
ニコ、と母は笑っていた。
そして、母の手の中で光る刃物は、包丁か、短剣か。
母に腹を刺されたんだな、と思った瞬間、俺は意識を失った。
最後に見たのは足早に去る母と、こちらへ向かってくる一尾の狐妖怪の姿だった。
そして、今日で七年がたつ。
「ほらほら、起きろ!
今日から八月じゃ、しゃんとしろ!」
「あーあー、分かったよ・・・
そういえば、今日も友達と約束があるんだったっけー。
ご飯食べたら出掛けてくるな」
「おう。
寒いから気を付けろよ」
これは、低級な狐妖怪に拾われた俺と、夏が来なくなってから七年目の話。