魔女リコリス直伝 動くファンシー動物ケーキ
※即興で、プロットなどなしに衝動に任せて書いてみた習作です。
ファンタジー系風味のクッキング話。宜しくお願い致します。
登場人物:
リュレン(漢字:旅人と書く)(偽名:ユズリハ・コクオウ(柚李葉・黒桜))
正体不明、性別不明、本名不明と三拍子そろった見るからにアヤシイ不審人物。
偽名を好んで多く使い、各国を股にかけて渡り歩く旅人であり、傭兵であり、本職不明のハーフエルフ。要するに謎のヒト。義理の娘である雪原・ちゆを溺愛している。
雪原・ちゆ(偽名なし。本名)
食べることが大好きな幼女エルフ。
リュレンと一緒に世界中を旅している。
父母は既に他界。頼れる親戚はリュレンだけ。
名前の由来は、雪原のある地域で生まれ、ささくれだったリュレンの心を治癒した過去と皆の心を癒す子でありますように、というような、名付け親たるリュレンの願いから。
魔女・リコリス
癒しの力を極めし白の大魔女。またの名をお菓子作りの名人リコリス。
ある名もなき小国の森の中に居を構え、魔法の研究に勤しんでいる。
が、どちらかというと趣味のお菓子作りの方が高名。
このまま魔女として大成し、師匠の後を継いで賢者となるか、菓子職人として店を開き大成するか、道を迷っている。
西の大陸の大魔女、オババ様
リコリスの師匠。魔女の階級で上位の賢者称号持ち。
癒しの魔法に秀でる良い婆さん。
弟子のリコリスを心配中。
森の中に一軒の家が建っていました。
色とりどりの花が咲き乱れる広い庭。緑豊かな森を背景に建つ、こじんまりとした可愛らしい木造りの家の煙突から、もくもくと立ち上る煙は白く、香りがあります。その甘い香りのに誘われて、動物たちが集まり歌をさえずります。
『ここは魔女リコリスの森♪』
『ここは明るい陽の光差す白い魔女の森♪』
『白の魔女は癒しの術の使い手、心優しい魔女様、リコリス様♪』
『リコリス様、リコリス様、リコリス様はお菓子作りの名人! 三国一のお菓子職人♪』
『リコリス様は西の大陸の賢者、癒しのオババ様の一番弟子!』
『お人よしの白魔女様、趣味はお菓子作り!』
『強いぞ、強いぞ、魔術の腕でも三国一!』
『月の国、星の国、太陽の国と世界に有名三国あれど、月の国の我らがリコリス様が一番だ!』
『嗚呼、リコリス様、リコリス様、リコリス様。我らにまたお菓子とお慈悲の御恵みをっ!』
そんな緑深い森の中の小道を、ひとりの若者が真っ黒い一本三つ編みを振り乱して走ってきます。女でしょうか? 男でしょうか? わかりません。若者は中性的な顔付きに『呪』と書かれた黒い布を目元に巻いて、これまた中性的なすらっとして細い肢体を黒い革のロングコートで包み、森を疾走しているのです。血相を変えて。
何事でしょうか?
動物たちはさっと道を開け、去っていきます。
緑のトンネルの小道を抜けて、若者は魔女『リコリスの家』の扉を叩きました。
「リコリス! 魔女リコリス! 居るなら開けてくれっ。おまえのちからが必要なんだ!!」
かなり切羽詰まった様子で、怪しい若者は何度も『リコリスの家』の木造扉を己の拳で叩きます。
「うるさいなぁ……」
中から寝起きらしき女の声が聞こえて、扉がそぉっと少しだけ開きました。耳にかけていたらしい金色の長い髪が前に垂れ落ちて、翠色の瞳をした女が顔を覗かせました。女は客人を一目、目に入れると、その不審人物さ丸出しの特徴的な格好に眉を顰め、寝ぼけ眼が覚醒したようです。
顔を明るく輝かせて、ほっと胸を撫で下ろす黒衣の不審者に対して、彼女は硬質的な口調で注意します。
「お客様、我が家の壁は薄いのです。家の中に響きますので、ウチの扉を勢いよくそう何度も叩かないでくれませんか? まだ朝露滴る早朝でございます。私の営業時間はもっと遅く、後ですの。仕事は昼からにしてくださいまし」
リコリスと思しき魔女服の女性は、毅然とした調子で開けた木の扉を閉めようとする。
しかし、若者がそれを許さない。
見た目からして性別不明の不審人物である若者は、自分の長い足を扉の間に挟むことで、リコリスの行動を阻みます。細かい傷が幾つもある象牙色の手で、『リコリスの家』の扉にしがみ付き、リコリスがしかめっ面をして図太く扉を閉めようとするのも構わず、涙ながらに嘆願します。
「頼む。一大事なんだ! ちゆが……ちゆが……うっ、うっ、ううぅぅ……」
目元の怪しげな黒布を少しずらして、涙をぬぐう仕種をする様は、本当に泣いているようでした。リコリスと同じくらい髪の長い若者の背には哀愁と悲壮さが漂い、本当に困っているようでした。
白の魔女は持ち前の御人好し心が発動して可哀想に思い、もう一度少しだけ扉を開いて顔を覗かせました。
「………ご用件を、お窺い致しましょう」
若者はパァッと顔を輝かせて勢いよく扉を強引に開きました。驚いてリコリスは飛び退ります。
リコリスはハメられたのです。本来なら苦虫を噛み潰して怒りたいところですが、この時のリコリスは、怒りよりも驚きが先に多くたちました。
客人を受け入れると決めた瞬間、気を緩めたところを突かれ、いきなり強い力で扉を全開にされたことに驚いたことも理由にあります。
客人のにんまりと愉快に歪められたその顔には一片の涙もなく、嘘泣きだったことがよくわかります。それもまた、ひとつの理由です。
然しなにより、血の様な赤で『呪』と書かれた怪しげな黒布が取れた先には、更なる驚きがありました。
悪戯っぽい輝きを放つルビーの赤とアメジストの二つの色―――オッドアイ―――が、これまた性別迷子の端正な顔立ちに納められていたのです。
◇◆◇◆◇◆◇
にんまりと笑う悪戯が成功した悪童の如き、透き通った赤と紫の瞳を目の当たりにして、リコリスは「(失敗したわ)」と後悔しました。
ですがもう遅いのです。
件の若者は『リコリスの家』のリビングのソファに、にこにこと食えない笑顔を浮かべて我が物顔で座り込み、リコリスがお茶を入れてくれるのを待っています。
―――まったく、なんて図々しいお客様なのかしら? だけどお客はお客。しっかり相手をしなくてはね。
リコリスは気合を入れ直してお茶をポットからティーカップに注ぎ入れ、自分の分とともにお客人(不審人物?)に差し出します。
「どうぞ」
「ありがとう」
若者はお茶を受け取ります。締め直した『呪』と書かれた怪しい黒布の下でニコッと口元が弧を描く。
肩より長い焦げ茶色の黒髪、黒服、何かの封印具らしき黒の目隠し。そして極めつけが世間でも珍しい色違いの瞳。どう見ても訳ありの客人です。更にいうならば、外見では判別できそうにない『性別不明』、『職業不明』、『年齢不詳』という不審人物、三大要素を兼ね備えてもいる見るからに怪しい若者でございます。
リコリスは熱そうにお茶を飲む若者を眺めながら、自分が厄介者を引き入れた気がしてなりませんでした。この若者を中に引き入れてしまったことを後悔せずにはいられませんでした。
据置型の机を間に挟んで自分も反対側のソファに座りつつ、リコリスは知らず知らず、怪訝そうな御顔で若者を観察します。
リコリスには顧客である若者の情報が圧倒的に足りていません。仕事をする上での心構えと覚悟を決める為、この時リコリスは、少しでも顧客の情報を欲していたのです。―――主にこのお客様がリコリスを害すか、害さないかという一点について。リコリスはとっても警戒してこのお客様の動向を観察していました。
「ほーう? これはリラックスティーの一種かい? ……って、そんなに俺様を見つめないでくれ。まさか俺様に惚れたのか? 惚れた? 惚れた? んなわけねーか。アハハハハ!」
わざとらしい馬鹿笑いをする若者に対して、リコリスは冷たい口調で淡々と事務的に断わりを入れ、探りを入れようとします。
「ええ、違いますわ。お客様。失礼ですがお名前と御職業をお伺いしても? ついでに種族やどうしてこちらにこられたかも」
阿呆なことを抜かして一人で騒いでいた若者は、一瞬動きを止めました。
種族、のところで体が一層堅くなられたような気がしましたが、なにか自分の種族に嫌な事でもございますのでしょうか。彼の人は、すぐににんまりとした笑みを佩いて、飲んでいたお茶を“ソーサー”――カップの下のお皿―――の上に置き、穏やかな調子で口を開きます。
「このお茶、ラベンダーっぽいな……。荒くれていた心が落ち着く」
「ええ、その通り。ラベンダーティーですわ。庭でとれたラベンダーとローブマリーを乾燥させて干して、出来上がったものを細かくして自家製のニルギリブレンドと混ぜ、温めた熱湯で2分30秒蒸らしたものです。それよりわたしはあなたのことを聞いているのですが………答える気はあって……?」
じろりと睨む視線にひるむことなく若者は頓珍漢な言葉を続けます。
「なるほど。だからこんなに温かく心に染み入るのか。あゝ、きみの力を見るのが楽しみになって来たよ。うまいうまい……♪」
ずずっ……。
さぞかし納得がいったという表情でお茶を一啜り(すすり)。いい加減リコリスの我慢の限界も切れかけます。
「あの……」
「ユズリハ」
「は?」
ぽつんと告げられた単語に訳が分からず問い返す。
「ユズリハ。ううんと、そうだな、うん。ユズリハ・コクオウ。ラウ・シエン・ユズリハ・コクオウ。略してユズでいこう」
単語は彼の名前だったらしい。
なにか考え込みながら名乗ったことから、偽名くさいが、この魔女稼業、そんなことを気にしては務まらない。ヒトには事情があるのだ。そう、いろいろと聞いてはならない事情が。
どうであれ、魔女であるリコリスはお客人の要望を叶えるだけで御座います。
若者、ユズリハは顎に手を当てて考えつつ、自己紹介を進めます。
「職業は旅人。これは通常秘密なのだが、依頼する手前、魔女リコリスだけには明かしておこう。俺様は副業もやっていてね? それは早死にする可能性がとても高い裏の稼業だ。俺様は便利屋もどきの傭兵よ。刺客、暗殺、諜報、工作、潜入、なんでもござれ! ライフワークはこの世界に存在する人間の生活調査。人呼んで子持ちの半エルフ、ユズリハ様とは俺様のことだ!」
「は、半、半、半……える、ふ……ですって…!? しかも子持ち!? あなたどうみても外見15歳くらいなのに!!?」
リコリスが慄いてビシッと指さした先で、ユズリハはお茶を啜ります。
なんてことない風に顔色を変えず、されど口調には少々の棘が含まれているようでした。
「『半』が多い。父は生粋の森エルフ、母は人間の半エルフだ。この世界の知識の全てを知っているという噂の魔法族、その中でも随一の知識量と魔力を持つらしい魔女さまから見ても、俺様のような半エルフは珍しいか? まあ、見た目は普通の人間……でもないが、種族的には人間区分ではあることだしな。気持ちは分からなくもないでもない。それとウチの娘はおれと血は繋がっているが、親戚なだけで、おれが産ませた子でも産んだ子でもないぞ?」
「あ、ええ。そうよね……」
何故か安心した気分でリコリスはお茶を手に取って飲もうとする。
―――こんな性別不明のまだ若い子どもが、子持ちだなんて有り得る訳がないわ。養子か何かなら納得よね。ああ、お茶が美味し……――。
「成人は迎えているのでデキルことはできるが」
ぼそっと真顔で付け加えられた言葉にリコリスは口に含んだ紅茶を吹きだした。咳き込みつつ、液体が飛んだ机を布巾で掃除する。
デキルとはなにが? と聞いてはいけない。そして目の前の人物の年齢も聞かない方が良さそうである。
「それで今日はどのような御用で、この魔女リコリスの家を訪れてくださったのでございましょうか?」
ユズリハは数瞬、硬直して、お茶を机に置いた。そして椅子に座って軽く折りられた膝の上に腕を組んで置き、顎をその上に載せて神妙な顔をする。
「頼みというのは他でもない。きみの力が必要なんだ」
「それはもう聞きました。呪いですか? 魔法ですか? それとも……」
「菓子だ。きみのお菓子作りの才能が必要なんだ!!」
「お帰り下さい」
リコリスが一瞬で冷たい表情になり、すげなく家の出口の扉を指し示します。
「なぜ!?」
ユズリハはソファから勢いよく立ち上がります。その際、叩かれた机がギシと悲鳴をあげました。
「お菓子作りはわたくしの趣味です。売り物ではありません。それに……困るんですよね。最近、評判になり過ぎちゃって……本業の方に支障を来しそうなくらい評判で。いっそのこと菓子職人にでも転職しようかしら? とか考え始めちゃうくらい盛況でオオババさまに叱られましたわ。だから売りませんの」
リコリスはやっと一息、お茶を飲む。うん、上出来。ほっとする。
「そんな……。きみが……さいごの……頼みの綱、だった……のに………」
見るからに落ち込んだ様子でガクリ、膝を折るユズリハ。アヤシイ目隠しの下に見える顔は心なしか青ざめ、今度こそ本当に涙を流しているように見える。また嘘泣きかもしれない。だが、落ち込んでいることは誰がどう見ても明らかだった。
「………僕は、これからどう生きて行けばいいんだ……。あの子の笑顔の為に腕を磨き、死ぬ気で鍛錬を積み、世界最高と思われる教育を自ら学びに行き、施して、全てはあの子と供に生きぬく未来の為だったというのに………これから、どうやって生きて行けばいいんだ………」
―――え? そんなに落ち込むようなことだったの?
リコリスは呆気にとられて、床に崩れ落ちていくユズリハを眺めます。
若者の決断は早いものでした。
「………よし、死のう」
数秒の沈黙の間にどうしてそんな結論に至ったのでしょう? 思わずリコリスの口から、「………え?」という素っ頓狂な心の声が漏れ出します。
見る見るうちに若者は死への決意を固め、自殺と我が子の為に遺せる遺産の算段を固めていきます。
「あのお城の王様の暗殺依頼とあの裏取引の護衛に、殺し屋討伐を幾つか、賞金稼ぎの根城潰してお宝奪取依頼とか、暗殺とか、暗殺とか、暗殺とか、要人暗殺とか受けまくれば、いくら有能な俺でもプロ根性でも成し遂げられずに死ねるよね。あはは」
それはリコリスが本気で焦るくらい淀みなく、潔い、素晴らしく後ろ向きな、非現実的算段でした。
「ちょっ、ちょっとお客さん!?」
乾いた笑いを上げてゆらりと立ち上がったユズリハに、リコリスは驚いて声をかけます。
ユズリハの背には陰鬱な暗い雰囲気が纏わりつき、顔には死相が浮かんでいます。リコリスは魔女ですから、占術の一環として顔の相を読む術も心得ています。だからこそリコリスは、この客人の相に色濃くなった死の蔭に焦りました。
―――いけない! このままだと確実にこの客人は死ぬ!! というか、あのお城ってどこの!? 裏取引って何!? 暗殺って……この人ほんと何者!?
「よし、決まった。死のう」
リコリスが動く前に、ユズリハは扉の前まで移動して、この家を後にしていこうとします。
「邪魔をしたね。僕はちゆちゃんに嫌われたら生きていけないのさ。じゃあ、二度と会うことはないだろう。有難う、魔女リコリス。さようなら」
大急ぎでそれを追ったリコリス。速度強化の魔法を使ってやっと追いついたのは森のほどまで来た時だった。息を切らしてユズリハの黒いロングコートの端をしっかと掴む。
「ちょっと待ちなさい!! 死ななくていいからっ、教えてあげるから!」
「……え? でも、ダメだって……」
「ちゆさんとやらに御馳走する為、わたくしのお菓子が必要なのでしょう? 人を死なせるくらいならいくらでも教えてあげますから、死ぬのは待ちなさい!! 命を粗末にするものではありません!!」
ぽかんと大口を開けて呆気にとられるユズリハ。理解が追い付いてきたのか、片手で腹を抱えて喉奥からクククッと声を殺して笑う。
むっと口を尖らせたリコリスは、腰に手を当てて挑みかかるようにねめつける。
「なにが可笑しいのですのよっ」
「クククッ、いや? おまえ、噂通りのイイ奴なんだなって」
「うわさ?」
「“魔女リコリスは三国一のお菓子作りの名人。心優しい白の魔法使い。偉大なる癒しの大魔法使い。困っている人はどんな悪人でも悪鬼羅刹魔物でも放っておけず、そのお菓子の味は絶品である。”うんたらかんたらってね♪」
にまっ。人が悪く笑うユズリハ。
リコリスは「なっ」と絶句する。その様にユズリハはいっそう笑みを深めた。
「クククククッ、だってそうだろう? こんな怪しさ満載、不審人物と全身でわざと表している暗殺者まで救おうとするんだからよ。それにちゃ~んと依頼も聴こうとしてくれた。それだけで俺にとっておまえはイイ人よ」
じろり。リコリスはユズリハを観察する。
―――確かに怪しい。怪しい、怪しいと思っていたら暗殺者稼業の人だったのね。なるほど、服装は黒一色。『呪』と書かれた黒布が、この者の不審人物っぷりをかなり底上げしている。しかも本人の性格がコレだけ飄々としていれば……誰も助けたがりはすまい。というか、本人があまり助けを求めなさそうだ。
そんなことを顎に手を当てて考えていたら、もう一方の手を引かれて驚いた。
「さて、行こう」
「どこに、ですか?」
「お菓子作りをおまえは、俺様に教えてくれるのだろう?」
にんまり悪戯っぽく笑ったユズリハは、リコリスを抱いて地を蹴り、意味なく大急ぎで素早く、彼女の家に引き返した。
◇◆◇
森の中の家にて厨房に立った二人。
お菓子作りの達人、魔女リコリスと黒づくめの不審人物ことユズリハ・コクオウ。彼女ら二人はどちらも真剣な顔をして……蠢く(うごめく)何かを作っていた。
「だからそこは違うって言ってるでしょ!? ここはこうしてこう! こうよっ」
「……泡立てて混ぜるだけだろ? こうすりゃいいンじゃねえかメンドクせェ」
「だからちがーう!! 材料をふっとばさないでいけますこと!? ああっ、もったいない、そこはこうしてこうして、ああっ!?」
ドンガラガッシャーン。
猛烈な破壊音とともに何かが失敗した音だった。
リコリスは頭を抱える。
―――これで何回目の失敗だろう? 少なくとも十回は超えた。数えていないがその筈だ。材料費は前払い分も合わせて依頼主が払ってくれるからいいとして。この無駄な疲労感はなんだ!?
本人は習う前に「料理は苦手」だと云っていたが。「他のことは一見せて貰えば十以上出来るが、料理だけは苦手だ」と云っていたが。まさかここまでとは。
このユズリハ・コクオウと名乗る若者は、リコリスが一から十、丁寧に見せてこうして手伝い、教えているのにちっとも覚えてくれない。十を十回教えてやっと一覚えるといった具合で。要領はいいのだろうが、うっかりミスと若者のめんどくさがりな性格が、その要領の良さを阻害しているとしか思えない残念さ。
ぶっちゃけ、なにこの妙な料理は―――というものがリコリスの目前に広がっている奇妙奇天烈奇奇怪怪な料理?群である。
彼女が今教えているのは魔法もなにも使わない簡単な部類のパンケーキ。極普通のパンケーキなのである。
なのになんだこの料理群は。ナゼ動きやがる? 揃いもそろってファンシーな可愛らしい動物顔で動きやがるのですか!! この真っ白いメレンゲらしきぶったいは! わたくしはメレンゲなど作れとは言ってない筈なのですがね!
このお菓子を贈る相手が十歳の可愛らしい女の子と伺ったので、『焼き鏝でパンケーキの表面にウサギやクマなど可愛らしい動物の顔を押してみてはどうか?』とは助言したわ。
でも、どうして教えていない初心者には高等技術のメレンゲ作りをマスターしているの!? まったく、器用なのか不器用なのかわからないわ!!
舌をぺろりと出して「あれっ?」と不思議そうに再挑戦しようとしている場合じゃ御座いません、コクオウさん。というか待て! まだボールに粉を注ぐ(そそぐ)な。卵を解いて牛乳を注いでから粉を入れろともう何回も申したハズですよ? また同じ失敗を繰り返す気ですかこの方は?!
「料理は愛情と根気と手間暇かけてナンボなのですわ!」
「はーい。では、次はこれですね」
「待ちなさい。ナゼ材料表にない苺など入れようとしているのですか!? といいますかどっから出しやがりましたのですかこのボンクラ!! 冷蔵庫ですか冷蔵庫なのですね!? ああっ、わたくしの新作菓子の苺が盗られて……おのれ」
「マテ。待て待て待てまてぃ。ドウドウ、その振り上げた椅子を下してください、お願いします。ここ、厨房。俺、依頼主。礼金たんまり。OK?」
焦りながらもやっぱりにんまり口元が笑っているユズリハを見て、リコリスは怒るのが馬鹿らしくなった。
衝動と苛立ちに駆られて振り上げた厨房に備え付けの椅子を、依頼主の頭上に落すことなく元の場所に降ろす。ユズリハはほっと胸をなでおろして、秘かに対抗手段として後ろ手で手に取り、投げ付けようとしていた失敗作のケーキ群から手を離す。ユズリハさん、食べ物は粗末にしてはいけません!
「失礼。少し苛立ってしまいましたわ。わたくしは馬ではありませんことよ?そしてあの新作菓子は三日がかりの大作でしたのよ?」
「あはははは、ごめんなさい。美味しくなるかと思って」
「着眼点はよろしいですが、あなたの場合、基本がなっていません。先ずはそれをしっかり覚えてください」
「あはははは………努力します」
やはり、まったく悪びれた様子がなく、へらへら笑って失敗作を脇に退ける黒桜に、リコリスは頭を抱えて溜息をついた。
「いい? もう一度言うわよ? ふわふわ幸せ♪ パンケーキの材料は――」
『薄力粉、百グラム
砂糖、十から三十グラム
ベーキングパウダー、五グラム
卵、一個
牛乳、卵と合わせて130グラム
バター、十グラム』
「それを混ぜるだけ! またやって見せるから見てなさい!」
リコリスはユズリハを押しのけて、残った材料で手慣れた風にゆっくりと見せながら作る。作業手順をやりながら述べることも忘れない。
「―――先ずはバターは溶かしバターにしておきます」
充分に溶かしたバターを手に取った。
「①、小さいボウルに卵、牛乳、溶かしバターを入れよく混ぜる」
既に出してあった小さいボウルを手に取り、そこに鼻歌を歌いながらリコリスは材料を入れ込み、よく混ぜる。シャカシャカという音が小気味良い。
「②、別のボウルに薄力粉、砂糖、ベーキングパウダーを入れ泡だて器で空気を含ませるようにグルグル混ぜる」
宣言通り、別のボウルを手に取って中身を入れる。よっぽど重いのか、ボウルが手から飛んで行かないように注意して、その細い腕に渾身の力を入れてよく混ぜる。リコリスの額に汗が浮いた。ユズリハが手を貸そうとする。彼女に手を払われてキッと睨まれた。まるで『これは自分の仕事だから手を出さないで! そこで見てなさいっ』、など目だけでピシャリと云われた気がして、ユズリハは肩をすくめて傍観に徹した。技術を盗もうというのである。
「③、②のやや大きいボウルに①の小さいボウルの中身を注ぎ入れて、粉っぽさがなくなるまで泡だて器でグルグル混ぜる。粉っぽさがなくなったら混ぜるのストップ!」
言葉と同時に手を止めて、楽しそうに今度はフライパンを手に取った。魔法で火を着けてその上にフライパンを置く。ある程度熱したら、次の工程へ。
「④、フライパンを熱して濡れ布巾の上でジューっと冷ます」
エプロンドレスのポケットから濡れ布巾を出して、水で濡らして絞り、フライパンをさっと吹く。ジューッと冷める音がした。
「⑤、フライパンに油が必要なら油をひいて、生地を入れて中火で焼く」
彼女は説明しながら、油をさっと引いて、生地に材料を注ぎ込み、火加減を調節する。
「⑥、プツプツと穴が5〜6個くらい(大体でいいです)開いてきたらひっくり返してください。※穴が全て開く前にひっくり返すのがふわふわのポイントです! よっと」
フライパンと道具を駆使して、綺麗にパンケーキがひっくり返った。いい色の焦げ目がついている。匂いも香ばしくて美味しそうだ。ユズリハの鼻がひくひく動く。じゅるり、と口内に涎が溢れて来た。このままでも、見るからに美味しそうだ。
「⑦、裏面も焼いたら完成です。好きなものをかけて、好きなものをのせて食べてくださいね」
にこっと笑って魔女、リコリスはパンケーキをお皿にひっくり返して乗せた。お菓子作りの名人だけあって、匂い立つ香り、こんがり焼けた表面、ふわふわと柔らかい弾力、本当に美味しそうである。
「やはり一目で美味しそうだな。では、失礼して、味見を……」
フォーク片手にじゅるりと伸ばした手をリコリスが横から抓る。
「!? つっ、いででででででっ! なにするんだ! 味見くらい良いだろっ」
「あなたは最初に見せたわたくしのパンケーキを、まるまる一枚お召しになったではございませんか。それで十分でございましょう。さ、続きを」
「ちっ。ケチだな。ま、頼み込んだのはこちらだ。さっさと習得してやろう。次は出来そうな気がする」
「そう申されつつ、リンゴなどを切り出さないでください。ウチの食糧庫にはなかったはず。どこから出しやがりましたかこの器用ブキッチョ天邪鬼野郎っっ!!」
ユズリハはリンゴを切る手を抑えられて、無理やりリコリスに止められる。
彼女の叫びを質問と思い、貼り付けたなりそこないの微妙な笑顔で「どこって、黒コートの中から」と答えて、自分のコートの内側を見せようとする。
だが「見せなくてよろしいっ」と再度叫び混じりに止められて、少し残念そうに黒ロングコートの前を閉じた。
ちらりと見えた刃物や刀剣類、暗器の類に笛のような楽器らしきものがぎっしり詰まった内側など、リコリスは好んで見たくなかった。そこに混じってファンシーな動物ぬいぐるみや子供用絵本、果実などが工夫されて服に張り付くように収納されている姿なんて、リコリスは頭を抱えてまで見たくなかった。
ユズリハの手にボールと泡立て器を持たせて、作業を再開させる。
「もうちょっとおまえは遊び心を持った方がいいぜ?」
「うるさいですわ。こちらも暇ではないのです。さっさと習得してくださいませ」
「へーい」
まったく、精神的にも体力的にも疲れる客です。リコリスは目を鋭く光らせて監視しながらユズリハが自分のレシピの基礎をきちんと習得するまで付き合った。
◇◆◇
「で、出来た!」
日が傾いて暗くなる頃、顔に粉やクリームを着けたユズリハが歓声を上げた。完成度を見る為、リコリスが「どれどれ?」と言いつつ完成品を後ろから覗き込む。黒布に覆われた目隠しの下でユズリハが「どうだ、俺もやれば出来るだろう?」と胸を張って威張るなか、リコリスは口の端を引き攣らせて目くじらを立てる。
「………………どうしても、怒られたいようですね、あなたは」
「え?」
「ど・う・し・て、動いて・いる・の・で・す・かっ!!」
ちゃんと教えたハズなのに、完成品(仮)のパンケーキは、一番最初にユズリハが作ったパンケーキと同じく、いや、それ以上に立体的かつ自由に動き回っていた。ほんわりやわらかそうな良い匂いのする茶色い生地の上で。
『ふにょん、ふにょん、ふわふわ~』
ふんわり可愛らしくデフォルメされたどうぶつたちの顔。うさぎ、パンダ、猫、犬など。真っ白い泡状の何かで出来ている。まるで生きているみたいにゆるく踊り、ふわふわと揺れ動く白い物体。今にもそのぼへ~っと緩められた動物の口部分から、脱力系の歌が聞こえてきそうだ。
『ふにょん、ふにょん、ふわふわわ~』
スプーンで掬うと柔らかそうだが、食べるのに確実に勇気がいる。なんだこのゆるい顔は。何も考えていなさそうで何かを深く考えていそうなこの物体X。睨めっこをすれば、こちらが負ける。そしてこのへらりとした白い物体に笑われるのだ。ぜったいそうに違いない。なにそれムカつく。依頼人ともども滅びればいいのに。
部屋の空気が彼女の機嫌と共に数度下がっていく。同時にリコリスの眉間に刻まれていく皺をなんとかしようと、ユズリハは慌ててスプーンと一緒にそのケーキらしきものが乗った皿を彼女に差し出した。
「あ、味はいい筈だぜ? 味は。とにかく食べてみなって」
「………それもそうね。味見、は、しない、と……」
苦い顔で受けとり、少し迷ってじっと皿の上の物体を見る。目が合った。どこまでも馬鹿にしたファンシーな顔で「きゃははははっ」と明るく無邪気に笑っているように見える。リコリスはごくりと生唾を呑みこみ、決意を固めて一口食べた。
瞬間、口の中に広がる感触に驚いて目を瞬く。
「あ、意外。ふわふわとろとろ。口の中で程よく溶けるメレンゲとこんがり焼けたパンケーキ生地が絶妙よ。でも、なんでこんなアレンジを………」
「うちの子が動物好きだから」
「…………妙に納得したわ」
ユズリハの口の端がニヤリと悪戯っぽく釣りあがった。
リコリスは味わうように口の中の感触を楽しむ。
手作り感満載の家庭的な温かい味がした。どこか懐かしいと思わせる愛しさが詰まった味がした。スプーンで白い動物の頭をつつくとゆるく震えて避けようとする動物たち。くすりと笑いが漏れるのになぜか前が見えにくい。
―――ああ、なんでこんなに美味しいのだろう? きっと私の腕がいいせいね。きっとそうに違いないのだから。
「………あれ? 泣いている、のか?」
「泣いてないっ。目が染みただけ」
誤魔化すようにもうひとくち、ふたくちと食べすすめる。そのうち、お菓子で出来た真っ白いどうぶつたちは一匹、二匹と数を減らし、最後に残ったクマはその身を食われて小さくなっても変わらずへらりと笑っていた。
まるで『大丈夫だよ? 未来に不安なんてない。きみはきみの道を信じて進んでいいのだから』とでも言うように。―――考えすぎかもしれないけれど。
「………どう? おいしい?」
「……グスッ、動き回る以外は及第点よ。どういう仕組みか知らないけれど」
「シシシッ♪ 愛だよ愛。感謝の心さえあれば、美味しくなるのさ」
最後の一口を涙と共に呑みこむと、なんだかすっきりした気分になった。
「ご馳走さま。わたくしへの依頼は、これで、いいのかしら?」
「シシシッ♪ お粗末様でした。及第点なんだろ? 味が良ければそれでいい」
「そ。なんだかこっちまですっきりしちゃったわ」
「じゃ、俺の方もおまえの“オオババさまからの依頼”は完了だな」
「………どういうこと?」
ユズリハは舌をぺろりと出して手早く後片付けに入る。答える気はないということだろうか。
リコリスも手伝った。失敗作があったがユズリハが持ち帰るなので、保存用魔法をかけた箱に詰めて、持ち帰る為の籠に入れていく。失敗作と云ってもユズリハが余計なアレンジを加えただけなので充分食べられる。
リコリスは少しだけオスソワケを貰っておくことにした。実はこれも美味しい事は美味しかったのだ。動いたり、爆発したり、歌ったり、逃げ出したりしなければの話だが。
そうして粗方片付けが終わった時、二人は朝と同じくリビングのソファに向き合って座っていた。リビングの机の上には、完成したケーキの失敗作の一部と紅茶がそれぞれ並んでいる。彼らは比較的害のない失敗作を頂きつつ紅茶を啜った。
紅茶を一杯飲み終えた後、おもむろにユズリハが黒のロングコートの内ポケットから、鴉のぬいぐるみを机の上に出した。
リコリスは紅茶のカップを手に取ったまま、「なにそれ?」と呟くように尋る。
「財布」
「え? それが……?」
「まあ、見てなって」
ニヤリと笑みを浮かべてユズリハは鴉の羽根の間、背の部分にある内ポケットに腕を突っ込む。ずぽっと音がしそうな様子で手のひら全体が埋まり、両手で包めるほどの小袋をつかんで出てきた。その中身の量の多さにリコリスの顔がまた引き攣る。
「依頼完了、誠に有難うございます。つきましては白の魔女リコリスさまに礼金の受け渡しをしとうございます。よろしいですか?」
「なによ、改まって。さっきまでは普通にしてたくせに」
「こういうのは形式が大事だと思いまして。嫌じゃないだろ?」
「まあ、いいけれど。報酬は5000ルナ(5000円)。またはお菓子作りのレシピおよび、わたくしの知らないなんらかの知識よ。どれか選んで支払ってくださいませ」
「………意外に安いな。様々な国のお金に分けて100万ルナ(100万円)は持って来たのに拍子抜けだ」
「ひゃ、ひゃ、百万ルナですって!? あ、あなた、どれだけ金持ちなのよっ!? 間違っていてほしいと思ってたけれど、あなたの職業って、うそじゃないの!? 本当に裏稼業の人!? ウッソー?!」
「馬鹿かこの魔女。表世間一般において、迫害対象のハーフエルフがまともな職業に就ける訳ないだろこの菓子作り馬鹿魔女。それに俺は赤と紫、色違いの目を持って生まれたからな。好事家に売り飛ばされるより人殺しでも高給取りな刺客選ぶっつー俺の心意気と大食漢な可愛い可愛い俺のちゆへの愛を疑ってたわけか。へ~………」
驚くリコリスを冷めた目で見ている気がするユズリハ。ムカつくが、目隠しの上からでもなんとなく客の機嫌を損ねたことが判って、リコリスは謝る。
「ごめんなさい。あなたの子煩悩は疑ってたわけじゃないけれど……ハーフエルフってほら、本当に珍し……ごめんなさい」
じろりと睨まれて何も言えなくなる。
ユズリハはひとつ溜息をつき、「ま、いいけどよォ」と膝の上に片肘をついて頬杖をした。そのまま失敗作を完食し、お茶を飲み干す。
「ごちそうさん」
財布から1000ルナ紙幣五枚を出してリコリスに手渡す。他のブツは鴉のぬいぐるみバックの中へと、元のように戻した。それをコートの内側にユズリハは仕舞う。
―――あのコート、どういう仕組みになっているのかしら?
リコリスは不思議に思っても、お客様のプライバシーに関わる問題なので問えない。本当にどうなっているのだろうか。気になる。
だが、それは置いておいて、リコリスは支払われた金銭の確かめをした。
「二、四、六、八……ええ、確かに頂きましたわ。ありがとうございます」
ユズリハは「シシシッ♪」と笑って去って行った。
リコリスは家の戸口に立ち、月が照らす暗い森の中にユズリハが消えていき、完全に見えなくなるまで手を振って見守り続けた。
それはフクロウが鳴き、花の良い匂いがする月夜の綺麗な晩のこと―――。
◇◆◇
ユズリハが依頼を持ち込んでから数日後。
森から近くの町に出る街道の端で、リコリスは非常に困っていた。
「………う?」
「………この子、何処の子なの?」
もきゅもきゅとひたすら何かを食べ続けている真っ白い髪の幼女。姿形、どこをどうとっても美しいエルフの幼女。新緑色のフード付きマントと白いワンピースに身を包み、食糧が入った袋を引き摺ってリコリスの前に立ちはだかった旅装束のこの幼女を―――………いったい………どうするべきか。
リコリスの心中を知らず幼女はもきゅもきゅと一心不乱に、ぽやんとした顔で何かを食べている。………可愛い。すっごく抱きしめたい。頬ずりしたい。お持ち帰りしたい。
そんな思いを込めて悶々としていると「………う~?」と鳴きながら幼女が小首を傾げた。
………ダメだ。可愛すぎる。この子、親は何処なのよ? 放置しておくと人さらいに攫われてしまいそう。え、餌付けは……可能、でしょうか?
手をわきわきさせつつリコリスがお持ち帰りした衝動を耐えていると、エルフ幼女のお腹が盛大に音を響かせた。
「………ちゆ、お腹………すいた……」
『ちゆ』、それがこの子の名前だろうか。どこかで聞いた気がするが……どこだったか。
今さっきまでずっと食べていたでしょう? というツッコみを押しやり、リコリスが見ていると、幼女はそっと目を伏せて食料が入っていたハズの袋を探る。すぐに食べられる果物や食料でぱんぱんに膨らんでいた袋は、いつのまにかぺっちゃんこになっていた。彼女は袋に頭を突っ込んで中身を探るが、やはり空らしい。マントのポケットから、どこかで見たことがある気がするファンシーな顔をしたカラスのぬいぐるみ鞄を出して、逆さに振る。
着替え数着と飴玉の包み紙、短剣、火付け道具、その他旅の必需品が出てきた。されど食料の類はもうないらしい。さもありなん。先ほど彼女が食べつくしてしまったのだ。
うりゅっ。幼女の目に涙が溜まる。
「………ちゆ、ごはん……ごはん~~~っっ………!」
出したものを涙目で片づけたら、ひもじそうに指をくわえてリコリスの横をすり抜けて行こうとする幼女。どうやらリコリスに頼るという選択肢はないらしい。
「……って、待ちなさいっ!!」
「………う?」
指をくわえたまま、小首を傾げて振り返る幼女。ぼーっとした様子でリコリスを見上げる。くっ、可愛いっ。
「良かったらお姉さんがご飯、用意してあげましょうか?」
とてててててて、こてん。
擬音語がつくなら、そう音がつきそうな勢いで幼女はリコリスの方に駆けてきて、こけた。
「わあっ、だ、大丈夫?」
「………ん。だい、じょう、ぶ………」
よく手入れされた足首まで伸びる長い白髪を自分で踏みつけたようだ。小さい彼女は涙に濡れる目を擦って強がる。
「大丈夫じゃないの。うち、おいで? おいしいお菓子を用意してあげる」
「お菓子!」
とたんに目をキラキラと輝かせて喜ぶエルフの少女。リコリスの頬がだらしなくゆるむ。
「こらこら、ちゆ、ダメじゃないか。はぐれた上に、知らない人から食料を貰っちゃいけません。めっ、だぞ?………おや?」
リコリスは驚いて目を見張る。聞き覚えがある声が突然降って来たと思ってその方向を見たら、ユズリハ・コクオウと名乗っていた数日前の客がそこに居た。
「おかし、もらえない……? いーやーっ………!」
「ええと………」
「あはははは……」
ユズリハは目隠しを少しずらして、戸惑ったように目を細めて苦笑する。お互いにここで再開するとは思わなかったのだろう。リコリスも似た笑みを返して歩み寄った。
「この可愛いエルフの少女はあなたの子供?」
ユズリハのロングコートの後ろにしがみついた少女を指さして、リコリスが問う。
「そ。といってもエルフである父の弟のそのまた子供の子という遠い親戚の子だけどな。俺はこの子にとって、名づけ親で、養父か養母で、大叔父とか大叔母なんだよ」
「前々から聞きたかったんだけど、あなたの性別ってどっちなのよ?」
「さァな。当ててみろ。俺の特技は変装。性別なんて数十年前に捨て去ったわ」
「………わたくしにはとても無理そうね」
くいくいっ、ちゆがユズリハの服の端を引っ張った。ユズリハとリコリスは視線を下に向ける。
「旅人兄ちゃ、知り合い………?」
「リュレン?」
「ん。兄ちゃ、名前……。もしかして、また、姉ちゃ、なまえ、かえ…てた?」
「この人に会った時は、柚李葉・黒桜って名乗ってたな。だけどちゆはそのまま『リュレン』でいい。本名は、ラウ・リュレン・ズー・シュレイ……うん、俺もうろ覚えな長ったらしすぎる本名の一部だ」
一瞬、視線を彷徨わせたことから、自分でも本名は本当に覚えていないらしい。リュレンという名前を今は使っているらしいユズリハは、優しい親の顔をしてちゆの頭を撫でる。そんな顔も出来たのか。そしてやっぱり偽名だったのか。という思いがリコリスの頭をすり抜けて行った。それよりちゆちゃん可愛い。嬉しそうに撫ぜてもらいながら、くすぐったいのかほのかに笑ってユズリハの手をぺちぺち叩くさまが可愛くて仕方がない。お持ち帰り、していかしら?
「ん。わかった。それで、この人………は?」
「ちゆの大好きな『うごく動物ケーキ』のレシピを提供してくれた人だよ」
「正確には普通の『簡単、美味しい、パンケーキ』のレシピなのですけれど。あれ、まだうごきやがりますの?」
「………ん。ちゆ、あのへんてこケーキ、大好き………♪」
にこっと控えめな笑顔で可愛く言い切られてしまえば、リコリスは何も言えない。
「そう。気に入ってくれたようで良かったわ。白の大魔女、リコリスよ。趣味はお菓子作り。得意なのは癒しの魔法。よろしくね」
「ちゆはちゆ。ゆきはらのちゆ。雪原・ちゆ。よろしく……ね?」
たどたどしく一生懸命に挨拶をして、ぺこりと頭を下げるちゆを見て、ついにリコリスの理性が壊れた。
「可愛いぃぃい~~~!!」
「わわわっ……!?」
ふわふわで柔らかい身体をめいいっぱい抱きしめる。腕に収まるくらい小さくて、食べ物の良い匂いが体に染みついていた。黒桜が怒る。
「おい」
青筋立ててリコリスをちゆから引きはがし、投げ捨てた。ちなみに現在地は、街に続く森の中の街道である。堅いレンガが敷かれた道で尻もちをつくと少々痛い。
「いっ、たーーーっ」
「自業自得だ。ウチの子に突然なにしやがる」
「しっ、仕方がないじゃない。可愛いものは可愛いのだもの」
「………う?」
首をかしげるちゆを抱え上げて、厳しい顔で近づく黒桜。リコリスは少し後ずさる。
「な、なによ?」
戸惑うリコリスの正面まで来て、黒桜はにぱっと笑った。
「お前、わかってるじゃねえか! うちの子可愛いよなっ、なっ!?」
「え? ええ、そうよね。思わず餌付けしたくなるわ」
「それは止めてくれうちの子、マジで餌付け簡単だから。パン一欠けらでも人についていくくらい餌付け簡単だからマジ止めろ」
「兄ぃ~っ、おかし、ごはん……」
「おっとごめん、ごめんちゆちゃん」
「じゃ、二人とも一旦、ウチに来なさい。ご馳走してあげる」
「わ~い…! リコリス、さん、だい、好き♪」
「わっ、ちゆ、てめっ。俺は、俺は? 俺はどうなの? 好きだよな? 産れた時から一緒にいるンだから」
「リュレン兄ちゃん、うるさい」
「しくしくしくしくしく………」
「はっ、勝った」
ちゆにバッサリ切られたユズリハは、膝を抱えて泣き真似をする。リコリスは秘かにガッツポーズを決めてちゆに駆け寄った。
「だけど………兄ちゃ、だい、すき…♪」
「ちゆ~っ!!!」
「わわっ、なの…です」
「私も私も~! ぎゅうってちゆちゃん抱きしめたいっ」
「来る…いい、の」
三人で抱きしめあい、大団円の予感。
彼らはこの後、リコリスの家で料理に舌鼓を打ち、リコリスの魔法のお菓子とユズリハのお菓子を交互に食べました。そして、食糧庫の一年分の食材を食べ尽くす勢いで食べまくるちゆの食べっぷりにリコリスが驚くことになるのですが………それは余談。
今日はこれにて、おしまい、おしまい。良かったね。
「あ、ちなみにリコリス、きみの魔法の師匠であるオババさまから『お菓子』か『魔法』か、どちらかで悩んでいるらしいきみの様子を見て来い、そして悩みを解決してすっきりさせろ、ってのが俺が受けた依頼だったのだが、依頼達成でいいよな」
「え、え? ハァっ!? あのオババさま……そんなこと気にして」
「………う? ごはん、おいしい……♪ おいしいは、せいぎ……♪ しあわせ……♪」
END.
リコリスが作った「パンケーキ」は、ネットの「クックパッド」に載っています。料理サイト。パンケーキで検索したら出てきました。リラックスティーも同様に検索したら出てきましたが。こちらはお茶が趣味のサイト様から。
ゆれうごく動物たちのメレンゲ部分以外は簡単に実現可能ですよ~?
メレンゲは……ええ、やる気のある方、頑張ってクダサイ。真っ白いメレンゲは甘くて美味しいそうです。メレンゲクッキー、おいしいだろうなぁ。じゅるり。
ちなみにメレンゲとは、卵の白身を泡立てたモノ、だそうです。素人には少し難しいそうな。
即興小説。『うごくどうぶつけーきはどんな味?』
書き足してなんとか短編にしてみました。文章量多いですが、なんとか纏っている……ハズ!! と、思いたい、です。
柚梨葉・黒桜と雪原・ちゆは、私がTBWゲームをするにあたり、創造した子たち。ツイッターの方に絵師さまに描いて貰った画像がひっそりとあったりします。リコリスは、お菓子作りが大好きなふわふわ系お姉さま魔女。書ききれなくてごめんなさい。リコリスは今回、わたしの中では、ついでの脇役だったものですから。書いているうちに、ガッツリメインはってますけれど。(笑)
最近、夏も近づき、レポートもたまり、気も滅入ってスランプなのですが、書き上がってよかった! ぐずぐずしてると一ヶ月ほどかかりました。(べしゃりと崩れ落ち)
お粗末さまでした。(礼)
※2015年/五月/23日、金貨十枚→消去。ノリで書いたらしいものなので、レートを聞かれたら答えられなかったのが敗因。ごめんなさい。その代りに1000ルナ紙幣五枚=五千ルナ=五千円と書き替えました。金銭面のレートは数学苦手な文系の私には無理でした、無理だったんだよ、無理でしたんだよぉぉぉっ。
※月の国、星の国、太陽の国の三国は、世界観が『夢旅優の異世界旅行記』(×同習作幾つも書き直し挫折済)というかなり前に挫折して、数年かけて練り直そうかどうか迷っている話の世界観と同じでございますね、今回。(多分)
異世界ファンタジーで、三国戦争や、友情中心に、長編書こうとして、詰んだ。
我が初の長編挑戦小説にして、中身の詰めが甘い小説。
世界観だけは無駄に大まかにつめていたので、多分、流用したのだと、思われます。かしこ。(ノリと勢いで短編は書き上げるので、あまり覚えていないけれど)
※ちゆの持ってる鞄を、パンダ→カラスに変更。リュレンの持っていた鞄と同じにしてみました。ごめんなさい。