おだっくい(お調子者)
朝九時に出勤。掃除など開店前準備をこなし、十時開店。そこから客の入りを見ながら接客しつつ事務処理をし、合間に厨房の手伝いもし、隙を見た一時間の休憩でまかないご飯とデザートを食べる。そして、十七時の閉店後、片付けをし、レジを締めて帳簿に書きつけ、十八時に家に帰るというのが一日の流れだ。
定休日の水曜日を含め、どこか平日の一日が休日と決められていて、それ以外は毎日同じスケジュールで過ごしている。
正直、営業時間が短い気がしていたけれど、立地や規模の面もあってこの時間らしい。確かに、朝は通勤する人が目の前の道をバンバン通るだけで、寄るとすればコンビニくらい。夜は日が落ちてしまうと、ただでさえ風景に溶け込んでいるこの店の形が見えなくなり、そして表の通りは農家が多く、イチゴの収穫時期が終われば早々に店じまいをしてしまうので、それ以外の時期は閑散としてしまい余計に客が入らなくなるのだ。
私はこの勤務時間だけど、店長はずっとこの店にいる。むしろ住んでいるんじゃないかと思うほどだ。奥の座敷の押入れには、一組の布団があるのは知っている。それを店長に聞いてみたら、一人でこの店をやっていた頃、通販が忙しくて家に帰れない時期があり、その際に使っていたものらしい。ほかにも、台風などで帰宅できなくなったとか、そういう時用の非常用だと。もともとこの店舗は一般住宅を改装したので、ところどころ名残がある。湯桶を取っ払ったお風呂場は、シャワールームとなっていて、傍には洗濯機が置かれていた。そしてバックヤードに物干し場があって、これはまあ確かに住めそうだ。
しかし、私がいるようになってから、ちゃんと帰宅できているし、ちゃんと眠ることができるから助かる、と不愛想な顔をしながらも礼を言われて、「でしょ?」と、なぜか得意げに返事をしてしまい、また怒られた。
なんだかよく怒られている気がする……店長から。
寡黙なおっさんだと思っていたけれど、どうも私に対して扱いが荒いというか、雑というか……
オーナーは、そうぼやく私に、カラカラと笑いながらフォローらしきことを言ってくれた。
「雅は、おしゃんべりだけぇがまめったい実加ちゃんが気に入ってるようだで、おとましいけぇがやっきりせんでな」
「……はぁ」
方言がわからないけど、たぶんフォロー。一応頷いてみたのものの、聞き返すのも何なので、あえて聞かなかった。静岡は方言がないと思い込んでいたけど、これは……なかなか……
ちょっとずつ方言も覚えて、お客との会話に生かそうと思う。
それぞれの進路から三ヶ月が過ぎ、生活のリズムが落ち着いてきたので、久し振りに会おうよ、と高校時代のメンバーとSNSで盛り上がった。そのうち県外の大学に進学していた友達も、ちょうど実家に帰省するからと、とんとん拍子に話が進んだ。
【じゃあ、今度の土曜日でいいかな】
【賛成ー! 駅南の居酒屋ね? 十九時集合でいいかな】
【あ、私ちょっと遅れる。あと、次の日も仕事だから早めに帰るよ】
【あれ? ミカって何の仕事だっけ】
【えっと……ぱ、ぱてぃしえーる……的な?】
【なんで平仮名なのなんで疑問形なの】
【あやしー! ねえ、それじゃランチはミカの店へみんなで行かない?】
【いいね! それじゃ――】
【え、ちょっと、まってよ! え、ええー!?】
「軍曹、助けてください」
「軍曹……?」
「えー、だって大将って呼ばれるの嫌だって、前言ってたじゃないですか! ワガママだなあ!」
「大将じゃ収まり過ぎるだろ。そもそもサ店での呼び方ではないぞ」
「似合いすぎて困るんですかそうですか。知ってましたー。……ところで、サ店てなんですか?」
「……時代か、これが時代なのか」
地味にダメージを喰らったらしい店長はさておき、私はいま大問題に直面している。
土曜日の昼に、友達が私の作ったデザートを食べに来るというのだ。まさかあんたが? という私の不器用さを知っているだけに、冗談でしょ、と即座に笑われた。
できるわけないと最初から否定され、そこで思わず、「できる」と大見得を切ってしまった。言った直後に後悔したけれど、口から出てしまった言葉はもう戻らない。
これは、なんとかしないといけない……
意地でもなんでも、小さなプライドを守るために頑張るのだ!
それだけに、店長の協力が必要なんだけれど、サ店という訳のわからない単語出されて勝手に凹んでいるようじゃ、当てになるのかならないのか。
しかしここは恥を忍んで何とかお願いをしないと。大勢の前での大きな恥より店長だけの小さな恥、なのだ! いざ!
「店長様。お願いがあります」
今度こそ下手に出てみる。店長は若干嫌そうにしていたけど気にしない。
「今週末に、私の友達が店に来るんです」
そう切り出すと、店長はスジスジした筋肉の腕を組んで唸るように言った。
「……大体わかった」
「えっ、何でわかるんですか。もしかして店長ってエスパー?」
「アホか! お前は調子がいいからきっと自分が作っているとか誇張したと容易に想像がつくだけだ!」
「当たってるし!」
「当たってるのか!」
なんて無謀な……と頭を抱える店長に、いやいや私も出来ますって、と胸を張る。
店長は、深いため息を吐いて、指折り数え始めた。
「卵を割る、泡立てる、混ぜる……この三つで何が作れるんだ……そもそも実加は材料を量れない」
「なんとかなりますって」
「お前のその根拠のない自信がどこから来るのか知りたいな」
「店長、お願いします! 私でも作れるような簡単さ、かつオシャレで手が込んでそうに見えるデザート教えてください!」
「無理だ」
「そこを何とか!」
にべもなく断られてしまうけれど、しかし私は小さなプライドを守るために、後には引けないのだ!
その日朝から晩まで一日中店長に纏わりついてのお願い攻撃をする。もちろん通常業務もこなしながらだけど、顔を見るたび声をかけ続ける私に、さすがの店長も根を上げた。
「……頼むから仕事しろ」
「店長が頷いてくれるまで頑張ります!」
「方向性が違うだろ!」
「お願いします! あの、私何でもしますから!」
なかなか色よい返事をもらえないから、私も気が焦っていたから、つい口走ってしまった。
しかし、言った瞬間、やばいこれ何でもしますってあんなことやこんなことされるパターンだ、とお約束の漫画展開を頭に描いてしまった。いやしかし店長だし。まさか店長がそんなことをするわけがな――
「口に出して言っているぞ馬鹿者!」
「わー! ごめんなさいー! でもお願いしますー!」
それでもしつこく頼む私に、店長はうんざりした顔で「わかったから……とりあえず仕事しろ」と言い残し、バックヤードへ。
よしよし、私は勝利を勝ち得た! これで大丈夫――の、はずだった。
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