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店長の思惑

 厨房の横にある和室で、二人ちゃぶ台を挟んで向かい合い、黙々と作業をする。客が来ても、ドアベルがあるからすぐに対応できるけれど、今日はまだ一人も来店していないので、奥に引っ込んで焼菓子の箱詰め作業に専念できるのだ。


「店長。今日も客来ないですね」

「そうだな」


 ガサゴソという音だけしかない空間に飽きてしまった。基本的に私はお喋りなのだ。喋ってないとおそらく死ぬ。そこで、目の前にいる恐怖の大王からただ怖い人へとシフトチェンジした店長に話しかけた。そう、毎日会っていれば店長の見た目にもなんとなく慣れるものだ。


「ねえ大将」

「だれが大将だ」

「いやだって店長ってば大将の方が圧倒的に似合いますよね。ガタイいいし」

「……」

 

 あ、黙った。自覚あったのかな。

 手元は休めず、美しい焼き色を見せるマドレーヌと、色とりどりのマカロンを箱の端から順に並べていく。


「あのですね、提案があるんですけど」


 働き始めてから、いつか言ってみようと思っていたことがある。丁度いい機会だし、と思って店長に話そうとすると、怪訝な顔をされた。


「なんだ。賄いなら一食だけだぞ」

「えー! 二食……いや、一食にプラスデザートがいい……じゃなくてですねっ!」


 賄いは、お昼ご飯のみ支給される。もちろん店長お手製の美味しいごはん! 店で出すランチセットと同じものが食べられるのだ。それを休憩時間を兼ねて食事ができる。毎日違ったメニューを堪能できて、しかも素晴らしい景色を眺めながら食べられるだなんて……それだけでもここにきてよかった! と感動に打ち震えている。ここへ更にデザートまでついたら……そのうえ仕事終わってお夕飯まで食べられたら……と、欲は深まるばかりだ。

 しかし、いまそのことを言いたいわけではない。


「表のサービスは私に任せて、店長は顔出さないで裏方に徹したらどうでしょうって言ってるんですよ」

「……なんだと?」

「だーかーらー! 店長見た目が極悪過ぎて怖いんです! 私だって最初すっごく怖かったんですから!

 見慣れた今はそうでもないんですけどね!」


 いきなり切り込み過ぎたかな、と思ったものの、喋り出したら止まらなくなってしまった。店長は『見た目が極悪過ぎて怖い』と言った途端天井に目線をやったので、もしかしたら誰かに指摘されたことがあるのかもしれない。


「何気に酷いなお前」

「慣れです、慣れ。見慣れれば何とか大丈夫です。でも、お客さんが来ない……っていうか常連さんができないのって……やっぱ店長の見た目のせいじゃないんですか?」

「……」


 店長。図星だと黙る派なんですね。

 私がこの店に客で来た時から、ずっと思っていた。店長の見た目で損している、と。

 こんなに車通りがあって、こんなに立地も景色もよくって、こんなに料理が美味しい良いお店なのに、どうして客が来ないのか。……それはつまり、サービスだ。ファミレス時代に分かったことだけれど、接客次第で、また来ようという気になるか、もう二度と来ない! となるか……。おっさんの無表情と一応サービスをする人間によって、店の印象が変わってしまうのだ。

 店長の見た目は、料理より瓦割りの方が似合っている。そんな大男が不愛想に出迎えたらどう思うか……。頑固オヤジ風でこだわっていそう、と好意的に受け取る人もいるだろう。けれど、そうじゃない人が多かった結果、閑古鳥なのだから、推して知るべし、だ。

 キッパリ言い切った私に、店長は怒らず、筋肉が盛り上がった肩をため息と共に落とした。


「寺田さんの言う通り、実は接客が苦手だ」

「あっ! また苗字で呼んでる! あと、実はって切り出すほど隠せていませんよ!」

「容赦ないな……」


 こんなごっつい大男から、『寺田さん』と、苗字にさん付けされるとむしろ怖い。いっそ名前で呼んでくれと言ったら随分抵抗されたけれど、『じゃあ、私は名前で呼んでもらえるまで、店長の事〝まーくん〟って呼ぶことにします!』と宣言したら、一時間もしないうちに降参し、結果名前呼びに決まった。しかしまだ照れがあるようで、ちょいちょいと間違う。だからその度に、ビシッと厳しく指摘するのだ。

 今まで私は、公以外で名前しか呼ばれたことがない。だから苗字で呼ばれると、名前と違って反応が鈍くなる。毎日十時に珈琲を飲みにやってくるオーナーも、今ではすっかり名前呼びだ。無理に押し通した呼び方だけど、店長に実加って呼ばれるのは、なんとなくいい気分になった。

 店長のことは店長と呼ぶけれど、それは……店長は店長だからかな。それ以外なんとなくしっくりこないから……と、あだ名を考えていたら、「やめてくれ」とひどく疲れた顔をして断られた。


「では、私が主に接客ってことでいいですね?」

「ああ、頼む。――俺からも提案がある」

「なんでしょう提案って。内容によっては……そうですね、賄い二食……いや、デザートを付けてくれるなら……」

「受けてくれるのならいいだろう」

「じゃあ受けます!」

「おい、聞いてからにしろせめて」

「え、じゃあなんでしょう」

「店や通販の宣伝に、てら……実加を使っていいか」


 私を?

 どういうことだ、と首を傾げると、店長は作業の手を一旦止め、ちゃぶ台の上で手を組んだ。


「俺の見た目について……。さっき実加が言った通り、それは重々理解している。通販の方は顔が見えない相手だからそれなりに売れ行きはいいが、店舗の方は見て分かる通りだ。しかし、この店を任されているからには、こちらの方にも力を入れたい」

「はぁ……」

「俺が作るのは当然だが、宣伝にはお前の顔が必要だ」


 なんで私である必要があるのかな。察しの悪い私に、店長は誰もいないのにキョロキョロと辺りを確かめ、身を乗り出してきた。

 ちょ、怖いし。


「女性が前面に出ていれば、俺が作っていると思わないかもしれん」

「えっ! つまり私が作ってるってことに? それって騙すことにならないんですか!?」

「声でかい、バカッ!」


 びっくりして大声出した私に、店長は慌てて諌める。私も「すみませんっ!」と、思わず身を縮めた。

 店長が私に頼みたいことというのは、つまり、厳ついおっさんの腕組み写真よりも、私が商品説明していた方がお客様にとって安心できるのではないか、ということだった。

 もちろん店長が作るんだけどね。

 私が作った、とは書かないんだし、あくまでもモデル的なだけだから――と。

 店長の言う提案を、私は賄い一食にプラスデザートで請け負った。正直誤解されるかもしれないのは嫌だったけれど、デザートは食べたい。……つい、デザートの方へ気持ちが傾いてしまった結果だ。


「お前が作れるようになれば問題ないだろう?」


 再び作業を始めたちゃぶ台の上には、発送用の伝票がずらっと並べられ、セットの内容を確認しながらペタペタと貼り付けていく。うん、この分なら夕方発送する便に間に合いそうだ。


「なんの無茶振りですか」

「空想を現実にすればいいだけの話。よし、明日から特訓だ」


 今日の発送が終われば、少しだけ時間が空く。そこを使って私にお菓子作りを仕込むと店長が言いだした。己のスペックはよく分かっているので、全力で拒否をしようと立ち上がったら、同じく立ち上がった店長の威圧感で押されてウッカリ頷づいてしまった私だった。



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