ここが私の……!
「お待たせしました。イチゴパフェとチーズケーキです」
私の目の前には、いつもと同じか……それ以上の美しさのイチゴがズラリとパフェグラスに並べられている。真っ赤なルビーのような真紅で、皮がパンッと張り、まさに採れたて新鮮なイチゴ!
お母さんのチーズケーキにも、前回と同じか、それ以上にこんもりと生のイチゴが盛られている。
紅茶とコーヒーをそれぞれ並べられている間も、じっと目の前のパフェを見つめ続けた。そして、スプーンを手に取り、「いただきます」と、喉をゴクリと鳴らしながら、ひとさじ、生のイチゴと生クリームを掬って口に運ぶ。
「んんんんんーー!!」
思わず拳を握って唸る。これぞ私の求めていた味! ――いや、いつもより生イチゴの味が濃い気がする。口の中で広がる甘酸っぱさがどこまでも爽やかで、びっくりするほどじゅわっと果汁が出てきて……ああ、幸せ!
そして視線は海が広がる窓へと移動する。
こんなにも美味しいデザートを食べ、こんなにも美しい景色が独り占めできる空間って、なんてステキなんだろう。
――あっ……
ふっと自分の頭の片隅に掠めたひらめき。
それは、自分で言うのもなんだけれど、まさに〝天啓〟に思えた。
「ね、お母さん」
「なあに? 半分こするの?」
「……私、ここで働く」
「え?」
「卒業したら、ここに就職する!」
ガシャン、と厨房の方から食器の音が聞こえた。
「はっ? 何言ってるの。ここに就職って……馬鹿なこと言ってないの。ほら早く食べなさい」
お母さんは、また思い付きで言っているわね、みたいな態度で受け流していたけれど、私はもう走り出した思いは止まらなかった。
ぼんやりしていた自分の将来。みんながそうするように自分も受験して、大学いって、そこそこの会社に就職して……と、特に目的も夢もなにもなく、ただ〝そうするんだろうな〟と思っていた。
どうしてもやりたい仕事があるから、この大学に入って、その間に資格を取って――など、全く考えていないほど、夢も打ち込めるものもなく。
しかし現実はそんな私を待っていてはくれない。
進路について二年生の頃から担任と同級生など話し合う機会も多く、部活動や得意分野を伸ばしたい人がとっくに受験準備を始めていたことに驚いた。そして、羨ましく思いながら――嫉妬した。
私も、夢が欲しい。
これといった趣味もなく、こんな私がこれから先夢中になれることがあるのだろうかと、ほんの少し前まで友達と話していたのに、こうも一瞬で未来が色鮮やかに広がるなんて、思ってもいなかった。
「私、本気だよ。卒業したらここに就職したいの。もう決めたんだから」
「決めたって……あんたってば変なこと言って」
「変じゃないもん。ここがいいの!」
ここで負けたら人生が終わるくらいの勢いでお母さんに宣言した。お母さんは、始め鳩が豆鉄砲を食ったような表情だったけれど、私が言っている意味が解ると、みるみる眉を吊り上げて猛反対をしてきた。
「馬鹿ね、あんた簡単に将来決めるんじゃないわよ。とりあえず大学に入って視野を広げてからじっくり考えなさい。大体、ちゃんとお勉強してるの?」
「お母さん!」
「それに」と、お母さんはチラリと周りを見て人がいないのを確認してから、小声で囁く。
「――そもそも、この店に人手がいると思うの?」
確かに、今日も客がいない。初めて見た客かと思っていたおじいちゃんは、実はオーナーだというし、じゃあこの店は何で成り立っているのだろう。
お母さんに突き付けられた問いは、考えるまでもなく〝人手はいらない〟だ。
「お嬢ちゃん、おらっちんとこ店で働きてぇのか?」
私とお母さんの言い争いは、客のいない店内では筒抜けもいいところだ。思いっきり聞こえていたのなら丁度いいとばかりに、私は立ち上がっておじいちゃん――オーナーの所に歩み寄る。
「私、高校三年生なんです。卒業したらこの店で働かせてください!」
いっそ直談判だ! と、オーナーに直接頼む。お母さんが「実加!」と怒りの声をあげ、その騒ぎを聞きつけたらしい大男が、厨房からのっそりと出てきた。
ええい、この際だから大男にも頼み込もう!
「お願いします!」
頭を下げ必死の思いで願う私へ、大男は一言だけ寄越した。
「必要ありません」
「えっ……」
「人は足りていますから」
「そんなぁ」
一刀両断されてショックを受けていると、お母さんが私の腕を引っ張った。
「だから言ったじゃないの! も~。ご迷惑おかけしてすみません」
ペコペコと頭を下げて、力を込めて私を引き下げようとするけど、その場に踏ん張って「お願いします!」と再度声を上げる。すると、オーナーがなぜかパチパチと拍手して立ち上がった。
「いんやぁ、こん店褒められて悪ぃ気しねぇなぁ。おい、雅。ちーっとばかのこんだで、ええら?」
「そう言われましても……」
「てんだいしてもらえりゃ、お前ぇもちーっと楽になんだで」
雅? 大男の名前なのかな。どうやらオーナーは、私の援護をしてくれるらしい。方言はよくわからないけれど、なんとなく言葉のニュアンスで分かった。
苦虫を噛み潰したような表情の大男は、深いため息を吐きながら私に向かう。
「もし――短大以上の学校を卒業して気が変わらなければ」
「えっ……」
一瞬喜んだものの、あれ? それって、早くて二年……いや、三年ほど先のことじゃないの?
戸惑う私に、大男は丸太のような腕を組んで条件を出してくる。
一、最低でも短大は卒業すること。
二、他のお店で接客のバイトを二年続けること。
三、それまで、この店に来ないこと。
「えー! 嫌だー!」
一、二まではふんふんと頷いていたけれど、三番目の条件を出されて思わず声がでた。ただでさえ三年後のことなのに、それまでここに来ることができないだなんてありえない!
オーナーも目を丸くして窘めたけれど、そこは頑として大男は譲らなかった。
「俺は別に居なくても構わないのです。だから、それでも良ければ……ですよ」
この男は、私が単に気分で言い出したことだと思っているのだろう。なんか癪に障る。気付けば、お母さんの手から逃れ、腕を組む大男の前へ飛び出し、これ見よがしに腕を組んで向かい合う。
「いいですとも! 私が本気だってこと見せてやるんだから!」
無鉄砲だ、物おじしない、とよく言われる私の性格は、ここでも発揮された。今に見てろよ、と見返してやる気満々で自信をもって断言する。それを、傍で見ていたオーナーが、ヒャヒャヒャとお腹を抱えて笑い出した。お母さんは私の後ろで見えないけれど、きっとオロオロしているだろう。
私は目の前に対峙する大男を見上げながら、ビシッと背中を逸らし、高らかに宣言した。
「三年後よ! それまでこの店潰したら承知しないんだからっ!」