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見えない壁



 で、なんでまた来るのかなあ。

「見開きフルカラーで押さえてあるの。早く入稿しないと間に合わないのよ」

「できません」

「あなたからも説得して欲しいのよ」

 昨日店長が断った――はずの三堂さんが、懲りずにまた店にやってきた。やはり一筋縄ではいかない根性を持っているなと、いっそ感心する。

 あんなにも全力で無視していた私にまで絡んできたところを見ると、手を尽くした感はあるけれどね。

 でも、店長だけに絡まれるより、よっぽどマシだ。二人の世界を繰り広げられ、私が勝手にイライラするだけなんだけど、その対象が分散しただけでも気持ちの負担が減る。

 三堂さんの、『読者からのレビューも高評価だし、もっと有名になって欲しい』という熱意は分かる。私だってそう思うから。でも、二人で回している店の運営は今が限界だし、そもそも店長はそこまで欲を持っていない。オーナーも然り。

 無理矢理押し掛けた店員は、私以外増やす予定はないと、きっぱり言っていた。

 だから、どう頑張っても掲載許可を出すわけがないのに、それでも三堂さんは諦めない。

 読者投稿コーナーならこちらの許可を取らなくてもいいのに、どうしても特集を組みたいからだそうだ。

「せっかくのチャンスだし、私も全力でフォローするから」

「店長はお断りしたと思うのですが……」

「もうね、首を縦に振るまで通ってやろうと思うの。だから協力して? ね?」

 開店前のレジ周りの準備をしているのに、正面に立たれてやりにくいったらありゃしない。

 するとそこへ、鋭い声が突き刺さる。

「あかね――いい加減にしろ」

 厨房から、のっそりと店長が不機嫌オーラを纏いながらやってきた。

 ピリッとした空気から、店長の苛立ちが伝わる。うわぁ、ラスボス急に怖いよぉ!

 ほぼ毎日一緒にいる私ですら、シュッと背筋が伸びるほどなので、正面から当てられた三堂さんはさぞかし……と思ったけど、あれ?

 私が顔を向けた一瞬だけだったかもしれないけれど、三堂さんの美しい眉が、ほんの少し悲しそうに見えたんだ。

「……はぁい。お嬢ちゃんに絡むなと言いたいのね。じゃあ直接話し合いたいから、長谷川君の携帯番号教えてくれないかしら?」

「断る」

 取り付く島のない店長に一瞬鼻白むが、それでも三堂さんは背中を伸ばして微笑んだ。

「いいわ、また来る」

「もう来るな」

「客としてよ。それならいいでしょ?」

 首をすくめ、両手でお手上げポーズという演技がかった仕草で、三堂さんは「お邪魔しました!」と店長に言葉を投げ返す。

 そして、そのまま素直に帰るかと思いきや、レジ台を挟んで私の耳元に口を寄せてきた。

「何かあったら私に連絡して? 直電なの。私……彼を諦めないから」

 囁きとともに、スッとエプロンに何かを入れられた。

 えっ、と聞き返す間もなく、颯爽とヒールをコツコツと打ち鳴らしながら店を出ていった。

 後に残ったのは、チリンチリンと鳴るドアベルの軽快な音だけだった。

「実加、何を言われた」

 いつの間にか傍にきた店長は、腰をかがめて私をのぞき込む。真正面からまともに目を合わせた私は、パン、と頭が弾けたように真っ白になった。

「あの、あ、え、えっと、えー……、そう、忙しいときにお邪魔してごめんなさいって、言って……」

 言って……ません。

 とっさに誤魔化してしまったのは、なんでだろう。わからない、わからない。

「手間をかけさせたな。悪い」

「店長が謝ることじゃ……」

 店長、どうしてあちら側の立場から私に謝るの? どうして?

「あっ、そうだ、トイレ掃除の途中なんですよ。行ってきます!」

 急に思い出した振りをして、私は店長のいるその場から勢いよく逃げ出した。扉を慎重に閉め、店長の追撃がないことを確かめる。

 手洗い場のところで、そっとポケットの中に手を差し込むと、そこには見慣れた名刺があった。唯一違うのは、手書きの携帯番号が走り書きされているところだ。

 三堂あかね……三堂さんの名前……

 私は、三堂さんの名前を何度も口の中で反芻する。

 あかね……って、店長呼んでた……

 苗字じゃなくて、名前を呼び捨てする間柄だったことが、目の前で証明されてしまった。

 元カノと言われても、正直そこまで現実味がなかったのに、呼び捨てで女性を制止する店長が、やけに生々しく感じられてしまった。

 胸が詰まるというか、足に力が入らないというか、地面がぐにゃぐにゃになるというか……

 あ……私、手遅れだわ……

 自覚するのを避けていたけれど、ここにきて感情が爆発してしまいそうになる。

 店長が……私、店長のことが……

 違う、違う、違う。単に尊敬しているだけなのよ。そう、そうに決まっている。

 無理やりにでも否定しなければ、日常生活がまともに送れなくなってしまう。いまなら引き返せる。引き返せるうちに、気持ちを元に戻さなきゃ。

 うう、できるかな……こんな不安定なままじゃ、仕事中でも挙動不審になってしまうかも。

 でも、ランチタイムは忙しくてそれどころじゃないから、なんとかなる。ええと、あとは休憩時間はずらして取るから大丈夫。

 よし! と、手洗い場の正面にある鏡に向かい、両頬をパンパンと手でたたいて気合を入れる。

 二人きりで働いているから、どう頑張っても避けられない。仕事に集中して、乗り切ろう!




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