日参されるたびに、私の心は落ち着かない
それから三堂さんは店に日参するようになった。
開店前の準備している間なら、店長に直接話ができるし、いずれは懐柔できると踏んでいるのだろう。
それは、私がいてもいなくても変わらないようで……というか、私が見えなくなるフィルターでもかかっているのかな? たまたま私が納品についてや電話の取次ぎで店長に声を掛けた時など『あらいたの?』という顔を見せる。
来るのは構わない……それは三堂さんの仕事だから。そして交渉に立つ店長も、店長の仕事だからいい。そもそも二人は既知の仲だし、私がでしゃばる幕ではない。しかし開店準備が激しく滞るし、なんというか、その……
――邪魔、なのよね。
ここのところ、出勤して三堂さんの車が置いてあるのを見るだけで気分が落ちるし、店の中に入りたくない。空気のように扱われるのは結構だけど、私の気持ちの中では、彼女を異分子として認識していた。
せっかく二人で頑張っているお店に、こうも毎回来られると、苛立ちしか生まれない。
店長が断っているのに、それでもくらいつくには何か別の理由でもあるんじゃないかと……そう考えてしまう自分を、ゲスの勘繰りすぎだと軽蔑する。
ああ、非常に不健全だ。イライラは体に悪いじゃないか。
蛇口を捻り、ホースのノズルをシャワーに切り替え、店の周りの植え込みやプランターに水を撒いていく。もちろん大事なイチゴの苗にも、忘れずにたっぷりと水を与えた。
こんな気分では、やってきてくださるお客様に、気持ちよく過ごしてもらうための接客ができない。
いずれ……きっと……三堂さんは諦めて来なくなる。私というただの従業員は、黙ってその日を待つしかないのだ。
店内に入ると、そんな私の気持ちを知らない二人は、ギスギスとした空気を醸し出しながら舌戦を繰り広がていた。。
「チラッと載るだけよ。大したことじゃないわ」
「載るのがそもそも大したことだろう」
ああ……店長と三堂さん……二人とも苛立っている。お互いの主張が進展しないことに、連日ということもあってより一層苛立ちが透けて見えてくる。早く元通りにならないと、お店の下ごしらえが営業時間に差し支えるし、何より私自身の為にお願いしたい。
掃除を続けながら、早期解決を願っていると、そこへチリン、チリン、と軽快な鈴の音が鳴った。
オーナーだ!
店の開店時間である十時になったので、オーナーがコーヒーを飲みにやってきた。それまでの張りつめたような空気がスッと消えて、知らず詰めていた息をそろそろと吐き出す。
そうだよ、こんなことしている場合じゃない。開店だよ!
三回スーハーと深呼吸をし、ぷるぷると頭を振ると、それまで一生懸命掃除していた道具を片付け、店内へ戻る。
「オーナー! おはようございます」
「実加ちゃん、おはようさん」
ニコニコといつもの笑顔を浮かべ、いつものカウンターの席へと座った。あれ? 店長は? と、あちこち顔をむけると、今が逃げ出すチャンスだとばかりに、〝open〟の看板を出しに行く姿が窓の向こうに見えた。
「あなた、実加ちゃん……っていうのね」
「は、はい」
振り向かせると、三堂さんが頬に手を当てながら、にっこりと私をまっすぐ見ていた。初めて会った時にちゃんと名前を名乗ったけど、やっぱり聞いてなかったんだなぁ。そんなことだとは思ってたけど。
改めて正面から見る三堂さんは、相変わらずお美しい。モデルが本業です、と言われた方が納得できるナイスバディ、かつ大人の女性らしいまろやかな曲線を描く胸や腰に、同性ながら目のやり場に困ってしまう。
正面から話すのは初めてなので、応える声が若干上ずった。
「ここに勤めてどのくらいになるの?」
「えっと……去年の四月からなので……一年と四ヶ月ほどになる、と思います」
にっこりと微笑んでいるけど、目は全く笑っていない。思いっきり私を品定めするように、上から下まで眺めている。私はその視線に縛られ、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けないでいた。
「よくあの人が許可したわね? 人は雇わないって言ってたのに」
「あー……あの……」
景色と味に惚れ込んで、押しかけ従業員しました――なんて、大したきっかけじゃなかったかもしれない。けれど、なんとなくこの人に言いたくないという気持ちが湧き上がり、話そうとするのに声が出なくなった。
そこへ、オーナーが口を挟む。
「おめぇさん、前も来てたら? お客さんじゃねぇみてぇだが、どちらさん?」
固まる私に助け船を出してくれたらしく、三堂さんの背中越しに、パチッとウインクして見せたオーナー。
ハッと金縛りが解けた私は、「雑誌編集の方のようです」とだけ答え、私は『掃除道具の片付けしなきゃ』と空々しく呟き、いそいそその場を離れた。
「こちらの店のオーナー様でしょうか? 初めまして、私は〝ふじのそら〟というタウン誌を編集している三堂と申します。最近こちらのお店を取り上げて欲しい、という読者様からのご要望が多く、長谷川店長にお願いをしに来たところです」
「ほぉ、そうかね」
カウンターに座るオーナーに向かい、きちんと挨拶をした三堂さんは、その雑誌と自身の名刺をバッグから取り出して、オーナーに手渡した。
「静岡の話題の店やイベントなどを特集しています。様々な世代の方に今一番ホットな情報を発信していこうと、県内をあちこち取材しておりまして――」
雑誌を手に取ったオーナーは、ペラペラと中身を流し読み、それにいちいち感心しては頷いた。
「字も写真もいかくてええな。おらっちくれぇになると、眼鏡さねぇとえれぇもんで」
「ありがとうございます」
「だけぇが――」
雑誌をカウンターへ置くと、オーナーは三堂さんをじっと見た。
「雅が駄目といったら駄目だ」
ゆっくりと、言い含めるように。
オーナーの視線は、普段は陽だまりのような温もりを感じさせるのに、今はピリッとした緊張感を覚える。それに気圧されたのか、三堂さんは「あ……」「しかし……」など、なんとか言葉を紡ごうとしたものの、二の句が継げなかった。
三堂さんは、これ以上押しても無理なのを察したのか、「残念です」と、美しい顔を少しだけ曇らせる。
その時、看板を出して駐車場の確認を終えた店長が、窓の外に見えた。三堂さんは横目でそれを確認すると、くすっと笑う。
「では、長谷川君から許可をいただければ取材受け入れてもらえるのですね? ……私、諦めませんから」
美しいカーブを描いて口角が上がり、三堂さんは軽く頭を下げる。サラッと胸元に零れる髪を目で追うと、銀色に光る繊細な鎖のネックレスが目を引いた。
それでは失礼します、とヒールをコツコツ鳴らして店を出ていく三堂さんの後姿を目で追うと、ドアを開けようとした店長とぶつかりそうになった。三堂さんはそれに対して何か文句を言いつつ、店長の袖を引き、店の裏に連れ出すところまで窓越しに見える。
丸太のような店長の腕にするりと絡む、ほっそりとした三堂さんの腕。可愛いというより綺麗という顔立ちで、体は細いくせに胸は大きく、ウエストはくびれ、まろやかなお尻のカーブがタイトスカート越しに色気を感じてしまう。そんな美女が店長の隣に並ぶと――
とても、絵になるのだ。しっくりくる、というか……
胸の奥がざわざわとする。
今まで感じたことのない感情が、ゆっくりと渦を巻き始めていた。




