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寝ても覚めても



「ま~た溜息かよ。おい、なんかあったのか?」


 お弁当が食べ終わり、いつもだったら友達と教室の片隅でお喋りして過ごすけれど、今日の私は窓の外を見ては溜息を吐くばかりだった。


「うん……忘れられないことがあってね……」


 昨日行ったOCEAN(オーシャン)BERRY(ベリー)の景色が、脳裏から離れないのだ。

 あの大男のインパクトも強かったけれど、それに勝る魅力……ああ、あのイチゴの美味しさといったら!

 イチゴ狩りで食べる章姫(あきひめ)や紅ほっぺ。それはそのまま食べても十分美味しいのだけれど、そのイチゴの良さをより引き出したあのデザート――

 他にもメニューにはデザートだけでなく、軽食なども載っていた。いまとなっては、そのどれもこれも食べてみたくて仕方がない。


「忘れられないってなんだよ」

梅原(うめはら)……ジャガイモなあんたにはわかんないよ。あーあ、もっと早く出会いたかったな」

「ちょ……! 男か、とうとうお子ちゃまなお前が、男を!?」

「違うわよっ! 運動バカのあんたと一緒にしないで!」


 ギャーギャーと言い合いを始める私と梅原を、周りの友達はいつものことだと放置する。

 梅原は、幼稚園時代から高校三年の今まで全て同じ学校という腐れ縁。趣味や会話のテンポなど合うけれど、だからといってそれ以上何もないただの友達。丸坊主だから〝ジャガイモ〟そして私に対しては〝お子ちゃま〟と軽口を言い合う仲だ。

 梅原と私を含めた男二人女四人の、混在した六人グループで行動することが多い。今年はさすがに受験だから控えつつあるけれど、ボーリングやカラオケなど、遊びに行くと言ったら大体このメンバーで行動する、とても健全な友達付き合いだ。

 ……といっても、それぞれ彼氏彼女ができることもある。メンバー内でも、その外部でも。

 全くそちら方面に興味がなかった私と、サッカー部のレギュラーで忙しすぎた梅原は、この貴重な青春時代に恋愛のれの字もない残念さ。運動会や文化祭など、これぞ恋イベント! というとき、ポツンと取り残される私たちは、逆に付き合っちゃえばいいじゃーんとか言われるけれど、お互いに「それはない」と否定する。余り者同士で付き合うほど暇ではないし、そもそもそんな気持ちがないのに、高校生だからって恋人を作らなきゃいけないというその使命感がわからない。

 私の理想は、こんなジャガイモ男子ではなく、もうちょっと大人びて髪もサラサラしてるイケメンなのだ!

 いつかそんな彼氏が出来たらいいなとは思うけれど、恋愛とか縁が遠くて考えられない。

 そのあたり、梅原と気が合うのがまた恨めしかったりするのだけど。


 で、放課後やっぱりまた来てしまった。

 高校から自転車を三十分ほど走らせ、昨日来たばかりのお店にたどり着いた。相変わらずお客さんがいないようだけれど、辺りには焼菓子の甘い香りが漂っている。もしかしたらテイクアウト用のお菓子も売っているのかもしれない。昨日は、大男に気を取られて、レジ周りを確かめる余裕がなかった。

 よし、と心を決めていざ!

 ぎ、と軋む音と共に、チリンとドアベルが美しい音色を立てる。

 ――あ、今日も綺麗。

 目の前に飛び込んでくる青。昨日は昼頃だったけれど、今日は夕方で、目の前の海はまた違った色合いを見せてくれた。

 昨日と同じく、景色が一望できる特等席に座り、メニュー表を確認する。相変わらず入店に気付かないのは、客商売として結構致命的だと思うけどな、と思いつつ「すみませーん」と、昨日のお母さんと同じように声をかけた。

 なるべく見ないように、見ないように……


「いらっしゃいませ」


 バスの利いた低い声はわざとじゃないよね!? 怖いよう!

 一人できたのを後悔しながら、それでも何とか注文した。――俯いたままで。


「少々お待ちください」


 と、これもまた昨日と同じ対応で、大男はのしのしとキッチンへ入っていく。

 よし、最大の難関は越えた!

 内心ガッツボーズを取りながら、存分に景色を楽しみ、やはり最高に美味しかったデザートを堪能して、会計の大男に怯えつつ帰宅した。

 あの男さえいなければパーフェクトなお店。しかし、どうやら店員はあの男しかいないようだ。

 夜、ベッドに寝転びながら、今日堪能したデザートを思い出してはニヤつき、大男を思い出しては憂鬱になる。

 しかしやっぱり、学校が終わる頃になるとソワソワとしてしまい、また店に来てしまった。どうしてこんなにも惹かれるのか自分でもわからないまま、気付けばこちらに自転車を走らせていたのだ。

 残念なことに、今日は店休日だったようで、お店の看板にも〝close〟の文字が……。すると焦らされた気になり、より渇望する。

 食べたい、食べたいよ!

 泣く泣く帰宅し、木曜となった翌日ようやく目的を果たした。そしてやっぱり期待通りに美味しかった。

 まだまだメニューには美味しそうな料理名が並んでいる。こうなったら腹をくくって、毎日通ってやろうではないか! 

 変に闘志の湧いた私は、デザートメニュー制覇と景色の堪能という目的のために、毎日毎日通った。イチゴのデザート、たまに軽食のサンドイッチやグラタンも。放課後も、休日も、私は店休日以外ここで過ごす。注文したデザートと紅茶を、チビチビと時間をかけて食べながら、窓枠をすべて見渡せる席に陣取って――

 しかし、とうとうメニュー表に乗っているほとんどの料理は食べつくしてしまった。残すは苦手なトマト入りのサンドイッチとコーヒーだけど、これは除外するとして……

 でも、もっと食べたい。

 一通り食べつくしたけれど、一度だけじゃ食べ足りない。特にあのパフェは、もっともっと食べたいのだ。それを今度は毎回食べることにした。毎回食べるくせに、一口食べた時の感動は新鮮で、蕩けそうになる。しかも、毎日来ている私に、昨日はバニラアイスだったけれど、今日はストロベリーアイス、パイがラングドシャなど、少しずつ変化をつけてくれるのがまた嬉しい。大男やるじゃん、などと失礼な見直しをした。


 いままで割と堅実にお小遣いを管理していたので、同世代と比べたらなかなかの貯金額だった。しかしあの店に通うため、お年玉やCD、本を売ったお金をつぎ込み、お小遣いを頼み込み、来月分を前借りして――あっという間に底を尽きた。

 最後は、六百円だけ財布に入っていたので、冷凍したイチゴそのものをクラッシュアイスにして練乳をかけたかき氷を食べ、残りの百円でレジカウンターの傍にあったマカロンを一つ買った。

 大男に「今日で最後です」なんて言うつもりはないし、言ったところであの男なら気にもしないだろう。元々客はいないのだから。

 いつもより倍の時間をかけてのろのろと自転車を漕ぎ、帰宅した途端リビングのソファでバタリと倒れた。

 何か大事なものが抜き取られてしまったくらい、胸の中が寂しくて仕方がない。あんなに夢中になれたのは、生まれて初めてだ。毎日飽きもせず通い詰め、景色と料理を堪能し……満たされていた気持ちが、まるで糸がぷつんと切れてしまったようで、明日から何をして過ごせばいいか分からなくなってしまった。

 ぼんやりとしたまま、じっと天井を見つめていると、夕飯の準備をしているお母さんが「制服が皺になる! 早く着替えてハンガーに掛けなさい」と怒られた。


「もー、実加! なに帰ってくるなりボーっとしているの? 暇なら手伝うか勉強しなさい」

「うん……」


 とてもじゃないけれど今は何もやる気になれず、自分の部屋に退散しようと、のろのろと体を起こす。


「あら? 熱でもあるの?」


 具合が悪いのかと心配するお母さんに、なんでもないといったところで、口から先に生まれたとお父さんに揶揄されるほどお喋りだから、私が原因を言うまで離してくれなさそうだ。


「違うの。もうお終いだから寂しいの」

「失恋でもしたの」

「私が? まさか。ねえお母さん。前に私と行ったあのOCEAN BERRYってお店、覚えてる?」

「えーと、イチゴ狩りの後行ったお店ね? それが何か関係あるの?」


 お母さんは家事の手を一旦止めて、私の隣に腰掛けた。


「実はね、あれからずっとあの店に放課後通ってたの」

「ええ? 通うって、実加……ああ、だからお小遣い前借りしたの?」

「実はお金を全部使っちゃって……」


 あのお店は、あんなにも美味しいのに激安といっていいほど安心価格だった。しかし、高校生では限りがあるのだ。


「美味しかったからって、毎日行くことないじゃない」


 お母さんは頬に手をやり、呆れたように言った。


「だって、お母さんも見たでしょ? 私、あの窓から見える景色が大好きなの。それに、料理がどれもこれも美味しくて。なんでこんなにも夢中になれるのか分からないんだけど、私はあの店がいいの」


 自分でもよくわからない主張だけど、心の底から突き上げる衝動というものが言葉にできなくてもどかしい。


「とにかく、もう前借りは駄目だからね。お父さんにも言っておかなきゃ」


 こっそりお父さんにお小遣いをねだろうと思っていたのも見破られ、がっかりと肩を落とす。そんな私の頭をくしゃくしゃっと撫でながら、お母さんはソファから立ち上がった。


「でもね……お母さんもあのお店好きよ? もー、実加があんまり美味しい美味しい言うから行きたくなっちゃったじゃない。明日一緒にいこっか?」

「うん!」


 一も二もなくその言葉に飛びついた。やった! 明日もあのお店に行ける!


「おかーさんありがとう! あっ、これ今日買ったマカロンだけどあげるね!」


 ぴょんとソファから立ち上がり、玄関に放り投げていたバッグを回収しながら、二階の階段を一段飛ばしで駆け上がる。我ながら単純だなと思うけれど、もう一度食べられる喜びに胸のときめきが止まらなかった。




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