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松の木の下で



 梅原との待ち合わせ場所は、羽衣の松の下だった。

 羽衣伝説の舞台でもあり、羽衣が掛けられたと言い伝えのある松がそこにある。近年、この地がユネスコから富士山の世界文化遺産の構成資産と認められ、県内外どころか海外からも観光客が多く訪れるようになった。

 今日は仕事がお休みで、明日はもちろん仕事がある。今度こそ失敗を繰り返さないよう、きっちり夜寝るため運動するため、サイクリングがてらこの場所まで来た私は、御穂神社から南に向かって松並木を南へ進む。通称“神の道”といわれていて、五百メートルの道のりを自転車を引きながら歩く。学生時代から、特に何も予定がない日は、この三保半島をぐるりと自転車で巡るのが好きだった。初日の出も、家族でよくこの場所へきたものだ。

 参道を抜けるとロータリーがあり、何軒かの土産物店が軒を連ねている。その脇を通り、近くに自転車を止めて砂地のサクサクとした音を聞きながら海岸を目指す。ボランティアで清掃をしてくれる方たちのお陰で、綺麗に整備された松並木を抜けると、一気に目の前が開けた。

 砂浜の向こうに海が広がり、駿河湾を左に目をやれば富士山、正面には伊豆半島がある。夏の富士山は雪が積もっていないので、県外の人から〝これホントに富士山?〟と聞かれるけれど、間違いなく富士山だ。そんなとき私は、テレビやポスターなどでよく見られる富士山を見たいのなら、冬をお勧めしている。雪化粧された富士山はとても美しく、なおかつ冬の澄んだ空気と安定した気候の為、遠くからでもその姿を堪能することができるのだ。ここ羽衣の松と海と富士山の絵姿はまさに絶景といって差支えがない。静岡に住んでいれば、たいがいどこでも富士山を見ることができるけれど、感動ができる場所というのはそれなりに決まってくるというものだ。

 某時代劇のオープニングに使われたほど景色のよい所なので、久し振りにこの地へ訪れた私も、じっくりと目で楽しむことにした。夕焼けの色がキラキラと海面に反射し、遠く見渡せば伊豆半島の先端までよく見える。左を仰げば、そこには威風堂々とした姿を見せる富士山が、やはり茜色に染まって聳えていた。潮風が、少し汗ばんでいた体にスッと通り抜けて気持ちがいい。


 梅原との待ち合わせの時間は、十八時。仕事が定時で終わる日だということで、この時間になった。日の入りは大体十九時で、夏の夕暮れと夜とが混じり合う空が大好きだった。

 両手をうんと広げて、たっぷりと深呼吸を繰り返す。

 海岸に打ち寄せる波しぶきの音を暫く目を閉じて楽しむ。気が済んだところで振り返ると、梅原が羽衣の松の前に立っていた。


「あっ……ごめん、気付かなくて」

「いいよ。俺も声かけなかったし」


 その顔が、一瞬泣いているように見えた――が、瞬きの間に苦笑へ変わる。もしかして見間違いだったかもと考えながら、足が埋まりそうな砂浜をザクザクと音を立てながら、小走りに梅原の傍に近付く。すると、三回分の呼吸のあと、梅原が言った。


「やっぱ、ダメ?」


 梅原は、私の顔を見るなりすぐに分かったらしい。

 恋愛という全く不得意な分野だけれど、自分はそれと真剣に向き合った。私に好きだと告白をしてくれた梅原へは、素直に胸の内を伝えるのが誠意だと、私は口を開く。


「……まだ好きとかそういう……なんていうかな、友情以上に感じてないのに、付き合うとか……試しにというのも、なんか違う気がするし……だから、その……ごめん」


 もごもごと、次第に声が尻すぼみになりつつ、それでも今の気持ちを伝える。すると、梅原は「わかった」と、ため息交じりで言った。


「お前のそういう正直なところも好きだからな。いいよ。でも、もし気が変わったら言えよ?」

「うん」


 梅原の、こういうところが好きだ。だけど、それは恋愛の好きではなく、人として。気持ちが変わるのかどうか、未来なんて一つも想像できないけれど、もし付き合うとなったらすごく大事にしてくれるんだろうな、ということだけは肌で感じる。それでも、今は、まだ。


「じゃ、夕飯食べに行こう。時間あるだろ?」

「え、でも……」

「“友達として”、ならいい?」

「……いいよ。ありがと」


 屈託なく、後に引きずらないよう“友達”を再開してくれた梅原の気持ちをありがたく思い、私も“友達”を続けることにした。


「あーでも自転車で来ちゃったんだよね」

「ん? じゃあ車に積めよ。帰り送ってくし」

「それじゃお願いしよっかな」


 告白を受ける前の関係に戻った。――そう思えるほど自然に会話が生まれ、そしてやっぱり梅原と過ごす時間は楽しかったのだ。





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