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ほんの些細な気がかり



 その後に行われたいつものメンバーとの飲み会も、頭の中にあるのは〝デート〟という単語のみで、昔話に花が咲くどころか私の頭に花が咲いただけで終わった。

 どこか上の空の私にみんな心配してくれたけれど、今日仕事があったのは私だけだから、きっと疲れているのねと解釈したようだ……ただ一人を除いて。

 「来週の土曜日に休みをもらったから……」と、梅原に伝えた私は、気恥ずかしくてぎこちない態度しか取れなかった。逆に梅原は「おう、じゃあ待ち合わせの場所は――」と喜色満面で場所や時間を決めていく。

 青天の霹靂のようなデートの誘いで、戸惑いが過半数を占めている私は、それを聞きながらもどこか気乗りがしない。大体、デートってなんだ。デートというのは、好き合っている同士が恋愛関係になる過程で、二人きりでお出かけしたりなんだりと……好き合って?

 そもそも私と梅原はそんな感情を抱いたことがない。……ない、はず。

 でも……私は無くても、梅原……梅原が? 本気で!?


「うわわわわわわ」


 頭がぐるぐるしてきた。だめだ今は考えても纏まらない。だいたい、行って来いと言った店長が悪い。聞いたのは私だけど、なんだか突き放された気がして、それがどうしようもなく寂しく感じたのだ。だから、店長が悪い!


「私は! 難しいこと考えるのが! 嫌いなのっ!」


 酔いのまわった頭を落ち着かせるために、目の前にあったコップの水を一気に煽る。すると正面に座っていた女友達が、私に手を伸ばしながら慌てて立ち上がった。


「ちょ、実加! あんたそれ日本酒……!」

「ふぇ……?」


 ――その後の記憶はない。

 ただ、いつものように梅原が自宅に送ってくれたのを、二日酔いで頭がガンガンする最中に聞いた。お母さんから、「そんなにお酒強くないくせに! いつも梅原君に迷惑かけて悪いと思わないの!?」と説教されたけれど、今回ばかりはその梅原のせいだから送らせるぐらい当然だ。

 それにしても、日本酒一気飲みはきつかった。翌日まで持ち越す酔い方はしたことがなかったはずだけれど、気が動転していたからとはいえ……

 今日は仕事に行ける体調ではない。頼み込んで就いた仕事なのに申し訳ないし、情けなかった。せめて午後からと店長に電話したところ、私の声色で気付いたのか「今日は休め」と呆れたように言われた。そこそこお客様が入るようになり、そして日曜日という書き入れ時なのに、突然休みを申し入れる自分が嫌になる。次の休みを返上する、ということで何とか許しをもらい、スマホの通話ボタンを切った。

 ごろんとベッドに仰向けで寝転がり、真っ白な天井の壁紙を眺める。

 降って湧いた梅原とのデートは、今度の土曜日。気の進まなさの原因はどこにあるのかな……




 月曜日はきちんと出勤し、第一声は謝罪から入った。突然の休みで申し訳ありませんでした! と頭を下げる私に、店長はいつもの仏頂面で「いい。――どうせ実加が目当てだから客も入らん」とボソボソ言うので後半聞き取れなかったけれど、せっかくいいと言ってくれたし、それが藪蛇だったら怖いので黙った。そしていつもの仕事にとりかかろうとエプロンを取り出して、あ、と店長に伝えなければいけないことを思い出した。


「店長。今度の土曜日、お休みありがとうございます。デートすることにしました」

「そうか」


 行った方がいいかどうか相談したし、一応店長に報告することにした。

 週末に休みを連続でもらった身としては、ちゃんと伝える義務があるからと思ったからで、しかし言ったものの、それ以上会話は生まれない……。何か言って欲しいわけじゃなかったけれど、反応が特にないのが少し寂しい。

 まあ……いっか。難しく考えるのは苦手だ。あえて今の沈黙を突くほど深い意味があるとは思えないし、今怒らせて休みが無くなるのは困る。エプロンを手早く身に着けて、納品された野菜や果物のチェックに倉庫へ向かった。


 そして週末までの平日は、普段と変わらない仕事をする。しかし、少し変わった仕事内容もある。それは、先週まで続けていたデザート作りの特訓の時間を、そのまま続けることになったことだ。ちゃんと声を出しながら指先確認したり、レシピは行ごと蛍光ペンで色分けしたりすれば、大きく間違うことはないし、事前に準備がちゃんと整っていれば、おそらく大丈夫だ。

 自宅でもちょくちょく復習と称して作るようになり、両親ともメキメキと上達する私に対し、なぜか店長を褒めた。やれ教え方が上手いだの、やれ見放さずにじっくり見てくれていい人だの……私をもうちょっと褒めてくれてもいいと思うんだ!

 しかし、後でこっそりお父さんが私に話してくれた。

 お母さんも、結婚した当初料理なんて酷いもので、レパートリーなんて全くなく三日間焦げたカレーを出してきたそうだ。料理下手は……遺伝か、これは。

 でも、お母さんは一念発起して料理上手な人に師事し、なんとか今の状態まで努力したので、実加もきっと練習さえ怠らなければ美味しいものが作れるはず、と。

 それを聞いて、ますますやる気になった。最初はダメダメだけど、努力すればするほど、キチンと積み上げることができるのだから。

 あとは盛り付けのセンスだけれど、店長が作った見本があり、スマホで写真も撮ってあるから、複雑でない限りはなんとかなるようになった。

 日々続ける特訓の成果は確実に出ていて、ホイップだけでなく、通販用の焼菓子や季節のジャムなど任されるようになり、毎日がとても楽しい。その上、出来栄えを見て店長が「上手になったな」と褒めてくれるのがなによりも嬉しい。

 だけど……もしかしたら気のせいかもしれない。けれど、どこか……そっけない気がするんだ。

 もともと無愛想で、必要事項しか話しかけてくれない店長だけど、私が雑談をすれば応えてくれた。しかし、会話にならないところで切り上げられることが増えたのだ。かといって、邪険にすることもなく、特訓でもちゃんと親身に教えてくれるから混乱する。ほんの些細なことだし、そう感じるのは私だけだから……気のせい、だよね。きっと。



 金曜日、仕込みや後片付けを終えた私は、小上がりに置いてある自分用のロッカー……もとい、押入れを少し改造した自分用のスペースにエプロンや制服をしまい、帰り支度を終えた。小さなバッグを持って上がり框に腰掛け靴を履いていると、ふわんとチョコレートのいい香りが鼻をくすぐる。店長が、生チョコを作っているのだ。

 こちらに背を向けているけれど、仕草で手順が分かる程度には私も精進している。ボウルの中は、刻んだチョコレートが入っていて、そこへ熱々に沸騰した水飴と生クリームが注がれた。泡立て器で丁寧にチョコレートを溶かし、柔らかくしたバターを入れて更によく混ぜる。そして、頃合いを見てラム酒を気持ち程度入れて……

 逞しい腕で一つ一つの手順を丁寧に作っている様は、厳つくて強面のおじさんというよりも、信頼のおける職人で、大きな背中はどこか安心が持てる気がした。

 ……って、アホみたいにじっと見ている場合じゃない!


「店長、お先に失礼します」

「ああ。お疲れさん」


 店長は手を休めず、私の声に背中越しで挨拶を返した。わざとなのか、私の声をかけるタイミングが悪くて振り向けないのか――ここの所、本当にこういう小さい所が気になるけれど、店長が自分から言い出すとは思えないので、黙って私もそのまま店を出た。

 明日は、梅原との……デートの日だ。

 二人きりで出かけるというシチュエーションは、今まであることはあったけれど、いずれも皆いるところへ行くため途中まで一緒にか、たまたまタイミングが合ってちょっと遊ぶなどその程度で、今回のようなわざわざ〝デート〟と称し誘われていくことなど初めてで……

 かといって気負う相手でもなく、支度は明日にして、私は仕事で疲れた体を休めるのを優先した。

 




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