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緊張のランチ



「実加ー! すごいじゃない!」

「言ってた通り、いい景色ね」


 「ランチに行くよ」と予告通り、友達は昼十二時ピッタリに来店した。本当はもう少し早く到着する予定だったけれど、やはり店の外観が分かりづらく、表の通りを三往復したらしい。

 もうちょっと看板が目立てばさー、などと出迎えた私にあれこれ注文を付けてきたが、店内に入ると、正面に広がる景色に目を奪われ、感嘆の声を上げた。

 予約席に案内しながら、どうだすごいだろ! と、内心鼻を高くする。

 高校三年生でこの店に出会い、そこから執着といっていいほど思い詰めての就職だった。友達たちには当初本気に思われていなかったし、店長から通告された内容に、ていのいい断り文句じゃないかとも言われた。しかし私は諦めず条件を次々クリアしとうとうここまで来た。今までの道のりを思い返すと感慨深い。

 七月の太陽の日差しを受けて、海面はキラキラときらめく。真っ青な空には、ところどころわたあめのような雲がぽっかりと浮かんでいた。その景色が、お店の壁に広くとられた窓から見渡すことができる。

 店に入ってから、外の景色、インテリアなどキョロキョロと好奇心いっぱいな目で見られ、得意でもあり、掃除を頑張ってよかったなとホッとした。


「いい店ね、実加」

「でしょ?」


 お冷とおしぼりを並べ、トレーを小脇に挟む。

 ランチに来たのは、いつものメンバー六人のうちの三人。来なかったのは男女の二人だけど、実は付き合っていて、昼間は二人っきりでデートし、この後夜の飲み会で合流することになっている。


「注文は何にする? あ、梅原ー。そこにメニュー表あるから」


 端の席に座った梅原にいうと、テーブル奥に立ててあったメニュー表を手に取って、テーブルの上に広げて置いた。


「実加、どれがお前のおススメ?」

「んーとね、ご飯ちゃんと食べるならランチセットかな。サラダ、メイン、ライスかパン、ドリンク、デザートがついてるし。それで、いろんな種類が食べたい女子にはAセット、ボリュームが欲しいならBセットがいいと思う」


 私の説明を聞くと、梅原だけBセットだった。あとはメインとドリンクを数種類から選んでもらい、それぞれ個別にオーダーを受けて、復唱して、「じゃあちょっと待っててね」と小走りに厨房へ戻る。

 店長にオーダーを伝え、私は冷蔵庫を開けた。

 一番冷える場所に置かれたものは――


 ――店長、固まってないのにこれをどうするんですか?

 ――ゼラチンを入れて、ババロアにする。

 ――えっ、そんなことできるんですか!?

 ――いいから実加は生クリーム泡立てろ。

 ――はっ、はいっ!


 店長の指示通りに泡立てたり混ぜたりして、冷蔵庫に入れておいたものが、ようやく固まったようだ。これなら食後のデザートに間に合うだろう。

 他のお客様が来店される中、チラチラと冷蔵庫を見たり、合間にちょっと開けて確認したりしていると、店長から「仕事しろ」と呆れたように注意が飛んだ。だけど私はどうしても気になるし、そして頬が緩むのが抑えきれなかった。

 店長は私を助けてくれた。

 突き放すことだってできたし、そもそも店には店長の美味しいデザートがあるのだ。それを出せばよかったのに、私の気持ちを立ててくれたというのが何よりもうれしい。

 新規の客や片付けなどこなしているうちに、サラダが出来上がった。それをもって友達の所へ運ぶ。安定よくトレーに乗せる腕は、ファミレスバイト時代の賜物だ。


「お待たせしました! まずはサラダね」


 サラダは共通なので三人の前に置く。


「実加、これは?」

「えっとね、これがきのこのマリネ、こっちがアンチョビと新じゃがのキッシュ。サラダは、いろんな名前がついたレタスとサラダほうれん草とキュウリが入っているよ」

「美味しそう! あ、梅原、フォーク取って」


 見た目からして乙女心をくすぐるのか、パッと笑顔になってフォークを手に取る。そうそう、私も同じ気持ちだったんだよって思い、心の中でニヤついた。店長の料理を褒められるのが、自分の事のように嬉しかったから。でもなんだか照れくさくて、何でもないよって顔して調理場に戻る。

 続けて、Aセットのスモークチキンのサンドイッチとたまごとキュウリのサンドイッチ。シンプルだけど、中に塗ったバターがふわんと香り、手作りのマヨネーズはしっかりと食材と絡まっている。一口、もう一口、と気付けばあっというまに胃に収まってしまうのだ。

 梅原のBセットは、ハンバーグオムライス。店長のオムライスは、卵がしっかりとチキンライスに巻かれ、その上に手のひらサイズのハンバーグを乗せ、最後にデミグラスソースがかかっているという、かなりボリュームのある一品だ。食いしん坊を自認する私でさえ、かなり厳しい量がある。


「今日飲み会だけど……大丈夫?」

「おう。今日はクラブに朝練行ったし、腹減ってたから丁度いいよ」


 梅原は地元の大学に進学し、そこでもサッカーを続けているといっていた。高校時代と違って、やけにかっこよく見える。制服と違う服のせいか、それとも二十を超えた成人だからか……


「実加? どうした」

「えっ、あっ……え、えーと、お冷のお代わりいる?」

「いや、あとちょっとしたらデザート頼むわ」

「うん」


 自分でも気づかないほど、梅原を凝視していたらしい。目が合ってしまい、動揺を悟られないようトレーを胸に抱えて小走りに厨房へ戻った。

 ……丸坊主だったからジャガイモなんて呼んでいたけど、これからはもう決して呼べないわ。

 梅原の、実はいい男だったという成長ぶりに、なんだかドキドキしてしまい、そっと胸を抑える。

 気を落ち着かせようと、食器など下げてきたものを洗う。その間、店長は黙々と他の客に出す料理を作っていた。

 大きな体格をしているのに、小さくて可愛らしいケーキやパフェを作れるなんて、一体誰が想像できるだろう。私の顔を一掴みで握れそうなほどの大きな手で、ビワやハウスミカンのゼリーを作っている。私なら力加減を間違えてグチャッと潰してしまいそうな柔らかな果肉を、柔らかい手つきで器用に扱う。ほぉーっと見ていたら「そろそろデザートだろ。支度しろ!」と怒られた。

 厨房から梅原たちの席を見れば、すでに食事を終えたようで、三人でワイワイと話している。

 私は急いで冷蔵庫で冷やしておいたデザートプレートを取り出し、昨日作っておいたシフォンケーキを皿に乗せる。切り分けた後ラップをして冷蔵庫に一晩置いたので、しっとりとして美味しそうだ。そして、問題のイチゴババロアが入ったバットを冷蔵庫から出す。スプーンで慎重に掬い、シフォンケーキの傍に乗せた。あとは、もったりと泡立てた生クリームを添えて、イチゴソースをかけて出来上がり。


「盛り付けも上手になったな」

「は、はいっ!」

「きっと喜んでもらえるさ。ほら、持って行け」


 店長が淹れてくれた紅茶とコーヒーをトレーに乗せ、デザートと順番に提供する。


「お待たせしました! えーと、このデザートね、私が作ったの」


 それぞれの目の前に、デザートプレートと紅茶、コーヒーを並べていく。紅茶は梅原で、ほか二人の女友達はコーヒーだ。私と同じく、梅原もコーヒーが苦手なのは変わっていない。


「えっ、実加が!? あの、調理実習で水を一合分少なくしてご飯炊いちゃった実加が!?」

「そうそう。あとハンバーグ焦がして、職員室の先生が消火器持って来たわよね」


 一様に信じられない、といった表情で、私とデザートを交互に見比べる。

 失礼な……と思うけれど、今までが今までだったので強く抗議は出来ない。


「まあとにかく食べてみてよ」


 不安そうな顔でスプーンを手に取り、ババロアを口にすると、途端にパッと顔が輝いた。


「わ、うっそ!」

「すご……ちゃんと美味しい……」

「ええ? これ……ほんとに実加が?」


 こちらが呆れるくらい美味しい美味しいと連呼され、なんだかいたたまれない。

 梅原は、甘いものは苦手だとか言いながらも、「ふーん、一応食べられるじゃん」と余計なひと言付きの感想を私に寄越し、そのくせあっという間に皿に盛りつけたデザートを平らげた。

 瞬く間に友達のお腹に入り、皿の上のイチゴソースですらシフォンケーキで綺麗に絡めとって仕上げとし、ようやくフォークが置かれた。


「ねー、実加。すごく頑張ったんだね! あんたがここまでできるって正直思ってなかった」


 一人が正面に座るもう一人に「だよね?」と同意を求めると、うんうんと頷いて返す。


「そうよ。高校生の時にさ、実加ったら急に『私、なりたいもの見つけた!』って言いだすからびっくりしたのよね。だって部活も勉強もたいしてやってこなかったのに、目標見つけたらまっしぐらで。……でもさ、すぐ飽きるよね、って内緒で飲み代賭けていたのよ。ごめんね?」


 クスクス笑いながら、梅原を指さす。


「だから、梅原の一人勝ち」

「そーそー。梅原だけが実加に一票」

「お前らうるせえよ!」


 梅原は顔を真っ赤にして二人の女友達に怒鳴るが、それが単なる虚勢であることは私にもわかってしまい、どうにも恥ずかしくなって厨房に逃げた。

 ……つまり、梅原だけは私がちゃんと意思を通す、と信じてくれていたんだ。

 この店に出会う前だったら、女友達の見立ては当たっている。高校では部活も入らず、将来何になりたいかなど全く考えていなかった私。中途半端に趣味をかじってはすぐ止めて……それを身近で見ていた彼女たちの評価は正しい。

 しかし梅原は、この店に勤める! といった私の決意をきちんと汲み取り、不器用ながらも支持してくれたという――なんだか、胸の中が熱くなる思いがした。




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