VS盗賊
アジトは、しばらく行ったところにある森の奥の洞窟だった。
男達は馬車から降りて、洞窟に入った。
しばらく二人は無言で歩いていたが、程なくして無言に耐えられ無かったのか、無精髭の方が口を開いた。
「しっかし、頭もよくやるよなあ」
「ああ、そうだなあ。ほんと、よくやるよ」
もう一人のひょろいやつは無精髭に心底同意したといった感じで頷いた。
「貴族の娘を攫って金をせびった後にそいつを快楽漬けにして廃人にして返す……よくもまあ、思いつくもんだ」
……どうやら、お嬢の貞操が危険らしい。
一刻も早く助け出したいところだが、もうちょっと情報を集めないと危険だろう。
「本当になあ。だが、俺たちが手を出せないのは苛つくぜ」
「おいおい、その代わりに町娘を頭はついでに攫ってきてくれるだろう?」
「そりゃあ、そうだが……」
……下衆共が。
自分の欲望のために罪の無い人を犠牲にするのか。
……ああ、そうだった。こういう奴らのせいで、俺は、あいつは……壊れたんだ。
……ダメだ。この湧き上がる殺意に身を任せて殺すことは簡単に出来る。
でも、ここで俺が暴れれば直ぐに援軍がやってきて、お嬢様が危険に晒される。
それでは、こいつらの同類になってしまう。
我慢。我慢だ。
「……っち。しゃあねえな。我慢するか。あーあ、気分悪くなった。気分転換に報告の前……というか、今からやりに行くか?」
「おいおい、まだ昼だぞ?」
「別にいいだろ。行こうぜ」
「……ったく。わーかったよ」
……何だか嫌な予感がする。
ダメだ。嫌だ。見たく、ない。
二人はちょっとだけ引き返して、重々しい鉄扉の前まで来た。
……やめろ。やめてくれ。中の光景を、見せないでくれ……!!
俺の祈り虚しく、扉に手をかけ、男達は当然の如く、開いた。
結果、俺は中の光景を見た。
見て、しまった。
打ち捨てられて死んでいる裸の女性を。
口からダラダラと涎を流して目から光りを失っている女性を。
それらがまるで物のように積み上げられた、狂気の山を。
次の瞬間。
俺の視界が紅く染まった。
*
彼が最初に異変に気づいたのは、さあはじめようというその時だった。
いきなり、ひょろいやつ……リールの体が9つに切り分けられたのだ。
綺麗に、9等分された。
「……は?」
最初、彼……ルーザはなにが起きているのか全く理解出来なかった。……否。
したく、無かった。
目の前に立つ化け物のことを。
そいつは一見、ハイゴブリンのようだった。
緑の皮膚に、醜く曲がった鼻。
だが、そいつがハイゴブリンではないことが直ぐにわかった。
そいつの5本の指のうち、親指を除く4本の指から奇妙な形をした剣が生えていた。
そう、文字通り生えていたのだ。
あり得ないことに。
たまに現れるという変異種という言葉が脳裏をよぎったが、それにしたって異質すぎる。
それに対して、こちらはお楽しみの直前。
装備はダガーが一本。
……勝てる、わけが無かった。
だが、何もせずに死ぬのはイラつく。
刺し違えてもいい。傷を与える。
そう思い、ルーザはダガーで斬りかかった。
……このとき、彼は一つ、大きな思い違いをしていた。
それは、このモンスターには攻撃を避けるだけの知能が無いと思いこんでいたことだ。
結果。
「なっ……!?」
彼が無造作に突き出したダガーをモンスターは身を捻って最低限度の動きで避け、ついでに片腕の剣で5等分にしていった。
「ぐはっ……!?ば、化け物……め……」
彼は最期に悪態をつき、息絶えた。
*
気づくと俺は、おびただしい量の血に濡れて佇んでいた。
そして、足元には綺麗に切り分けられた二人分の人間の死体が転がっていた。
……ああ、俺はどうやら、殺意を抑え切れ無かったらしい。
このままだと、二人が帰って来ないことを怪しまれ、程なくして気がつかれるだろう。
……仕方がない。身から出た錆だ。
俺は二人と女性達の死体を食い、人間の姿をとって決意した。
俺一人で、全滅させよう。
*
盗賊の頭、グラインは上機嫌だった。
美姫であるとのうわさのあるエレナ・グリモワールの拉致に成功したのだ。
これで喜ばないわけが無かった。
「……くっくっく。美しいものだ……」
彼は目隠しをされ、縛られているエレナの頬を撫で、そうつぶやいた。
ちょっと若過ぎて胸は無いが、欲望の捌け口にするのに全く問題は無かった。
「ふん。直ぐにお父様の私兵達が乗り込んできますわ」
「はっ。問題無いな。その時はお前を人質にするまでだ」
「……最低ですわ」
彼女はそう吐き捨てた。
「くっくっく。その強気な態度もたまらんな。ますます気にいった」
グラインは上機嫌に笑い、部屋を出た。
エレナ・グリモワールはグラインの部屋の真後ろに作られている部屋に閉じ込めるられている。
それは、ひとえにグラインが盗賊の中でもっともレベルが高いからであった。
凶賊グライン。
それが彼の通り名だった。
*
異変は突然やって来た。
彼が隣室で楽しんでいると、そこに伝令が飛び込んで来た。
「か、頭!大変でっせ!」
「な!?馬鹿野郎!後にしやがれ!」
お楽しみを見られた彼は慌てて身を布地で隠した。
だが、伝令は
「そ、そんなこと言っている場合じゃありやせんぜ!ば、化け物が侵入して来やがりました!」
と言った。
彼はチッと舌打ちをして、伝令に尋ねた。
「数は?」
「そ、それが一匹です!」
「はあ?んなことで邪魔をすんな!」
彼はバカにされたと思い、怒りを露わにした。
「ち、違いまっせ!その一匹に仲間達がことごとく殺られているんでっせ!」
「なっ!?被害は!!」
「や、約80人!」
「なっ!?」
彼は目を剥いた。
当たり前だ。この盗賊団は約140人前後の構成人数なのだ。
つまり、瞬く間に半数の味方が殺られた計算になる。
「チッ。しゃーない。俺が行くしか無さそうだな」
彼は服を着て、愛用しているアマンダイト製のロングソードを装備した。
「は、はい。お気をつけて……ギャアアア!?」
伝令が挨拶をした次の瞬間。
彼の体から奇妙な剣が8本生え、彼は息絶えた。
*
グラインはそいつを見やった。
「……なんだお前?」
そいつは一見、人間のように思えた。
黒い髪に黒い瞳と珍しい容姿だったが、どう見ても12、3歳ぐらいの男子であった。
だが、指から生えた四本の奇妙な剣がそれを全否定していた。
「……てめえ、何者だ?」
グラインは警戒しつつ話しかけた。
次の瞬間。
「っく!?」
片腕の剣でいきなり斬りかかって来た。
(どうやら取引する余地は無さそうだな)
彼は攻撃を防ぎながらそう思った。
(なら、殺るしかねえなっ!)
彼は覚悟を決め、一歩踏み込んだ。
まずは横に剣をなぎ払い、両断しようとする。
それをステップで除けた化け物は、足からも奇妙な剣をいきなり生やし、それで蹴りかかってきた。
それを剣で受け止め、グラインはさらに一歩踏み込んで腰の短剣を投げつけた。
しかし、化け物は骨など無いかのように上体を後ろに倒して、指の剣を仕舞い、足から生やしてカポエラの要領で蹴りかかって来た。
それをグラインはジャンプして躱し、足を切り落とそうと剣を振るうが、化け物はとっさに足を折り曲げて回避し、腕の力で後ろに飛びず去った。
彼はチャンスとみて、果敢に突進した。
……だが、それが命取りになった。
彼は狙いあやまたず喉ぶえを切り裂いた。
「よっし!」
どんな生き物でも首を切られれば生きてはいけない。
事実、切られた首からおびただしい量の血を吹いて化け物は倒れた。
彼は剣を仕舞い、
「なかなか手強かったな。楽しかったぞ」
と言って歩み去ろうとしたその時だった。
「っが!?」
彼の全身を無数の短剣が貫いた。
何かに抱きつかれたあと、短剣が彼を貫いたのだ。
手を、足を、首を、腹を、腸を、胸を、腿を、脹脛を。彼は。
綺麗さっぱり、貫かれていた。
「な、何……が……」
彼は虫の息で後ろを振り向くと、そこには。
切られたはずの首が治っている化け物がいた。
「ば、バカな……この俺が……こんなところで……」
そういった彼の首を化け物はあざ笑うように無造作に切り捨てた。
*
俺は戦いを終え、頭の死体を吸収した。
俺はさっきの戦いであることに気がついた。
それは、HPの事だ。
俺は今までHPはヒットポイントのことだとゲーム知識から思い込んでいた。
だが、実際には違った。
HPはヒットポイントではなく、ヒールポイントだったのだ。
俺は首を切られたときに、凄い痛みを感じた。
それを嫌だ!と強く思った途端に首が治った。
不思議に思い急いでステータス画面を開くと、HPが減っていたのだ。
俺はHPがヒールポイントであることをその時悟った。
だが、治ったことを相手に悟られるとまずいので、首から回収してそのまま貯めてあった血を流して倒れて見せたのだ。
結果、面白いほどあっけなく引っかかってくれた。
そこで俺は後ろから忍び寄り、抱きついて体中から短剣を打ち出したのだ。
俺は頭が持っていた何かの鍵を持ち、隣の部屋へと急いだ。
部屋に入ると、奥に鍵の掛かった扉があった。
俺はそこの鍵を開け、中に入った。
そして、中に居たのは。
「……お嬢」
目隠しと足枷をさせられたお嬢の姿だった。
俺は急いで足枷をはずした。
そして、衰弱していたお嬢を抱き上げ、目隠しを取った。
「……?」
お嬢は最初、何が起きたのかわからないといった表情で辺りをキョロキョロ見渡していた。
俺はお嬢を安心させようと
「……」(二カッ)
二カッと笑った。
お嬢は俺の顔を驚いたように見て、はっ!と何かに気づいたように下を見て……
「~~~~~!!」
ボンッという音が出そうなほど顔を真っ赤にし、気絶してしまった。
「え!?え!?何で!?どうしたんですか、お嬢!」
俺はお嬢を揺り動かすが、全く起きる気配が無い。
一体、どうしたというのだろうか……あ。
俺はあることに気づいて恐る恐る下をみた。
そこには。
こんにちは、と言わんばかりに俺の息子が揺れていた。
……完全に、服を着るのを忘れてた。