5-4
*
暖かい。
魔王の城で与えられた寝床は、埃っぽかったけれど、布団にくるまると気が安らいだ。
アライやイディアーテが、不審な仕掛けがないかどうか、ひび割れた花瓶だとかをひっくり返して回っている。
リアはジークに運ばれているうち、眠り込んでいたようだ。気がつくと、布団の中でぬくぬくと転がっていた。
でも、きっと大丈夫だ。
危険なことなど何もない。
魔王の住まいだと言うのに、不思議と、おそれる気持ちは起こらなかった。
そうして、慢心していたせいで、布団の中で何かにぶつかったとき、反応が遅れた。
(ん?)
何だか、温かいような。
(だっ、誰――)
リアはもがいて、向きを変える。
どうやら、隣に眠っているのはジークらしい。
(あ、睫毛長い)
吐息がかかる距離だった。相手が眠っているのをいいことに、リアはジークを観察した。
ふと、相手が瞬きした。
「あ」
至近距離で目が合って、慌てて身を引く。が、不意にジークが手を伸ばし、リアの手首を掴まえて、自分の方へ引き寄せた。
「あの」
喋りかけたリアの唇を、相手の唇が軽く塞ぐ。唐突に唇をなめられた。息さえ奪う、けれどひどく優しいもの。
(えっ)
家族にだって、そこまでされたことはないのに。
突き飛ばしたくてもできなかった。唇が離れて、かえって泣きそうになる。
「どうしたの?」
半分寝ぼけているのか、ジークの問いかけは場違いなまでにのどかだった。
「っ、食べられちゃうかと思った」
「あれ? どっちかというと、私が食べられるのかと思って」
「何の会話してんですかあんたら」
ベッドの端に座り込み、アライが冷たい声をかけた。片手間に、組んだ足の上で、剣を磨いているようだ。
「!」
急激に血の気が引いて、リアは飛び上がり、そのままベッドから転がり落ちそうになった。
「えぇ!?」
「誓っていいますけど殿下は特に何もしてませんからねアライ見てましたから」
「見てたの!?」
そこにいる以上見ていたのだろうが、リアは、目が覚めてからの一連の行動を思い返して、赤面した。
「何で!?」
「何でって言われても、防犯上全員同じ部屋にいるわけで。殿下に床で寝てもらうわけにもいかないんで、お姫様が寝入った隙に隣で寝ててもらったらこんな事故に」
「事故って言わないで! 取り返しがつかないみたいじゃない!」
「殿下も大人になったんだなぁやっぱりただのアホな蛙ではいられなかったんだなぁ」
「貴方ジークのこと本気で尊敬とかしてないわよね!?」
「大丈夫だよリア。アライはいつも、そんなふうに面白がって事態をかき回すだけなんだ」
「絶対貴方ばかにされてるわよ! それでいいの!?」
「大丈夫だよ」
ふわりと、ジークは幸せそうに笑う。
「大事に思ってくれてありがとう、リア」
「は? え? あの」
ふう、と、従者達がわざとらしく長々しいため息をついてみせた。
*
「じゃあ、気をつけて」
翌朝、ごく普通に、魔王はリア達を送り出した。
リア達を目隠しの魔法で隠して、荒野を渡らせてくれると言う。
一行は手を振り合って魔王と別れ、すぐ近くの町へ戻った。
イバラに問いつめられそうなので、リアはこっそりと、イバラの監督官を探し、手紙を預けた。
(魔王と話をしたから、もう大丈夫。詳細は国に戻ってから話しましょう)
あまり詳しくは知らせず――後は、寄り道の話だけを書き添えた。
――私、気になるから、ジークの国へ行って、魔女に会ってみる。
と。
*
「それは別に、いいけれど」
リアの行き先の希望を聞いて、ジークは曖昧に頷いた。
「理由を聞いてもいいかな?」
「あのね……貴方は、魔女を怒らせてしまって、蛙になる呪いを受けたんでしょう?」
「そうだね」
「勝手に呪いをといたから、魔女に謝っておいたほうがいい気がして」
「もう一回呪われるかもしれないけれどね。何しろ、何度か謝りに行ったのに、毎回怒鳴られて追い返されたんだ」
ジークが軽く首を傾げた。
近くで小鳥が鳴いている。
「謝っても、かえって魔女を怒らせると思う。リアは行きたい?」
「ごめんなさい、貴方に嫌な思いをさせるとは思うんだけれど」
「それはいいよ。私は魔女に怒られてもあまりつらくないし……リアがね、嫌な思いをしなければいいなと思って」
(うん?)
リアの頭の片隅で、警鐘が鳴った。
何かおかしい。
リアは必死で考えた。
(怒られてもつらくない? それって)
「……ジーク、貴方」
(もしかしてこの人……)
リアは、眉を寄せて、ジークを見つめた。
きょとんとした顔で、ジークがこちらを見つめ返す。
「ジーク……まさか、反省してないの?」
「え? 何が?」
「魔女の怒りに触れるようなことを、貴方はしてしまったのよね?」
「そうだね」
どうして尋問してるのかしら、と内心穏やかではない気持ちで、リアは口を開き続けた。
「呪われた後、魔女に謝ったのよね?」
「うん。入るなと言われた場所に踏み込んで、花を踏んでごめんなさいと、謝ったよ」
「魔女の反応はどうだったの?」
「えぇと……うるさい、黙れ、さっさと帰れ、二度と来るな、かな?」
ふう、とリアは息をつく。魔女は謝られても機嫌が直らなかったらしい。
「ジーク。貴方はそのとき、怒られてどう思ったの?」
「え? もっともだな、と思ったよ。やってはいけないこともしたし、うるさいと言われているのに謝りに行って、目障りになったし……」
「そうじゃなくって……こう、何か、ずどーんと落ち込んだり、胃がキリキリしたり、しなかった?」
もやもやして、リアは手足を動かし、何かを表現しようとした。
「え? 蛙になってしまったし、ずいぶん悩んだけれど」
「そうじゃなくて……魔女に怒られたとき、どうしようやらかしちゃった! ってパニックになったりしなかった?」
リアの意図が読めないらしく、ジークは何度か首をひねった。
「うん? そうだなぁ、ちょっと困惑したし、泣いたけれど。自業自得だったし、しょうがないよ」
(これよ! これ!)
リアは思わず拳を握った。その拳で、ジークを示す。パンチされると思って、ジークが一瞬拳を避けた。
「どうしたの、リア?」
「それが逆鱗に触れた気がするわ!」
「どうして?」
「貴方が、泰然自若としてるからだわ。きっと魔女は、ショック療法のつもりだったんじゃないかしら。いたずらっ子が、死ぬほど驚かされて、ごめんなさいもうしません、って心の底から改心するみたいにしたかったのよ。そのために呪いをかけた。ところが――貴方は、呪いをかけられて当然だな、って受け流してしまった」
「あぁ……そういう考え方もあるのかな」
荒野を吹き抜けてきた風が、町中だと言うのに、足下に茶色の砂粒を置いていく。
「これは私のわがままだけれど……できれば、ちゃんと魔女に謝って、許してもらいたい。一緒に、連れていってくれる……?」
「いいよ。……私は魔女を、怒らせそうだけれど」
「アライ、イディアーテ、危ない場所に誘ってごめんなさいね」
水を向けられ、従者組は顔を見合わせた。
「いーえ別に。アライは気にしませんけど」
「構いませんよ。どの道、いつか魔女と決着をつけなくてはなりませんでした」
「イディアーテ、その言い方だと魔女を殺すみたいに聞こえるわ……穏便にね?」
リアが覚悟を決めている横で、人知れずジークが呟いた。
でもそこまで考えてるのかな、あの魔女。




