後日談その1「コウノトリとキャベツ畑」
侍女と騎士は非常においしいポジションで2人の様子を観察しているようです。
その日も、いつも通り共に夕食を取ったあとしばらく会話を交わし、互いの寝室へと引き返す途中だった。
閑散とまではいかないが、必要最低限の人員で回っているサマーン国の王城の夜の回廊はひっそりと静まり返っている。
サーシャがアサルの婚約者としてサマーン国へとやってきて、早や3ヶ月が経とうとしていた。
風土の違いから生活習慣もかなり異なる部分があるので、アサルとサーシャの婚儀はサーシャがこちらの生活に慣れるであろう半年後、と始めに決められた。
アサルの両親はサーシャの姿を見て驚き、そして次には歓喜に互いの手を握り締めた。
「アサルに!このようなかわいらしいお嫁さんが!」
「しかもアーリヤ国のサーシャ姫!!」
願ってもみない展開に両親は喜びを顕わにし、数日後兄の婚約の話を聞いて飛んで帰ってきた妹が「ありえない!!」と失礼な言葉を叫んだ。
婚儀にはアーリヤ国のシュザナ王と王妃、それに第一皇子が参列するとのことなので、失礼のないようにと念には念を入れて準備が進められている。
日々が目まぐるしく巡る中で、アサルはゆっくりとサーシャと夕食をとるときだけがほっと息をつける時間だった。
本音を言うならば、異国へと突然やってくることになったサーシャに寂しい思いをさせてはいけないと、昼間も会う時間を設けたいのだが、アサルはこれでも第一王子。
最近は父に代わって執務を行うこともあるので、会議やら現地視察やらでなかなかゆっくりと2人で過ごすことが出来ない。
一度、城下にある広大な牧場に連れ出してほわほわと群れる白い羊たちを見せてやりたいと思う。
きっとサーシャならば好奇心に黒曜石のような瞳を輝かせ、羊たちに手を伸ばすのだろう。
その光景を想像し、知らずうちに口元が緩む。
「なんじゃ?1人で笑うなどとは...おもしろい話ならわらわにも聞かせてたもれ?」
アサルは最初このサーシャの独特な言葉回しに戸惑うこともあった。
だが、聞きなれてしまえばなかなかかわいいではないか。特に「たもれ?」と語尾を上げるときの感じがなんともいえない。
サーシャのとんでもない願いを思わず聞き入れてしまったシュザナ王の気持ちが、今ならよくわかる。
サーシャは基本、自由奔放な性格をしている。気まぐれで、先ほどまで真剣に何事かを思案していたかと思えば次の瞬間には満面の笑みを浮かべていることもしばしば。
くるくると変わる表情は見ていて飽きない。
まるで猫のようだ、とアサルは思う。元々は忠実に主人に従う犬を好んでいたが、自由気ままな猫も飼えばかわいらしいかもしれない。
アサルはうんうんと納得しながら頷き、サーシャはそんなアサルに首を傾げた。それから「あ、」と何かを思い出したように声を漏らすと、輝かしいばかりの笑みを浮かべた。アサルはこの笑みにも弱い。
「そういえば、アサルに聞きたいことがあったのじゃ。」
「ん?何ですか?」
一体どんなかわいらしい質問をしてくるのか、とアサルは身を屈めてサーシャに顔を近づけた。
傍に控えている侍女や騎士から見ると、年下の婚約者がかわいく思えて仕方ない青年と、年上の婚約者を素直に頼るかわいらしい少女というなんとも微笑ましい光景だった。
「ややは一体何時頃やってくるのかのぅ?」
「やや、ですか?」
聞きなれない単語に今度はアサルが首を傾げた。
サーシャの後ろに控えていた侍女が何故か顔を赤くしたり青くしたり忙しないことに気付き、アサルはますます不思議がった。
「わらわの国ではややはコウノトリが運んできてくれるのだが、サマーンではキャベツ畑でキャベツにくるまれてやってくると昼間に聞いたのじゃ。」
「――――は?」
僅かな沈黙の後、アサルは短く声を漏らし、その後再び沈黙が訪れた。
サマーン国でキャベツにくるまれてやってくるものといえば。
「...姫様、その話はまた後日、と申し上げたではありませんか。」
酷く狼狽した侍女が沈黙を保ったまま動かない2人の間に割ってはいった。騎士はそんな侍女に「いい仕事した!」と心の中で拍手喝采を送った。
あのままでは、夜が明けるまで固まったままであろうアサルに同情を覚えながら。
毎夜、2人を別々の寝室へと送り届けている侍女と騎士は知っている。2人の間にはまだ何も、そう、何も(大切なことなので二度言った)無いということを。
アサルとサーシャは仲睦まじいが、艶のある甘い雰囲気になることは皆無だ。
いずれは、とは思っているのだろうが、アサルはサーシャのことを妹とか従姉妹のように接している。急に距離を縮めようとはしない。
アサルは良くも悪くも草食系王子なのだ。
「...サーシャ。」
そ、っとサーシャの白く小さな手を握り締め、アサルはようやく視線を上げた。
互いにじっと見つめあう2人を、侍女と騎士は「もしや今夜こそ2人の関係に進展が?!」「いやそこは自重してください王子婚前交渉などいけません!!」と心の中で叫びながらも、ごくりと息をのんで見守った。
「...明日は、キャベツ畑でも見に行きますか?」
「いいのかえ?!」
ぱっと瞳を輝かせたサーシャがアサルの腕に飛びつく。
「昼間の話を聞いてから、ずっと見てみたいと思っておったのじゃ。」
キャベツとは一体どのようなものなのかのぅ、と言うサーシャに「想像したものを絵に描いてみてはどうですか?」と答えるアサル。
途端にほのぼのとした雰囲気がこの場に戻り、侍女と騎士はほっとしたような、少し残念なような複雑な心情で互いに目配せした。
国力差婚とかナントカと言われている2人の婚姻だが、この2人という組み合わせ以外は在り得なかったかもしれない。
言葉を交わさずとも小さく頷きあう侍女と騎士に、今度はアサルとサーシャが2人揃って首を傾げるのだった。
全然進まない2人にやきもきする侍女と騎士。
いつかこの2人にも名前をつけてあげたいと思います。




