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宴の翌日。
草食系のアサルさんはいとも簡単に恋の予感をスルーした模様です。
翌日、アサルはアーリヤ国の王と謁見するために控えの間にいた。
アーリヤ国はサマーン国とは格が違う。謁見、という形になるのは仕方のないことだし、アサルは気にも留めていなかった。
昨夜とは違う色の正装を纏い、ソワソワと落ち付かない気持ちを押さえ込むようにぐっと両の手を握り締め膝の上に置く。
今日の謁見で王と今後の貿易について話し合う。
出来れば今よりも行き来を増やしたい。荷を運ぶのは海路が良いのだが、サマーン国が保有している貿易船は数が足らない。その点においても助力を求めなければ。
そんなことを考えながら待つ間、アサルは昨夜在った少女の存在などすっかり頭から抜けてしまっていた。
アサルの名が呼ばれたのは、控えの間に入ってから30分ほどした後だった。
謁見の前に入ると、簡素だが荘厳な雰囲気のする王座にゆったりとアーリヤ国王シュザナが座っていた。
心なしかその瞳に厳しい光を宿している。
これが大国の王のあるべき姿なのだと、アサルはさしてその厳しい瞳を気にしなかった。
「サマーン国の第一王子、アサル殿か。」
「はい。この度はこのように言葉を交わす機会を与えてくださり有難く―――」
「あぁ、余計な挨拶など良い。」
さも面倒だと言わんばかりに片手をヒラヒラさせたシュザナ王に、アサルはきょとんと目を丸くした。
「アサル殿。昨夜の宴の目的はご存知だったか?」
もちろん知っていただろうけれどな、と言う言葉が聞こえてきた気がするのは、気のせいだろうか?
それに、その質問をされるのは二度目だ。
「サーシャ姫の成人祝いの宴、ですよね。」
澱みなく答えたアサルにシュザナは深く頷いた。何故か悲壮感を漂わせて。
「そうなのだ。...それで、アサル殿の此度の用件を伺おうか?」
「はい。この度私がこのように王とお会いしたのは、今後の我が国との貿易の発展についてのご意見を伺いたく―――」
「それだけではあるまい。」
「は?あの、では、文化交流はどうでしょうか?風土の違う我が国ですが、アーリヤ国の文化は共感を覚える物が多く―――」
「いや、それが本題ではあるまい?」
「...は、い?えぇ、そうですね...では、鉱山の発掘技術についてはどうでしょうか?
我が国は宝玉は取れませんが鉄などはわりと採れますから、固い地盤を掘り進む技術については両国の技術者たちが話し合う場を設けてみたら何か新たな技術が生み出される可能性があるかと...?」
「...」
黙りこくってしまったシュザナ王に、アサルはたらりと背中に汗が伝った。
どうやら、今口にしたものはどれもシュザナ王の思っているような興味をそそられる話ではなかったらしい。
一体この場の雰囲気をどうしたものか、とアサルの頭の中は半ばパニック状態だった。
せめて現状維持を―――と再び貿易のことを口にしようとした時、謁見の間に涼やかで凛とした、だがかわいらしい声が響いた。
「父上。その者にアーリヤ国で最も貴重とされている一粒の黒曜石を与えてたもれ。」
アサルは聞き覚えのある声に思わず振り返り、そして息を飲んだ。
謁見の間の扉は何時の間にか開け広げられ、そこには1人の少女が背筋をピンと伸ばし佇んでいた。
「...サーシャ。」
呆れたように、だがどこか慈しむような柔らかい声がシュザナ王の口からもれた。
「サーシャ、姫?」
シュザナ王が口にした名を、小さな声で復唱する。すると、少女は黒曜石のような瞳を細めて微笑んだ。
「ようやくわらわの名を呼んだな、アサル殿。」
いや、そもそも名前を聞いてなかったので今初めて知りました。アサルは心の中で突っ込みを入れて、その直後「えぇ?!」と思わず声を上げた。
「さ、サーシャ姫?!」
少女、サーシャはさらりと裾を翻して颯爽と歩き始めた。アサルの隣で足を止めると、シュザナ王を見上げてにこりと歳相応の笑顔を見せた。
「父上。わらわは、外の世界へ出てみたい。様々なことを見て、聞いて、触れて、感じたい。アサル殿と共に。」
「サーシャ...」
もはやシュザナ王には王としての威厳などどこにも見当たらなかった。そこに在るのは、ただ娘の言葉にうろたえどうしたものかと迷う一人の父親の姿だった。
「わらわの最初で最後のわがまま、聞いてたもれ?」
こてん、と首を傾げて上目遣いをしたサーシャは確信犯だった。
家族の誰しもが、このお願いの仕方に首を縦に振らないわけがない。末の娘としての経験上それがわかっていた。
「...サーシャがそこまで言うのならば、仕方がない。」
ふぅ、と重い溜息をついてシュザナ王は膝を打った。
「アサル殿。サーシャをよろしく頼んだぞ?」
「え?は、はい!?」
とりあえず返事はしてみたものの、語尾は僅かに上がらざるをえない。
この場で唯一話についてこれていないのはアサルだけだった。
サーシャはアサルのひょろりと縦長い身体に寄り添い、その顔を見上げた。
「共に1ヶ月馬車に揺られてようぞ、アサル殿。」
(―――えぇええええ?!)
最早、それは声にならない叫びだった。
昨夜の宴はサーシャ姫の成人祝いだけでなく、婚姻相手を選ぶためのものであったことをアサルが知るのはその日の夜、シュザナ王と王妃、その息子や娘たちと会食した時のことだった。
いつの間にかサーシャに気にいられ、そしていつの間にかその婚約者の座についてしまったアサルは、周りに流されるがままそれを受け容れてしまっていた。
大国の姫君相手の婚姻話。戸惑いはあるが、アサルに断る理由は無かった。今まで浮いた話のひとつも無かった自分の身の上に初めて感謝した。
サーシャの婚約者の座を狙っていた輩にはジロジロと嫌な目で見られたが、それでも構わない、というかあまり気付いてもいないアサルは「昼行灯の逆玉乗り」と嫌味を言われても「はぁ」と気の抜けた返事しか返さなかった。
アサルにとって降って沸いたサーシャとの婚姻話は確かに逆玉の輿だったが、それ以前に純粋にサーシャがこんな平凡な自分を慕ってくれているという事実のほうがなんともこそばゆくもあり嬉しくもあった。
普段は大人びた笑みを浮かべて大国の姫らしく振舞っているサーシャが自分にだけ歳相応の好奇心を隠そうともせずあれこれと聞いてくるのも保護欲が刺激される。
サーシャの興味を独占出来ることにアサルは喜んだ。もっと笑顔を見たい、もっと他の表情も見てみたい。そう思えるまで時間はかからなかった。
順序は多少違えど、これも立派な恋愛結婚。アサルの認識はそんな感じだったのだ。
アーリヤ国シュザナ王の元で正式にサーシャに婚姻を申し込みそれを受諾され、その数日後にはすでに荷造りを済ませたサーシャを伴いアーリヤ国を発ち、1ヶ月の馬車の旅が始まった。
大国の姫の割に少ない荷物に驚くアサルにサーシャは「この身ひとつで嫁に行くのがアーリヤ国の風習」と教えられ少し感動したことや、馬車の中でサーシャから歳を聞かれ21歳だと答えると「三の兄者と同じ歳か。妥当な歳の差よのぅ?」と笑顔を向けられ思わず赤面してしまったことや、途中で立ち寄った市場ではしゃぐサーシャの手を思わず握ってしまってまたしても赤面してしまったことは、後になって2人の良い思いでとして語られることとなる。
こうして、西の小国サマーンはアーリヤ国で最も貴重とされる黒曜石を見事に持ち帰り、その後互いの国で強い信頼関係を築いたというのは、逆シンデレラストーリーとして自国だけではなく他国でも永く語り継がれることとなるのだった。
短いですが、これにて本編完結です。
思いついたら後日談とか周りの人たちの話とか追加しようかなと思います。




