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上司の戯言

「“攻め”の反対は“受け”。

そう、BLには必ず“攻め”と“受け”がいる。」


なんて素晴らしい設定なのだろう、と私——管優かんゆうは思う。

これを聞いただけで、あれやこれやと想像が膨らんでいく。

(やばい、ニヤニヤが止まらねぇ)


「おい、何キモい顔して突っ立ってんだよ」


声がしたほうに目をやると、歯を磨きながらこちらを見ている彼氏、一宮零いちみやれいの姿があった。


「彼女に向かって“キモい”はないでしょ!」


まあ、確かにニヤニヤしていたけどさ。

そんな言い方しなくてもよくない?と反論したいところだが、どうせいつもの言い合いになるだけだと思い、言葉を噤んだ。


「というか昨日さ、『明日は上司から重要な話があるから早めに仕事行く』って言ってなかったか?」

零はそう言って、ちらりと時計を見る。


「……今、7時だぜ。時間、大丈夫か?」


「うわ!やば!行ってくるね!」


零の言葉で我に返った私は、慌てて身だしなみを整え、玄関の扉を開けた。上司の“重要な話”に、少しだけ期待しながら。

今日は、とても清々しい朝だ。

そんなことを考えつつ、家を飛び出す。


「おう、いってらっしゃい!」


その声を背に、私は会社へ向かった。








『まもなく、7番線に、〇〇行きが到着いたします。白線の内側までお下がりください』








(んー……やっぱり昇進の話かな。最近、上司がやたら褒めてくれてたんだよねぇ。……期待しても、いいよね)


そんなことを考えているうちに、電車が到着し、私は乗り込んだ。


——入った車両が悪かった。


いつもと違う時間の電車だからか、七号車はかなり混んでいる。

しまった、他の車両に移ろうと思ったが、時すでに遅し。身動きが取れない。


(ついてないな〜)


そう思ったのも束の間、目の前の広告が視界に入った。

そこには、イケメンの二人組が写っている。


(え!!何このイケメン!!!絶対こっちが受けじゃん!!!!で、こっちが攻めでしょ!!!!)


妄想は一瞬で加速する。


(え、待て待て。色々想像できるぞ!?……なるほど、このイケメンたち、アイドルなのか!へえ、史上最速の東京ドーム公演……すご。今まで知らなかったの、普通に罪だわ)


家に帰ったら、二次創作サイトで絶対に読む。

そう心に誓い、私は気持ちを切り替えた。


(よし。今は、昨日残してしまった仕事の続きをしよう)




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




『まもなく、〇〇、〇〇。お出口は(左/右)側です。〇〇線はお乗り換えです』








朝が早いせいか、会社にはほとんど人がいなかった。自分の席に向かうと、その隣に見慣れた後ろ姿がある。


「おはよう!」


「おはよう!優ちゃん!」


同僚の愛川凛あいかわ・りんちゃんだ。彼女は、私と同じ時期に入社した同期である。


「ねえねえ、優ちゃん。明後日のコミケ取材、めっちゃ楽しみで仕方ないよね!

質問事項も考えたから、あとで一緒に見てほしいんだけど、いい?」


彼女の眩しい笑顔は、私の心まで浄化してくれる。癒やされる〜。


「いいよ〜。私、上司に呼ばれてるから、ちょっと行ってくるね!」


「こんな朝早くから?頑張ってね!いってらっしゃい!」


本日二回目だが……やっぱり癒やされる〜。


そんな眩しい笑顔の彼女は、実は私と同じ世界の住人だ。というのも、彼女も同じ腐女子なのである。

もともとBL界隈にはそこまで詳しくなかったらしい。存在を知っている、という程度だったそうだ。


しかし、私と同期だったせいで。

しかも席が隣だったせいで。


今となっては、私よりも腐っているんじゃないかと思うほどだ。


この話を零にしたとき、

「お前、腐菌を俺以外にも移すなよ!何やってんだ!可哀想だろ!」

と軽く叱られたのが、今では懐かしい。







「管です。」

私はドアをコンコンと叩き、入っていいかを上司に確かめた。上司の部屋に入るのは久しぶりだ。それに重要な話をするということで、少し緊張する。


「どうぞ〜」


中から明るい声が聞こえる。その声に、少しだけ安心しながら部屋に入った。


「失礼します」


「そこ、座って〜」


私の上司、葵美玲あおいみれいさん。

彼女は、BL界隈記者の始祖とも言われている人物だ。


「失礼します。あの……どういったご用件でしょうか?」


「あのね〜、そのね〜。今のBL部門から、アイドル部門に移動してもらおうと思ってぇ」


「……は、はい?」

(はいーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!??????どういうこと!!!!!!!!??????)



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