媚薬事件
春を迎えた王都。
第一騎士団の食堂にて…昼下がり。
周りの騎士たち最強の騎士レオニードを見ながら、ほのぼのしていた。
ここ最近、ぐっと距離の縮まったアレクサンドルの妹の女騎士のナターリヤとレオニード。
どうやら、冬頃から付き合っているようだ。
(つきあってるんだねぇ…!青春!)
と温かい眼差しで見守り涙している。
「レオニード…苦労してたもんなぁ」
「ナターリヤと仲良くておじさんたちほっこりしちゃうよ」
「鶏の丸焼きじゃなくて豚の丸焼きがたべたいかい?なんでも頼むんだよ」
何事か分かっておらず、鶏肉をもぐもぐと食べる安定のレオニード。
「精をつけなさい。精を。今夜もナターリヤと一戦交えるんだろ…?」
とつぜんの下ネタに周りはレオニードに何か聞き出そうと包囲し始め、へっへっへっと下衆な話題へ持っていこうとしていた。
男の世間話で盛り上がるといえば、自然と下ネタである。
幸いにもナターリヤはまだ食堂に来ておらず、チャンスとばかりレオニードを囲い
「何回くらい夜は楽しむの?」
「おまえはデ◯いから大変そうだなぁ?」
とじわじわ質問の際どさをふかめた。
もぐもぐ…
(…夜の一戦?)
なんとなく下衆な下ネタに話題を向けられていると感じた。
伊達に男だらけの騎士団で長年生活をしてきたわけではない。
「はい。あげる」
と、おじさん達はニヤニヤして謎の小瓶を懐から出して机の上に置いた。
「おお…!それは!」
歓声があがり、騎士たちが群がって液体の正体を東洋の秘薬、つまり媚薬であると拍手し始めた。
「これを一滴食べ物に入れれば女の子はうっとりした瞳に。
二滴入れれば、体が熱くなり甘い声を出し
三滴入れたら最早とろとろ…」
ゴクンッと鶏肉を飲み込んだレオニードは話を理解したのか、目を丸くして一言言った。
「素晴らしいな」
「だよねーー!あげるあげるーー!
夕方ナターリヤのワインにでも入れてたのしんじゃってー☆」
ぎゃはははは!とパリみのノリで踊りだしたおじさんに、レオニードも無表情で身体だけ小刻みに動いてノリだした。
そこへ、ナターリヤ登場。
「あーお腹減ったぁー!あれ、何踊ってんの?」
瞬時に静まりかえり席に着いた騎士たちのおかしな行動に、ナターリヤは「へ?」と今は見た光景は幻だったかと首をかしげた。
レオニードが肉のついてない鶏肉の骨をしゃぶり不自然に肉を取ろうと骨をまわしている。
騎士たちには静かにパンをむしり食べる者や、ぶどう酒を酌み交わし一気飲みしている者もいた。
(何この雰囲気…絶対何か隠してる。気持ち悪い)
「レオニード、たまにはちゃんと野菜を食べなさいよ。バランスってもんがあるのよ、食事のバランス!
ほら。私の野菜スープあげるから!
皿を隠すなーーーー!!」
子供のように皿を机の下に隠し、新しい鳥肉に手を伸ばすレオニードに深いため息をついた。
「そんなんじゃいつか身体壊すからね!」
「壊したことない。これからも壊さない」
「野菜を食べて健康を保ってる世の中の人間に全力で謝れっっ!!」
痴話喧嘩を始めた2人に騎士たちは青春を感じ、涙ぐみながらうなづいた。
「まったくもう…っ子供なんだから」
ブツブツと文句が止まらずにスープを飲むと、少し味が足りない気がした。
そこへ、レオニードの傍らにある小瓶が目に入る。
いつも机に置いてある香辛料とは違う少し装飾のついた銀の小瓶は、キラキラと輝き興味を引く。
「なにこれ。新しいハーブ?」
手を伸ばしたナターリヤが無造作に持ち上げた。
声にならない声を上げ周りの空気が凍りつく。
レオニードは小瓶を凝視して硬直した。
周りの視線を感じ、ナターリヤは持っている小瓶から魔力のような禍々しさを感じた。
「まさか…」
「貸せ」
「へ…?あ…」
無表情に戻ったレオニードは素早く小瓶を手にすると…
「あ…あああああああああああーーーー!!」
天を仰ぎ小瓶の中身を一気飲みしたレオニードに、その場にいた全員の騎士が悲鳴をあげた。
「ぎゃああああああーーーーー!」
「それ、多分10回分っ10回分!!!」
「吐けっ!今すぐ吐けっ!!死ぬぞーまじで死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!」
「性欲の化け物になるぞぉぉぉぉーーー逃げろおおおおおーーー!」
レオニードは飲み干した小瓶を勢いよく机に打ちつける。
カァァーン!
甲高い瓶底を打ちつける音が響き、慌てふためく騎士たちの中で、彼が深く息を吐き出すのを聞いた。
しばしの静寂がその場を包み、唖然とするナターリヤと青ざめている騎士の群れ。
「…先に、馬の準備をしてくる。午後からの訓練の前に行かなくては」
淀みなく言っているが、どことなく声が震えている。
そのままレオニードはくるりとキビツを返し、いつもと変わらず食堂の扉を出ていこうとしたが…
ドガァァァン!!
レオニードが扉を開けずにそのまま頭から激突した。
はげしい激突音に、ナターリヤ達が悲鳴をあげる。
「ぎゃああああああーーーーっ首っもげた!?」
「…っ問題ない」
扉を開けると徐々に顔があかくなっていく。
石造りの廊下へフラフラと千鳥足で進みながら、レオニードは胸で息をし、苦しそうに着ていた上着を脱ぎ始めた。
動悸が早まり身体が燃えるように熱い…目の前がチカチカと光り、息をはげしく上下に吐きながらつぶやく…
暑い…暑い?…熱い…っ熱いっっ!!
「熱い!!!」
「っきゃぁぁぁぁぁぁぁぁあーーーー!?色気の魔人ーーー!?」
館を出て外へ出た途端、レオニードがいやらしく息を絶え絶えに吐き、上半身裸となっている。
そして、目の前に偶然いたメイドの前でズボンまで下ろそうとしていた。
うれしい悲鳴にも似た叫びを聞きつけ、追いついたナターリヤも叫ぶ。
見ていたほかの騎士も阿鼻叫喚になってレオニードの奇行に泣いた。
「やめろーーー!!捕まるぞ!!」
顔を真っ赤にし、レオニードは息も絶え絶えになってあえいだ。
「…っ!熱い…!もう誰でもいい…」
振り返ると、ナターリヤが青褪めたまま立ち尽くしている。
「いや!!誰でもいいわけでは…ない!!」
「いやぁぁぁぁぁあーーーーーー!?」
全速力で走ってきた極北の獅子に、ナターリヤは悲鳴をあげて逃げた。
10分後。
あまりの心臓の速さに倒れ込んだレオニードは、それから3日間閉鎖病棟で熱が冷めるまで隔離となった。
「馬鹿ね…こんなの一気飲みして、ずっと水風呂に入らないといけないなんて…」
「………」
最強の騎士のこの可愛いお間抜け騒動は、その後も語りつがれることとなるのは、言うまでもない。




