第92話 イーリスの街
メイたち一行は鳥族の隠れ里を目指し移動していた。トゥフカが馬を捕まえてくれたので、進む速さは格段に上がっていた。
「鳥族の隠れ里は魔国にほど近いイーリス砦の近くの湖畔にございます。もう少ししましたら見えてきますよ」
ヨーツェンは隠れ里に帰れるのが嬉しいのか、メイの肩の上でウキウキと弾んでいた。
「イーリス砦って、新しい魔王に攻め落とされたんじゃなかったっけ? 大丈夫なの?」
メイは疑問に思ってヨーツェンに聞いた。
「それが、大丈夫だったのでございます。新しい魔王様は、死者なくイーリス砦を落とされたのでございます。攻撃こそしてきましたので、怪我人は出たようですが、兵士を殺したりは一切無かったそうです。魔王様は一気にイーリス砦の中枢に侵入し、イーリスの戦力を無力化してしまったのだそうです。
しかも、すぐに兵を引き上げて魔国に帰っていったとか」
「何故わざわざそんな事をしたんだ?」とユオが首を傾げる。
「分かりません。噂では、魔王様はイーリスの領主の前に現れて騒動の謝罪までして帰っていったとの事です。新しい魔王様は先代に似てお優しい方なのかもしれませんね」
* * *
森を抜けるとすぐにイーリスが見えた。背後には大きな山があり、山の頂には夏なのに雪が残っているようで白くなっていた。山の前には大きな湖とイーリスの砦があり、とても美しい眺望だった。
「隠れ里に入る前にイーリスで休憩しましょう。お二人共長旅で疲れが溜まっているでしょうし」とトゥフカが提案してくれた。
「大賛成! もう身体中臭くて仕方なかったんだ! でも、捜索願いは大丈夫かな?」
「さすがにフィンド国外までは出されていないはずです」
メイは大喜びした。彼これ二週間以上、まともな風呂に入っていなかったからだ。
イーリスの街に入るとすぐに大きな馬宿があり、そこに三人の馬を預けた。
街は石畳で綺麗に整備された道が続き、建物も石造りで趣があった。
「お勧めの宿がありますので、是非案内させてください」
トゥフカの案内で、一行は宿に到着した。他の建物と同じように石造りで三階建ての建物のようだ。宿の規模としては、大きすぎず小さすぎずといった大きさだろう。
宿に入るとカウンターに恰幅の良い女将さんが一人受付をしていた。メイは学生時代の寮母を思い出した。
「あら、トゥフカじゃないかい! 久しぶりだね」
女将さんはトゥフカと知り合いらしく、声をかけた。
「バーバラ、久しぶり。元気だった?」
「元気、元気! 元気過ぎて困ってるくらいだよ!」
「魔王が来た時は大丈夫だったの?」
「あぁ、魔王は攻撃の前に、しっかり宣戦布告してくれてね。私たち一般市民は先に山まで避難したのさ。宿も一切壊されなかったから、魔王が帰った後はすぐにいつも通りの生活が出来たよ。まるで、軍事演習のようだったねって街の人間は皆言ってる位さ」
そう言って女将さんは肩をすくめた。
「今日は一人じゃないんだね。何部屋使う?」
「俺の分を一部屋と残りの二人は夫婦だから一つの部屋でいいよ」
メイはトゥフカの発言に耳を疑った。
だめだ!――と首を横に振ってトゥフカに伝えたが、トゥフカはユオに向かってガッツポーズを返していて気がついてくれない。
どうやらトゥフカは既にユオの従順な下僕と化しているらしい。
いつの間にそんなに仲良くなったんだ……
メイは開いた口が塞がらなかった。
女将さんがトゥフカに一つとメイに一つ、部屋の鍵を持たせてくれた。
宿の階段を登りながらメイはトゥフカの説得を試みた。
「トゥフカさん。そんなにユオと仲良くなったのなら、私と部屋交換しませんか?
私一人部屋でゆっくりしたいです」
「あぁ……大丈夫ですよ、メイさん。部屋は殿下と一緒ですが、ベットは二台ある部屋なので、休みたい時はしっかり休めると思いますよ」
トゥフカは絶対に一人部屋の鍵をメイと交換してはくれなかった。
休みたい時って、なんだよ! 私は常に休みたいんだよ!
部屋に入るとメイはすぐに魔法カバンからチョークを取り出した。
「させるか!」
ユオは素早くメイのチョークを持った手を押さえた。
「二度と同じ手は食らわないぞ、メイ」
ユオは得意気な顔をしている。
「もう、分かったよ……妥協するから、今晩だけは一人で寝かせて。これお願いだから」
ユオは傷ついた顔をしている。ユオはメイのお願いは断れないのだ。
「ちょっと座って話をしよう」
メイはユオの手を引いて、部屋にあった椅子に座らせた。メイも向かいの席に座って話し始めた。
「ユオ、大事な話。私はユオのこと大好きだよ。でも長旅で疲れてるから、しっかり休みたいの。ユオの事が嫌で言ってるんじゃないんだよ」
ユオは納得いかないようで、シュンとしている。
「もう……仕方ないな……」
メイは立ち上がり、ユオの膝の上に座ってユオの唇にキスをした。
「じゃ! 私、お風呂入りたいから! 今日は何もしないでね!」
メイはさっと立ち上がり、風呂場へと消えた。いなくなる間際、メイの耳が赤くなっていたことをユオは見逃さなかった。
メイからキスされたのは初めてかもしれない。
ユオは嬉しくなって、両手で顔を覆った。




