第76話 エルメルとユオ
エルメルの行きつけの酒場についた二人は、カウンターの席に並んで座った。
「エールを一つ。ユオは飲めるようになったか?」
エルメルはユオに尋ねた。
「飲むとメイが嫌がるから」と断りながら、ユオは首を横に振った。
「じゃあ、果実水を一つ」
エルメルが適当に注文した食べものと飲物がカウンターに並ぶ。
「じゃ、ボス討伐を願って、乾杯」
エルメルの声で二人はグラスを合わせた。
エルメルは一気にエールを半分ほど飲んだ。ユオは果実水をちびちび飲んでいる。
「ユオは最近どうなんだ?」とエルメルがなんの脈略も無しに聞いてきた。
「冒険のことですか? 昨日90階層のボスは倒しました」
「違う! 冒険のことなんか聞かなくても分かる! メイちゃんとどうしてるかだよ」
ユオは眉間にしわを寄せて、嫌そうな顔をした。
「普通ですよ……」
「なんだよ、つまんないな。お前はメイちゃんの前でもそうやってツンケンしてんのか?」
「……」
ユオはあえて何も言わなかった。
「いいなぁ……お前若いから毎日やりたい放題やってんだろ?」
「……」
「あれ? 違うのか?」
「……メイが嫌がるから」
ユオはムスッとした顔をしている。
そんなユオを見てエルメルはにやにやした。
「お前、さては下手くそなんだろ」
「……」
ユオは益々不機嫌そうだ。
「歴戦の戦士の先輩が聞いてあげるから、相談してみなさい。ほら」
「………メイはあんまりそういうことが好きじゃないみたいで…… しなくてもいいとすら思ってるみたいです。あんまり感じてるようにも見えないし――って、そういうエルメルさんはどうなんですか?!」
ユオはエルメルに詳しく話したくないようでエルメルに話を振った。
「俺? 俺かぁ……
お前位若かった時は毎日頑張ってたよ。うちは嫁が三人もいるだろ? 周りからは羨ましがられるけど、結構大変なのよ。
若いころは一日で三人相手できたけど、最近はちょっと限界だな。一日一人相手して、一日休憩日挟んで、次の日に二人目って感じでローテーションでやってる。これでも年の割には頑張ってる方だと思うぞ」
エルメルは自分のパーティメンバーを嫁と呼ぶ。フィンド王国の法律では一夫多妻は認められていないので、籍は入れずに自分たちで勝手に言っているのだろう。
「エルメルさんって、歳いくつでしたっけ?」
「今年で29だよ……よくここまで冒険者続けられたなって自分でも思う」
エルメルはエールを飲みながら、染み染みと感慨にふけった。
冒険者は体力のいる仕事で危険も伴うので、長くても20代の始めに引退したり、新人指導員になる冒険者も多かった。
「引退とか考えるんですか?」
「考えてるよ。今度のボス討伐が成功したら、かなりの報酬が出るから、それで田舎に土地でも買って暮らそうかなって嫁たちとは相談してたところ」
「……以外でした。いつまでもやるんだと思ってました」
ソッケロだけでなく、フィンド王国最強と言われた男でも引退は考えるらしい。
エルメルは笑った。
「そんな訳無いだろ! 嫁たちも子供が欲しいって言ってるから、そろそろ潮時かな。子持ちがやる仕事じゃないよ。
それに、最近魔国の方がきな臭いって噂があるからな」
「きな臭い?」
「そうだ。たぶん近いうちに戦争になる。十年位前に魔国で内乱があったのは知ってるか?」
ユオは首を横に振った。
「なんでも、その時の魔王のお后様が亡くなって、獣人族が内乱を起こしたらしいぞ。詳しくは知らないけどな。その時に魔国にいた多くの獣人族は国外に逃げたらしい。
それで、数年前に魔王が代替りしたらしいんだ。その魔王がかなり好戦的らしくて、隣国のエーデンに何度も攻撃を仕掛けているらしい。フィンド王国はエーデン王国と同盟国だから、エーデンと魔国が本格的な戦争に発展したら他人事じゃない。
冒険者は有事の際は国のために働く契約になっているから、このまま続けてたら戦争に参加しなきゃいけなくなるんだよ」
ユオは複雑な心境だった。優香以上に憎んでいた父親が亡くなった事実を聞かされたからだ。しかも、自分ではない人間が魔王を継いだという。元々継ぐ気はさらさらなかったが、それとこれとは話が別だ。
「新しい魔王はどんなやつなんですか?」
「詳しくは知らないが、かなり若いらしい。先代の息子だって話らしいぞ」
故国に自分はいないので、恐らく新しい魔王は優香の子供なのだろうとユオは考えた。ユオは強い嫌悪感を感じ、吐き気がした。




