第74話 猫と鼠
60階層のフロアボスのリッチを倒した二人は、出現した転移魔法陣に入り、ソッケロの街まで帰ってきていた。
ダンジョンを出てすぐに、ユオは後ろからメイの手を掴んだ。
「な、なに?」
「この五日間……ずっと我慢した……」
はてさてメイには心当たりがない。
「ずっとメイと仲良くできなかった!」
ユオは怒っているようだ。
「は、恥ずかしいからやめなさい!」
周りにいた他の冒険者たちの目が気になって、メイはユオの口を塞いだ。
「せっかくの二人旅……楽しみにしていたのに……」
ユオは今度は涙目だ。
「まぁ、ユオさん。落ち着きなさいな。
私たちはいちゃいちゃするために冒険者になったのではないはずだよ」
メイは正論を言った。
ユオが反論しようとしたのをメイはまた口を塞いで止めた。
「ここでは、人が多いから、場所を変えよう。
ひとまず、ずっとお風呂入れてないから、頭かゆい。宿で休憩しよう」
ユオは猫になってメイの腕の中に飛び込んできた。喉をごろごろと鳴らしている。
メイは宿に帰っても休憩できないのではないかと嫌な予感がしたが、ユオのために折れることにした。
* * *
「ねぇ……ユオ……私疲れちゃったよ……ちょっと痛くなってきたし」
「……オルガの薬籠になんかいいの入ってないの?」
「お母さんが娘にそんな物持たせるはずないでしょ!」
「上級ポーションとかつけたら良くならないかな」
「上級ポーションをそんなことには使いません!」
ユオは渋々メイとは反対方向を向いて寝始めた。メイもユオに背を向けて壁の方を向きながら寝た。久しぶりのベッドは柔らかかったせいか、疲れがたまっていたせいか、すぐに眠ることができた。
何時間寝たか分からない。メイが目覚めると辺りは明るくなっていた。メイが自分の背中側にぐるり寝返りをするとユオがいなかった。
少し起き上がり、部屋を見回すと、床に置いていたオルガの薬籠の蓋が空いていた。
猫型のユオが薬籠に前足をかけて中を覗き込んでいる。中にいる二匹の鼠は、可哀想に身を寄せ合って震えていた。
「材料はこちらで用意する……必ず作るように……」
鼠は反論した。
「猫さん……私たちはオルガ様がご自分で作ったことのある薬のみ作ることができるのです……」
「口答えするな! 私は【記憶の水鏡】が使えるから、知っているぞ……お前たちはオルガのスキルの【薬品改良】なら使えるはずだ……
既に作ったことのある薬品を私の希望通りに改良すれば良いではないか……
いいか……必ずだぞ……歯向かったら、お前たちのどちらかが私の腹の中に収まることを忘れるな」
鼠たちは震えながらコクコクと頷いた。
「何やってるの?」
メイが声かけると、ユオはビクッとして薬籠の蓋を閉めた。
「め、メイ……起きたのか?」
ユオは猫のままベッドに飛び乗り、メイに自分の体を擦り付けた。
「あの……誤魔化さないでくれます…… 今、鼠さんたちをいじめてましたよね?」
「な、なんのことか分からないな……」
ユオはメイに腹を出して寝っ転がった。
メイがユオの腹を撫でると、気持ち良さそうに喉を鳴らした。
メイは油断したユオの両前足を両手で掴み、上から押さえつけた。
「嘘を言わない。私見てたんだから。
鼠さんたちに何か作らせようとしてるでしょ! 白状しないと、こうだ!」
メイはユオの腹のもふもふに自分の顔を埋めて、猫を吸った。
「っ!」
ユオは声にならない声を出している。
「どうだ、まいったか」
「気持ちいいから、もう一回して……」
メイは馬鹿馬鹿しくなって諦めて服を着た。




