第71話 道筋
「まぁ、メイ! ソニヤ! おかえり!」
メイは、帰宅を歓迎してくれた祖父母の出迎えを無視して走った。急いで階段を駆け上がり、自分の部屋に入ると内側から扉の鍵をしめた。
メイはさっきセヴェリにされた話を思い出し、怒りが沸々と湧いてくるのを感じた。
なんで私の将来を私が好きに決めちゃいけないの!?
お父さんの人生じゃなくて、私の人生なのに!!
メイはむしゃくしゃして、ベッドに入り布団をかぶって丸くなった。
早くユオに会いたかった。ユオなら、きっとメイを慰めてくれるはずだからだ。
しばらくして、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「メイ、私よ。話がしたいから中に入れて」
オルガの声だった。
メイはどうしようか悩んだが、部屋の鍵を開けてオルガを中へ入れた。
「ありがとう。お茶持ってきたよ。飲みながら、ゆっくり話そう」
メイの部屋のソファに二人は向かい合って座り、お茶を飲んだ。
オルガは静かに話し始めた。
「メイ………私も、若いころ冒険者をしていたけど、両親に反対されてね……家を飛び出してきたのよ」
メイは記憶の水鏡で見て知っていたが、何も言わずに静かに頷いた。
「大人になった今では、親の言う通りにしていれば苦労することもなかったのかもって考えることもあるんだけど……
でも、後悔はしていないの。あの時、家を出ていなかったら、メイにも、セヴェリにも、ソニヤにも……他にも沢山できた仲間や友達と出会えてなかったと思うから」
メイはまた頷いた。
「メイはどうして冒険者になりたいの?」
「…………実は……」
メイは学校であった事件の話をオルガにした。
「そんなことがあったのね……
確かに、誰かが優香を止めなきゃいけないのかもしれない。
ちょっと待っていなさい」
オルガはメイの部屋を出て、しばらくしてから膝に乗るくらいの大きさの薬籠と一冊のノートを持ってきた。薬籠は背中に背負えるように二本の肩ひもがついている。
「これはなんですか?」
「開けてみなさい」
メイは受け取った薬籠をテーブルの上に置き、一番上の蓋を開けてみた。
開けてみると、中では白いふわふわの鼠がせっせと働いていた。薬籠の中はドールハウスのような、小さな製薬工場になっていて二匹の鼠が休みなく何かを作っていた。
「お母さん、これなに?………かわいいんだけど……」
「これは私のスキルの一つで【薬品自動精製】のスキルよ。中にいる鼠たちが休みなく働いて薬を作ってくれるの。貸してあげるから持っていきなさい」
「ありがとうございます! でも、私に持たせてしまったら、お母さんの仕事に差し障るのでは?」
「大丈夫よ。そこにいる鼠はほんの一部に過ぎないの。スキルを使う度にレベルが上がって鼠も増えるのよ。今では数千匹の鼠が別の場所で薬を作っているわ」
メイは息を飲んだ。
「お母さん凄すぎです………こんなスキル使える人、大学の先生でもいませんでした……」
「二段目の引き出しを開けてみて」
メイは鼠の部屋の一つ下の段の引き出しを開けた。中は真っ暗な暗闇が広がっていた。
「ここは魔法カバンと同じ作りになっているの。集めた素材なんかをどんどん入れておける段よ。ここに入れておけば、鼠たちが勝手に薬にしてくれるの。メイは薬学の知識はどの程度身につけた? 必要な材料は分かるわね?」
「はい。大学にあった薬学の本は一通り読んだので分かります」
「上出来よ。私のオリジナルのレシピはこのノートにまとめてあるから、見ておきなさい。最後に一番下の段も開けてみて」
メイは言われた通りにした。中には小さな薬瓶や塗り薬が綺麗に収納されていた。
「この段に出来上がった薬が収納されていくの。ここがいっぱいになっていたら鼠たちは仕事をしないから、こまめに見て確認しなさい。使わなくて余っている薬は売ってしまってもいいわ。
薬の名前や効能は薬についているラベルに書かれているから暇をみて確認しなさい」
メイは試しに一本薬瓶を取って確認した。
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上級ポーション
上級回復薬。欠損した部位も修復する。古傷でも再生可。
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「お母さん、すごいの入ってるけど! これ売ったらいくらになるの!?」
オルガは笑った。
「家一軒くらいは買えるんじゃないかな。他にもすごいのがあるわよ。これとこれ」
メイはオルガに渡された二本の薬のラベルを見て、息が止まった。
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万能薬
どんな状態異常でも回復する薬
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蘇生薬
死んだ者を生き返らせる薬。死者の全身に振りかけるようにして使う。死体の腐食が進んでいたり、白骨化していたら蘇生できない。
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「お母さん………これ、やばいよ」
「そうね…… さっき見た上級回復薬と今見た二つは絶対に売らないでね。面倒なことになるから」
メイは頷いた。
こんな物を売ってしまったら、先生の能力が世間に知れ渡ってしまって、下手をしたら戦争にまで発展しかねないからだ。
「この辺りの強力な薬は私のオリジナルレシピだから、レシピも出発前に覚えてしまって、ノートは置いていきなさい」
「私、冒険者になっていいの?」
オルガは頷いた。
「自分のやりたいことを信じなさい。私は応援する。
セヴェリには私から言っておくから、こっそり家を出なさい。
きっと話し合いをしても平行線で折り合いをつけることはできないと思うから。
あ、でもメイ。結婚の話は私も賛成してないからね。私たち家族はユオのこと、どんな人なのか知らないから」
「分かった。勝手に結婚したりはしないから安心して」
メイは家族一人一人に手紙を書いた。
勝手にいなくなることを謝る手紙だ。問題が解決したら、必ず帰ってくるとも書き加えた。
メイはオルガのオリジナルレシピを読み終えて、しっかり暗記した。
学生時代にダンジョン攻略用に使っていたお気に入りの全身黒装備に着替える。勿論愛用のケープもだ。ソードベルトを腰に巻き、ショートソードを挿した。オルガに持たされた薬籠を背中に背負った。
メイは最後にオルガを抱きしめた。オルガもメイを強く抱きしめてくれた。
「じゃあ、行ってきます」
メイは自分の部屋の窓からバルコニーに出た。
「いってらっしゃい……頑張ってね………」
オルガは目に涙をためていた。メイもつられて泣きそうになったが、ケープのフードを手で引っ張って顔を隠した。
「ユオ、お願い、迎えにきて」
メイが部屋のバルコニーに出てユオを呼ぶと、ユオは屋根の上から飛び降りてきた。
ユオは心配そうにメイを見ている。
「メイ、ごめん……相談もなしにすることじゃなかった……
私のせいで、逃げるように家を出ることになってしまって………」
どうやら、さっきのことを反省しているらしい。
「いいよ。どっちにしても、冒険者になることは反対されてただろうから、逃げるのは仕方ないよ。
あ、でもこれからは大事なことは必ず相談してね」
メイがユオを睨んだので、ユオはコクコクと何度か頷いた。
「ユオ……メイのことを頼みましたよ……絶対に連れて帰ってきてね……」
ユオはオルガの目を見て頷き、メイを抱き上げてバルコニーから飛び降りた。




