第69話 聖女の罠【番外編】
「陛下、国外から魔国に侵入した怪しい娘が捕らえられたとの報告がありました。
とても腕がたつようで、兵士が何人も負傷しているようです。なんでも『自分は聖女で魔王陛下に用がある』と言っているそうなんですが……いかが致しましょうか?」
ヨーツェンが深刻そうにリュフトに報告してきた。
「けがをした兵士が心配だから、一度見に行こう」とリュフトは深く考えずに答えた。
「承知致しました。では、そのようにスケジュールを調整しておきます」
* * *
リュフトはヨーツェンを連れて国境沿いの砦を訪れた。
魔王が来たことを知った兵士たちが拍手喝采でリュフトの来訪を歓迎した。代表して国境警備を担当している将軍が挨拶に来た。
「陛下、遠方からのご来訪ありがとうございます。礼の聖女がいる所へご案内いたします」
聖女は砦の地下牢に入れられていた。
リュフトを見た聖女は飛び上がって喜んだ。
「あーー! やっと来てくれた! 魔王様」
「申し訳ありません。こちらで対応できれば良かったのですが、中々の魔法の使い手でして」
将軍は申し訳なさそうにリュフトに頭を下げた。
「謝らなくていい。そなたたちはいつも良くやってくれている」
「もったいないお言葉でございます」
「ねぇ、私の話も聞いてーー」
リュフトは聖女を名乗る女に向き直った。
「いいだろう。お前は何が目的で魔国に侵入した?」
「そんなの、魔王様に会うために決まってるでしょう!」
「私と会ってどうするつもりだ」
「それはぁ……魔王様と結婚するんだよ!」
この女、何を言っているんだ?
「ふざけるな! 本当の理由を言え!」
「ほんとうだってばーー! どうしたら信じてもらえるかなぁ?」
「埒が明かないな…… 拷問して、答えるさせるしかないか」
「わかった、わかった。魔王様と二人になったら、ちゃんと話すから、二人で話そ」
リュフトはヨーツェンと将軍を下がらせた。
「ほら、お望み通り二人になったぞ。早く本当の事を言え」
リュフトは聖女を鋭い目つきで睨んだ。
「もう……なかなか難しいなぁ……
これしたら、攻略簡単になり過ぎちゃうから嫌なんだけど……仕方ないね」
「何を意味の分からない事を言っている!!」
「エンケリ!【EasyMode】!」
リュフトは頭が割れるような激しい頭痛に襲われた。
「ゔぁぁぁぁ!!」
頭の中で何かがカチカチと音を立てている。
「陛下! 大丈夫ですか!?」
リュフトの叫び声を聞きつけて、ヨーツェンと将軍がすぐに地下牢に降りてきた。
<急にこの女が変な事を口走ったら、頭が割れるように痛んだんだ>
リュフトは思ったことが言葉にならなかった。
代わりに『あ、あぁ問題ない。心配するな』と勝手に言葉が出てきた。まるで自分とは違う何かがリュフトの体を乗っ取ってしまったかのようだった。
『この女を私の側妃にする』
リュフトの口は、また思ってもみないことを口走った。リュフトは起こっている現象が気持ち悪すぎて吐き気を感じたが、実際に吐くことはなかった。
リュフトがキサを溺愛していることを知っているヨーツェンは、信じられないとでも言わんばかりの顔をしていたが、驚き過ぎて声が出なかった。
『将軍。悪いが牢をあけてくれ』
将軍は、尊敬する魔王の命令ならと、地下牢の扉を開けた。
体が勝手に動いていた。
リュフトは体の自由を取り戻そうと頭の中で念じたが、取り戻すことがどうしてもできなかった。
(リュフト)は、聖女に手を差し伸べた。
『名前を教えてくれないか?』
聖女はうっとりした顔で(リュフト)の手を取った。
「優香といいます。私は魔王様をなんと呼べばいいですか?」
『リュフトと呼べ』
「リュフト……素敵な名前ですね……」




