第49話 新入生は聖女?
「メイ、知ってる? 今年は高等部から入学してくる生徒がいるらしいよ」
リンドが横から話しかけてきたが、メイは上の空だった。なぜなら、メイが愛してやまない妹のソニヤが今年度トーヤ大学薬学部に新入生として入学するからだ。
メイは今年度で高等部へ進学し十五歳になっていた。メイは相変わらず、フード付きケープを常に着る生活を送っていた。もはやケープがないと落ち着かないレベルにまで達していた。ケープは体の一部である。
ちゃんと、先生について食堂まで辿り着けるだろうか……
メイは妹に対して、かなり過保護になっていた。妹が石に躓こうものなら、地面と妹の間に自分が挟まる程だ。
「メイ、瞬きしないと、目が乾燥するぞ」
メイはもうすぐで食堂に入ってくるであろう妹を決して見逃すまいと瞬きを我慢していた。ユオがそんなメイを心配して、メイのまつ毛を人差し指で撫でた。
「や! さわらないで! 今、真剣なんだから」
メイは、少しだけぱちぱちと瞬きしたが、また入口の辺りを凝視している。
程なくして、食堂の大扉がゆっくりと開き、新入生たちが中に入ってきた。ぞろぞろと入ってくる新入生の中にソニヤがいることをメイは誰よりも先に発見した。濃いグリーンの髪に緑の瞳。髪と瞳は父親似だが、それ以外は母親似だ。オルガの色違いと言っても過言ではない。ソニヤは気恥ずかしそうに、もじもじしている。
「かわいい……可愛すぎる……」
メイはソニヤの様子を見て呟いた。
ユオとリンドは顔を見合わせて、やれやれと手を広げている。
「ほら、メイ。一番後ろに立っている女子が、今年度、高等部から入学してきた人じゃないか? 高等部1年だから、ホームルーム一緒になるんじゃない?」とリンド。
妹観察に忙しかったメイだったが、リンドに言われて新入生の後方を見た。
長い黒髪に黒い瞳……
メイは開いた口がふさがらなかった。
そこにいたのは、自分の本当の母親の優香にそっくりの人物だったからだ。
え? お母さん?
でも、お母さんだったら、もっと年取ってるはずだよね……?
その子の見た目はちゃんとメイと同い年に見える。
他人のそら似かな……
メイはふと、横に座るユオを見ると、ユオも何故か顔をしかめて怒っているように見えた。
在校生が数人立ち上がり、新入生を席へと案内する。優香似の女子はどうやら魔法学科のようで、魔法学科の席に座った。
その後、例年通りに入学パーティは進んでいったが、メイは優香似の女子が気になりすぎて、何を食べたのか全く記憶に残らなかった。
* * *
今日のホームルームでは新しく入ってきた新入生の紹介があった。
三角帽子先生に呼ばれて教室に入ってきた黒髪の女の子。整った容姿にクラスの男子たちがざわめいている。メイの近くに座っていたティナとアイニ(お団子女子)とエイネ(背高女子)が腕を組んで不満そうだ。
メイは改めて、まじまじと新入生を見た。
本当によく似ている……
黒髪女子の新入生がぺこりとお辞儀してから自己紹介をした。
「隣国のエーデンから来ました。ユウ・アンテアンです。職業診断では聖女の診断を受けています。よろしくお願いします」
彼女の聖女と言う言葉に、また教室がざわめいた。たまにしか出ない伝説のような職業結果だったからだ。
「はい、では一番後ろの席が空いていますので、そこに座ってください」
三角帽子先生の指示でユウはメイの斜め後ろの席に座った。メイが見ているとユウが気がつき、小さな声で「よろしくね」と言ってウィンクした。
メイはユウに遠慮がちに会釈だけ返した。
ホームルームが終わるとクラスメイトがユウと話をしようと、ユウの周りに集まった。メイとユオは居心地が悪くなって、ティナ達のいる席へ避難した。
「なんですの、あの女! 急に入学してきて、聖女だなんて! 本当に聖女なら、初等部から入学していて当然のはずですわ!」とティナが文句を言っている。
他の人もどうして高等部からの入学なのか気になるらしく、ユウに同じ質問をした。
「私、父は貴族で母は平民なの。周囲に反対されて結婚できなくて、母は隠れて私を出産したのよ。ずっと隠れて暮らしていたのだけど、去年母が亡くなって……
お父様が私のことを見つけ出してくれて、職業診断の儀式もその時に初めて受けたのよ。聖女って診断が出た時は何かの間違いかと思ったわ」
ユウは飾らない雰囲気で、気さくに答えていた。
彼女の可愛らしい容姿と明るい雰囲気に周りに集まっている生徒たちはすっかり夢中のようだった。
ティナはその様子を見て益々イライラしているようだった。
メイが怒りでプルプルと震えるティナに声をかけた。
「ティナ、落ち着いて。皆、新しいクラスメイトが来て気になるだけだよ。ティナがいらいらする必要ないんだよ。私、ティナの良いところ沢山知ってるよ。
桃色の髪がかわいい、美人、きついように見えるけど実は優しい」
「きついように見えるは余計ですわ!」
ティナはメイの言葉でいつもの調子を取り戻した。アイニとエイネも、そんなティナを見て苛々を鎮めたようだ。
「ユオ様は、あの女に鼻の下伸ばさないでくださいね!」とティナ。
「私は、あの女は嫌いだ……」
ユオが誰かを嫌いだと言うのを初めて聞いたメイは少しだけ驚いた。
「流石ユオ様ですわ……他の男どもとは違うのですね……」
ティナはユオを見て改めてうっとりしている。
メイたちが話題にしていることに気が付いたのか、ユウが立ち上がりこっちを見た。
「ねぇねぇ、私、あなたたちともお話してみたいな!」
まさかのユウから近づいてきて、話しかけてきた。
ティナとアイニとエイネはあからさまに嫌そうな顔をしている。
無視するのも悪いのでメイがユウの対応した。
「はじめまして、メイ・ヴィーエラだよ。よろしくね」
「あははは、メイって名前、もしかして五
何が面白いのかメイには分からなかったがユウは笑っていた。
「そうだよ」
「やっぱり! アニメのキャラクターみたいな名前だね! あははは」
ユウが何を言っているのか、メイにはさっぱり分からなかった。
そんなユウの様子を見て、ティナが噛みついた。
「ちょっと! あなた、失礼ではなくて? 人の名前で笑うなんて!」
「ごめんごめん。悪気はなかったんだ」
ユウは舌をペロっと出して謝ってきたが、謝罪の気持ちは伝わってこなかった。
「そこのあなたも名前教えて。あなた、男の子なのにすごく綺麗な顔をしてるね」
ユウはユオの名前も聞いてきた。ユウのストレートな物言いに、ティナはまた怒っている。
ユオはユウと目が合った瞬間に身震いして、猫になってしまった。そのままメイの膝の上に避難して丸くなった。本当にユウのことが苦手なようで、ユオの猫爪がメイの太ももに引っかかった。
ユオは答えられそうになかったので、代わりにメイが答えた。
「この子はユオだよ。私の使い魔なんだ」
「ええ、いいなぁ! 私もイケメンの使い魔ほしい! どうやってゲットしたの?」
ユウは天然なのか、なんでも無遠慮に聞いてくる。
「ええと……使い魔に気に入られれば、自然とできるよ……
ごめんね、ちょっと用事思い出しちゃったから、行くね」
ユウを嫌がるユオが可哀想で、メイは適当な理由を言って立ち去ることにした。メイはユオを抱っこして立ち上がる。
「私たちも用事があるので失礼しますわ!」
ティナとアイニとエイネも便乗して席をたった。
「そっかぁ、残念。またお話しようねーー」
ユウが手を降ってきたのでメイのみ手を振り返した。
ユオの爪がメイの制服に食い込み、制服に小さな傷を残した。




