第44話 リボン泥棒
「な……ない!!ないですわーー!!」
メイは約二週間の休暇を終え、学校に戻ってきていた。メイの失声症は祖母による熱心な歌唱指導により、ぎこちなさは残るものの、日常会話をできるまで回復していた。
休暇明けに会ったユオは、心なしか少し太っていた。メイがいない間に、学校での食事を楽しんだらしい。
そんな平和な学校生活を送る中、その事件は起きた。
「ない! ないですわーー!」
ホームルームでの休み時間。ティナが急に声をあげた。おなじみのお団子女子と背高女子がティナに駆け寄り、心配している。
メイは嫌な予感がして、巻き込まれないようにそっと教室を出ようとしていた。
「待ちなさーーい!!」
ティナは入口の前に立ちはだかり、メイの脱出を阻止した。
「犯人は、あなたですのね! メイ!」
「何のことを言っているのか、さっぱり分からないよ」
「白を切っても無駄ですのよ! 今、逃げようとしていたのが、何よりの証拠ですわ! 私のリボンを早く出しなさい!」
ティナがじりじりとメイに詰め寄る。
リボン? 何のことだ?
メイはティナが何を言ってるのか分からなかった。見かねたユオが助けに入ってくれた。
ユオがティナの肩を掴んで声をかける。
「ティナ、落ち着け。何があったのか、最初から説明してくれ」
ティナは初めてユオから声をかけられたのと、肩に置かれた手で顔が赤くなっている。
「ユオ様…… そ、そうですわね。私としたことが冷静さに欠いていましたわ」
ティナは何があったのか説明し始めた。
家族にもらった大事なリボンを御守りとしてカバンに大事にしまってあったはずが、授業が終わってカバンを開けてみるとなくなっていたと言うのだ。
「寮の部屋に忘れてきたんじゃないの?」とメイは眉間に皺を寄せながら言う。
「さっき、授業が始まる前見た時は間違いなくありましたわ!」
「どうして、私が取ったことになるの? 授業中はティナには一切近づいてないよ。物理的に無理があるんじゃない?」
「メイは、魔法クラスで飛び級していますでしょ。転移魔法か何かで取ったのではなくて? そんなことをできるのは、このクラスでメイだけよ!」
メイでも、そんなことはできない。
「そんな便利な魔法使えないよ……」
二人が言い争いをしていると、おずおずと他のクラスメイトが声をかけてきた。
「あの……実は、僕もこの授業の間に靴紐がなくなってたんだ」
「私も、本の栞についていたリボンがなくなったの」「私も……」「俺も……」
といった具合いに、数名のクラスメイトがリボンを紛失していることが判明した。
「これは、事件ですわ! メイ! 隠しているものを全て出しなさい!」
「もう! そんなに言うならボティチェックでも、なんでもしていいよ! ちょっとトイレ行ってこよ!」
メイはティナを連れて教室を出た。しばらくして二人は帰ってきた。
「確かに、持ってはいませんでしたが……転移魔法を使えるなら、他の場所に隠しているのかも!」
「だから、そんな魔法使えないってば!」
ユオが再び助けてくれた。
「ティナ、私はメイの隣にずっと座っていたから、メイが魔法を使ったかどうか分かる。メイはそんなことはしていなかった。」
「ユオ様が言うのなら……間違いありませんわね…… じゃあ、一体誰が犯人ですの?」
一同は考え込んだ。
「そうですわ! 私、もう一本リボンを持っているのでした。これをおとりに犯人を探すというのはどうです?」
ティナは自分の髪を結うのに使っていた、リボンを解き、自分の前でひらひらさせた。その時――
「ティナ! あぶない!」
小さな黒い影がティナ目掛けて一直線に飛んできたのだ。メイは咄嗟にティナを庇って黒い影を避けた。
おかげでティナは怪我もなく、リボンも無事だ。
「あ、あれはなんですの!?」
一同が黒い影の正体を見た。
白いネズミのような見た目の生き物が体の至る所にリボンをつけていた。ユオがその正体を知っていたらしく、説明してくれた。
「あれは、ハナショイという名前の魔法生物だな。繁殖期になるとオスが花を摘んで身体中につけるんだ。より着飾れたオスがモテるんだ」
どうやら、このハナショイは花ではなくリボンで着飾ることにしたらしい。
ハナショイは再びティナのリボンを狙っている。
メイは、ティナとハナショイの間に入ってティナを守った。
「ハナショイとやら、そのリボンたちを返してくれないかな? 返してくれるなら、この魔法をあなたにプレゼントするよ」
メイは指先から、金の粉が舞う魔法を出した。すかさずティナが聞く。
「それ、何の魔法ですの?」
「これはね、光属性の魔法で【癒しの粉】っていう魔法だよ。最近使えるようになったんだ。キラキラしてて綺麗だよね」
ハナショイは、気に入ったらしく、メイの足下にリボンたちを返してくれた。
メイはハナショイの周りを指先でくるくるした。するとハナショイの周りには【癒しの粉】が舞った。ハナショイはまるで金色のドレスを着たかのような装いだ。ハナショイは喜んでいるようで、メイの周りをくるくる回っている。
「小さい範囲だから、一週間は持続できると思うけど、またしてほしくなったら来てね。もう他の人の物、勝手に取っちゃ駄目だよ」
ハナショイはちょこんとお辞儀してから、走り去っていった。ハナショイが走り去った先を見ると、教室の壁に穴があいていた。どうやら、そこから出入りしていたらしい。
メイはハナショイが置いていったリボンやら靴紐やらを持ち主のクラスメイトたちに返した。皆喜んで、メイにお礼を言った。最後に一本残ったリボンをメイはティナに渡した。
「はい、これティナのだよね? ケガしなかった?」
メイは尻もちをついていたティナに手を貸して立たせた。
「ええ、大丈夫よ…… メイ、ありがとう。あと疑ってしまってごめんなさい。私、あなたはユオ様に無理やり命令して、ユオ様にいやらしいことをする悪い魔法使いだと勘違いしていましたわ」
「う、うん……違うよ」
メイは思い当たる節があったので、さっと目をそらした。
「私たち、お友達になりましょう、メイ」
ティナが可愛らしい笑顔でメイと握手してくれた。




